エレノア 1
檻の中で毎日を過ごす。
1日一回食事と称し残飯のような料理が出てくる。
ここに来てもうどのくらい立ったのでしょうか?
ここの匂いにももう慣れました。
一日中聞こえるうめき声、唯一言葉の勉強が楽しかったです。
喋れないと商品にはなりませんから。
しかし、檻の中で喋れば鞭を打たれます。
何もできずにずっと檻の中で永遠のような時間が流れました。
死ぬまでこうしていなければならないのでしょうか?
あと何年も...。
そう思っていましたが、よく考えれば、売れない奴隷をいつまでも奴隷商が養う理由もないのです。
きっと私は殺されるのでしょう。
私は盗賊に強姦され売られ奴隷になりました。
それから男性もものすごく怖かったのですが、『売れなければ殺されるのです。』
そう考えるようになった時から言い表しようのない恐怖に襲われるようになりました。
自然と視界が歪んで涙が滲むことも多々あります。
私はどのみち幸せにはなれないのでしょう。
家族との思い出に思いをはせると同時に家族の悲鳴と苦痛を呼び起こします。
泣きながら首を斬り飛ばされた父や、犯されながら腕や足を切断され、最後には殺された母。
弟が二人いましたが、どこかで元気に暮らしているのでしょうか?
いっそのこと私なんて死んでしまったほうがいいのでしょうか?
毎日何度も考えます。
こびりついて頭から離れない。
声が抑えられず、叱られてしまいました。
ごく稀に、いや、稀ではないかもしれないのですが、奴隷を買うために人が訪れます。
獣人の方はほとんど見たことがないためきっとここは人間の国なのでしょう。
私は2つの奴隷商を渡りました。
この奴隷商は3つ目です。
どこの奴隷商も一緒でしたが。
奴隷を買いに来る方はほとんどが男性で、見慣れていない男性を見ると手が震えて足が竦み胸が苦しくなり、結局私は何もできず、檻の中でうずくまって目をつぶってしまいます。
男性がとても怖いです。
ある時鎧を着た方が来られました。
彼は戦闘用にも使え、鑑定ができる性奴隷を欲しているようでした。見まわした後、奴隷商について奥に入っていきました。
彼が戻ってくると奴隷商が狼人の話をしていた。
ここの奴隷の中で狼人の女性はおそらく私だけだ。
奴隷商がこちらを見てそのまま話しながら出て行く。
もしかしたらここから出れるかもしれないという期待と、強い不安がないまぜになる。
心臓がバクバクと大きな音を立てる。
その後、他の奴隷も薦めていた。
私はどうしたいのだろうか?
気持ちがめちゃくちゃだ。
しばらくすると奴隷商が笑いながら私の檻の前までやってきた。
私はこの奴隷商の名前を知らない。
客が来るたびに別々の名前を名乗っている。
口が左右に大きく吊り上がり
「さっきの方があなたと話したいそうです。もし...いえ。これが最後です。」
最後?さっきの人に買われなければ私は...。
「出なさい。」
重い鉄の扉を奴隷商は軽々と開く。
久しぶりに立ち倒れそうになると奴隷商の黒装束を纏った奴隷たちに支えられる。
そのまま、新しい服に着替えさせられる。
奴隷商は何も言わず、こちらを一瞥すると地下に向かう。
私も引きずられるように地下に入り椅子に体を固定された。
「ケガなどされても恨まないでくださいね。あと、シたら買い取ってもらいますよ?」
奴隷商がそう言い。
彼が答えると楽しそうに奴隷商は出て言った。
それから彼はしばらくこちらを喋らずに見ていた。
男性と部屋に二人きり足が震え、歯が演奏しそうになっている。
足に力を入れ力いっぱい噛み締めて震えを抑える。
「俺の言葉はわかるか?」
すぐに頷く。
彼は小さく頷いた後、
「率直に、俺の奴隷になってくれないか?」
と聞いてきた。
どういう意味なのだろうか?
この国独特の言い回しでなければ私に質問しているのだろうか?
「どうっ、して、私ですか?」
意味が分からない。
なるかならないかと言う質問に対して私は全く関係のない質問を返したのだ。
全身が震え涙が滲んでくる。
何とか弁明しなければ、いや、先に...。
「俺は、一人で冒険者をやっている。野営の際に一人だと安心して寝られない。が、人とはパーティーを組みたくないんだ。戦闘を君には強いるとは思うが...。」
彼は優しい声音で私の質問に答えてくれた。
元より私に選択の自由はないのだ。
「わかり...ました...。」
緊張で声がかすれた。
彼は聞き間違いでなければ
「もし嫌になったら言ってくれ。」
そう言った。
「え?」
それはどう言うことなのかと聞こうとしたが彼は奴隷商を呼んだ。
「どうなさいますか、お客様?」
「購入する。」
「ええ、わかりました。代金は金貨8枚です。先ほど聞かれなかったので最後に忠告ですが、その狼人はレベル10です。奴隷に知識を与えすぎず、感情移入しすぎないでくださいね。所詮は獣です。喉元噛み切られますよ?」
それから契約の儀が行われた。
これまでの苦痛に比べればなんともなかった。
彼の手は優しくとても暖かかった。
【境本幸多朗の奴隷になりました】
頭の中で声が響く。
それから私はコウタロウ様の奴隷になった。
コウタロウ様は私の歩幅に合わせて歩いてくれた。
ステータスで確認できるはずだがわざわざ私に名前を確認されたのはなぜでしょうか?
おそらくコウタロウ様が使っていたであろう外套を着ても構わないとのことだった。
初めて、いや正確には二回目だがこの街を見た。
行きかう多くの人にいろいろなとことから匂うおいしそうな匂い。
お腹を押さえるのが遅く、私のお腹は図々しくも空腹を訴える。
「ごめんなさい。」
「気にしないでくれ。」
コウタロウ様はそう優しく言うと
「食べたいものは?」
そう聞いてきた。
「?いただけるならなんでも食べれます。」
まさか私に聞いているわけではないだろう。
言葉をしっかり理解できるようにならないとと強く思った。
奴隷は使い捨て、あの奴隷商がよく言っていた。
何と言われたのかもう一度聞き返すべきだったのだろうか?
彼はゆっくりと歩いていく。
私もそれに遅れないよう必死に歩く。
おそらく宿屋についた。
看板にそう書かれていたから宿屋なのだろう。
入っていいのか逡巡しているとコウタロウ様が不思議そうに眺めていたため入るとコウタロウ様は店主と話し始める。
会話を聞くには私も屋根があるところで寝かせてもらえるみたいだ。
が、コウタロウ様が買われた食事は1人分だった。
さっきのはやはり聞き間違いだったのだろう。
部屋に入るとコウタロウ様は
「服とかを買ってくる。先に食べてしまっていてくれ。」
「え?」
「ノックを4回したらドアを開けてくれ。ノックはわかるよな?」
「はっはい。」
「何かあったら使ってくれ。」
料理と短剣を私に渡して出て行かれた。
目の前には暖かそうな料理がある。
とりあえず短剣を柔らかそうなベッドの上に置き、カギを閉める。
本当に私が食べてもいいのだろうか?
スープから出る湯気が気持ちいい。
だが私ようではないかもしれない。
もし勝手に食べれば怒られて、捨てられるかもしれない。
人間の国で獣人が生活していく方法などない。
気づけば4回ノックの音が聞こえた。
ドアのカギを開けると
「ただいま。」
そう言われ反射的に
「お、お帰りなさい。」
と答えた。
コウタロウ様が入ってきて驚いた顔をしている。
「大丈夫か?嫌いなものがあったか?」
やはりこれは私が食べてよかったものなのだろう。
コウタロウ様は奴隷にこんなにいいものをくれたのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
涙がこぼれる。
コウタロウ様は私の肩に優しく触れると
「大丈夫だ。」
そう言ってくれた。
私はコウタロウ様のご厚意を踏みにじってしまったのだ。
「ちょっと待ってて。」
「はい...。本当にごめんなさい。」
コウタロウ様はそう言うと出て行ってしまった。
しばらくして暖かい料理を持ってくると私の持っている料理をコウタロウ様は持ち、今持ってこられたほうを私に渡してくれた。
そのまま、止める間もなく床に座りコウタロウ様は食べ始めた。
主人に冷えた食事をとらせるなんてありえない。
が、コウタロウ様は譲らず、早く食べるようにとジェスチャーをされた。
恐る恐る口に運ぶ。コウタロウ様は特に何も言われずにただ黙々と食べている。
とても美味しかった。
コウタロウ様は先に食べ終わると何か準備をされている。
急いで食べようとすると彼は笑って
「ゆっくりたべてていいよ」
そう言われた。
そういえばコウタロウ様の顔を初めて見た。
黒髪に吸い込まれそうなほど黒い目。
顔は整っており、勿論私よりも年上だろうが、想像よりも少し幼い顔立ちだった。
そしてひどい隈だ。
彼はとても疲れているように見えた。
彼の笑顔がより隈を強く際立たせていた。
見ていると、水の魔法でたらいに水を注いでいた。
それからたくさんの綺麗な服を渡された。
驚きすぎて声にならなかった。
お礼を言うタイミングを逃してしまった。
食事を終え、道具の点検をしているコウタロウ様に
「こんなに美味しいものを食べさせてくださってありがとうございます。」
彼はこちらを見て笑った。
「火よ!」
そう言うと彼の手の中に小さな火球ができる。
それをたらいの中にいれた。
コウタロウ様は二つも属性を扱えるのだろうか?
しばらくすると手をたらいから抜き
「このたらいに張ったお湯?を使って体を拭いて。髪も洗って、さっき渡した服に着替えてね。タオルはその中に入っているから。」
そう言われた。
コウタロウ様は使われないのだろうか?
私が先に使えばかなり汚れてしまうだろう。
「俺はしばらく出ているから戻ってきたらノックをする。着替え終わっていたらドアを開けてくれ。」
「先に使ってもいいんですか?」
「?ああ。」
コウタロウ様は当たり前だと言わんばかりに首を傾げた。
コウタロウ様が言われたタオルはまだ一度も使われていないものだ。
ゆっくりタオルをお湯に浸す。
手がお湯の中に入り気持ちいい。
体を拭き、髪も濡らしたタオルで拭いた。
それから綺麗な服に着替える。
下着まで買ってあった。
そういえば私は性奴隷としても買われているはずなのだ。
汚い女性は抱きたくはないだろう。
それならば、コウタロウ様がここまで優しいのにもすべて説明がつく。
両腕で自分を力いっぱい抱きしめる。
食事とお湯で温まった身体が小さく震え自然に少し涙がでてくる。
やっぱり、怖いなぁ...。




