筋トレは彼女
「エレノア、大丈夫か?」
10分くらいを目安に戻った。時計がないため目安などそもそもないが。
「はい。」
ドアが開きエレノアが出迎えてくれる。
さっきよりは表情が柔らかい。
「ありがとうございます。」
「安いものだが...。まあ、ないよりは。」
櫛と髪紐を渡す。
ハサミも買ってくれば良かったな。
よく考えれば俺が着替えるときはどうするのだろうか?
まさか部屋から出てろはあり得ないし、出るなというのも違う。
下着は...。まあ、部屋を出たすぐにある共用のトイレを使えばいいか。
共用のトイレは人一人がぎりぎり入れる大きさだ。
まあ、体も拭けるだろう。
たらいに入っていた水をトイレに流し、部屋で鎧を脱いで水を貯める。
エレノアは櫛をもってただ立っている。
「ベッドは好きに使ってくれ。」
「私は奴隷ですよ?食事も綺麗な服も頂けてそれ以上していただくわけにはいきません。...。」
まあ、言っても聞かないなら寝た後にでもベッドに寝かせればいいか。
ぬるい水の入ったたらいと着替えをもってトイレに行き体を拭いて着替えて部屋に戻る。
エレノアはさっきと同じように立ち待っていた。
指示を待っているのだろうか?それとも、俺の次の言葉を待っているのだろうか?
「宿屋にいるときは楽にしてくれ。用があれば声をかけるから。」
歩くのもつらそうにしていたのはわかっている。
筋力などのステータスもろもろが奴隷になって落ちたのだろう。
「楽に、ですか?」
「ああ。」
エレノアは明らかに困ったように櫛と髪紐を抱いたまま、うろうろしている。
櫛の使い方がわからないなんてことがあるのだろうか?
しばらく所持金の計算をしながら横目でエレノアの様子を見ていた。
床に座ろうとして逡巡しベッドに近づいては離れ、最終的には壁に寄りかかってこちらを見ている。
まさかあれで寝ないよな?
残りの残金は442303エンだ。
エレノアは櫛を抱いたままだ。
男性の前で髪を梳かすのは...みたいなあれがあるのだろうか?
「よろしいですか?」
短剣を俺の方に持ってくる。
「それは持っていてくれないか?」
「よろしいのですか?」
「ああ。」
「わかりました。」
彼女は短剣を丁寧に持つ。
「櫛の使い方はわかるか?」
「すみません、わかりません。」
「髪を触ってもいいか?」
「え?はい。お好きなように。」
ベッドに腰掛けるように言うとエレノアは深く深呼吸をして座った。
櫛を受け取ると俺はベッドの上に膝立ちになった。
髪が濡れたまま櫛を当てるのは良くなかったはずだ。
乾いたエレノアが使わなかったほうのタオルを頭からかぶせ頭皮を優しく揉む。
「耳は触っても大丈夫か?、それと痛かったら言ってくれ。」
「大丈夫です。」
耳は耳だった。
感触は完全に動物のそれでずっと触っていたくなる。
「答えたくなかったら答えなくてもいい。エレノアはいつから奴隷だったんだ?」
出身地から聞くべきか、好きなものから聞くべきか迷ったが、出身地が地雷だったらどうしようもないため、最初にこの質問をぶつけることにする。
「12歳のころからです。」
「どうして?」
「村が族に襲われ、私もそうですが、最終的に女はほとんど売られ、男はみんな殺されました
。」
ほらね?出身地から質問しなくてあたりだったじゃん。
誰に言い訳をしているのかわからない。
エレノアの年齢は15歳だ。
この世界の結婚の適齢期はいつなのだろうか?
「そうか。」
タオルで横と後ろの髪をそれぞれ優しく抑える。
少しの沈黙が続き、エレノアから喋りだした。
「質問しても構いませんか?」
「ああ。いくらでも好きに喋ってくれ。」
「どうしてご主人様は私に確認をとるのですか?」
「なんでかな?俺がいい人でありたいから?かな。あと、ご主人様は止めてくれ。」
「なんとお呼びすれば?」
「コウタでもコウタロウでもサカモトでもなんでも大丈夫だ。」
「了解しましたコウタロウ様。」
髪の水気はさっきよりはなくなっただろう。
右手で弱弱しい風を魔力を使って起こす。
ドライヤーじゃん。
やはりかなりの毛量だ。
15分ほど風を当て続けた。
温風にできたらいいのだが...。
根元から毛先まである程度入念にかけたつもりだ。
魔力切れで少しふらふらする。
湿っているようにもいないようにも感じるが、もう魔力もないから仕方ないね。
「コウタロウ様は魔法を3属性使えるんですか?」
「いくつか使えるけど本当にこのくらいしかできないよ。」
毛先からゆっくり櫛を通す。
ごわごわしてはいるが、想像していたよりも人間の髪だ。
「エレノアは文字は書ける?」
「いえ、すみません。」
「大丈夫、気にしないでいいからね。」
エレノアの髪が綺麗になったらきっと綺麗だろう。
全体的には痛んでいるが、粗悪な環境だったにも関わらず髪はしなやかだ。
母親の髪を乾かしたり切ったりした経験をこんなところで生かすとは思っていなかった。
最初櫛を根本から毛先まで思いっきり引っ張り怒られたことが懐かしい。
俺は今エレノアを使って寂しさを埋めようとしているのだろう。
「鑑定のスキルってどうやって習得するかわかるか?」
「鑑定ですか?ほとんどの人は生まれながらに持っていると聞きます。商人の家系に多いのだとか。」
「なるほど。」
スキルが遺伝するのだろうか?
「私の両親も鑑定ができました。私もできればよかったのですが...。」
「ありがとう。」
「何がですか?」
「いや、何でもないよ。痛くはないかな?」
「はい。ものすごく気持ちいいです。」
先ほどからずっとエレノアの尻尾が左右にパタパタ揺れ、耳が立ってぴくぴく動いている。
尻尾の毛先が俺の足に触れくすぐったい。
「そう、良かった。」
髪を梳かすのにかなり時間がかかった。
髪を整えたエレノアはもともと可愛かったのだが、語彙が崩壊する程度にはものすごく可愛かった。
ベッドで寝るように言ったがエレノアは頑として聞かず主人が寝るべきだと主張した。
仕方なくベッドに転がりエレノアが眠るまで待つ。
エレノアが壁に背を預けてすぐに規則正しい寝息を立て始めた。
起こさないようにゆっくり持ち上げベッドに運ぶ。
元の世界の俺にはきっとできない芸当だ。
エレノアが軽いというのもあるだろうが、簡単に持ち上げられた。
石鹸などなかったはずだが女性特有の甘い匂いがする。
頑張れ俺。
かけ布団をエレノアにかけて水を飲み、壁を背に目を閉じる。
筋トレのメニューを増やそうと心に誓った。
訂正
所持金 545803→442303
計算を大幅に間違えていました大変申し訳ありません。




