あなたの望む限り
「ちょっと痛いと思うよ?」
「何するの?怖いんだけど?」
「大丈夫、優しくするから。」
凛花はダニエルに背を向けたまま両手をキュッと握りしめた。耳たぶが熱いのはきっと膿んでいるピアスホールのせいだ……。
ダニエルは自分が消毒をするとそこだけは頑として譲ろうとしなかった。凛花としてはピアスのことについてあれこれ指摘されるのも不味いという事もあり最初は遠慮していたのだが、自分では見えない部分が膿んでいるからと言われたらもうそれ以上は強く出られなかった。
ダニエルの手がゆっくりとピアスのキャッチを外していく。やはり異性が自分の耳に触れるというのは気まずいものだ。
「…三日前に穴を開けたと、そう言っていたな?」
「はい。」
「他にも何か隠しているだろう?」
「……」
背を向けているから顔が見えないのをいい事にダニエルは前よりも踏み込んだことを聞いてくる。消毒をするというのはただの口実で、本当の目的はこちらだったのかもしれない。
「リンカ、俺もピアスをしている。こっちを向いて。」
ゆっくりと振り返った凛花の手に、ダニエルは自分の耳から取ったピアスを載せた。琥珀の石が両側に嵌っただけのピアスだ。
「分かる?リンカのピアスと違うところ。」
──キャッチがない。キャッチの代わりに両側に石が嵌めてあるだけ?
凛花は何も答えずに手のひらの上の琥珀をじっと見つめ続けた。
「それだけじゃない。リンカは服のポケットを探す時スカートを触っていただろう?俺は仕事柄近隣諸国を旅する事もあったが、女性の服のポケットがスカートにある国なんて見たことがない。」
凛花はのろのろとダニエルを見上げた。
「……ずっと私の事を観察していたの?」
「仕事柄しょうがない、観察をするのは癖になっている所もある。」
「それで?何が分かった?」
ダニエルは一瞬苦しそうな顔をした後で、小さく首を横に振った。
「リンカがこの国や隣国の出身じゃないこと位は想像出来る。それによく一人で何か考え込んでいるのも知っている。でもそれ以上は何も……。」
「ダニエル……何であなたがそんな顔をするの?」
「リンカ、答えて欲しい。はぐらかさないで?」
ダニエルは凛花の手を包み込むように握ると、目をじっと見つめてきた。真っ直ぐなその視線を受け、凛花は思わず息を飲んだ。もう完全にバレている、これ以上隠しても意味がないだろう。
「記憶が無いというのは嘘なんだろう?ただ言わないだけで。」
ダニエルの琥珀色の瞳を見つめたまま、凛花は小さく頷いた。
「そうか……。」
目を逸らし手を離そうとしたダニエルを、今度は凛花が引き止めた。
「ダニエル、お願い聞いて?」
「……」
再び二人の視線が絡まった。
「何処から来たのか、どういう生活を送っていたのかは覚えてるわ。でもね、私、どうして自分が今ここにいるのかは本当に分からないの。」
「自分の意思でここに来たのでは無いと?」
「そう。」
ダニエルは困惑したように凛花をじっと見ている。何をどう聞けばいいのか悩んでいるのかもしれない。
「何も聞かないの?」
「……今は何も。それに、リンカにも分からないことを聞いても困らせるだけだろう?」
ダニエルは凛花の手をゆっくりと離すと、手に握りしめたままだった琥珀のピアスに手を伸ばした。
「穴がまだ出来ていないから外して付け替える訳にもいかないかな…。」
「……」
ダニエルは自分のピアスから琥珀を取り外すと凛花のピアスのキャッチの代わりにそっと嵌め込んだ。
「どうかな?リンカの付けているピアスの針の方が太いから落ちたりはしないと思うけど。」
そう言うともう片方の耳も丁寧に消毒をして、キャッチの代わりに琥珀を付けた。
ダニエルはこれ以上何も聞かないつもりなのだろうか……。
『リンカは俺の事を余り知りたがらないんだな。もっと聞いてくれて構わない。』
凛花は先程ダニエルが言った言葉を思い出していた。
──自分の事を聞いて貰えないのは、興味が無いと言われてる様で確かに傷付くかも……。
「リンカ?これで君は俺のモノになったよ?」
「は?」
いつまでも黙り込んで考えていた凛花に明るく声をかけると、ダニエルは嬉しそうに凛花のピアスを眺めた。
「あ、琥珀のピアスって…もしかして何か意味が?」
──あれだ、きっと自分の瞳の色の石を恋人に送るとあーだこーだ…。
「俺のリンカを他の男には渡さないって意味。」
「俺のリンカ……」
「分からないことは何でも教える。だから傍にいて欲しい。」
「分かってる、約束したんだから。じゃあ…ダニエルが望む限りは傍にいる。」
ダニエルは凛花のその言葉に少し不満そうな顔をしたものの、そのまま凛花を優しく抱き寄せ、髪をぎこちなく撫でた。
「分かった。…俺の望む限りだな?」




