腹パンからの夜逃げ
貴族を思いっきり腹パンしてアイーネ先生を助け出した。
あの程度の力なら死なないだろう。
アイーネ先生は顔や体のいたるところから出血していた。
アイーネ先生はもともと冒険者出身でレベルがかなり高く王様直々にスカウトされたと聞いていたが、あんなヒョロヒョロの貴族に攻撃されたところでここまでダメージを受けるだろうか?と思っていたがアイーネ先生の首、手首、足首にある枷のようなものが原因でカギはあの貴族から回収した。
どうやらステータスを制限し、魔力を魔力の最大値から一定値ずつ奪い続けるというマジックアイテムらしい。
このくらいなければこの世界の犯罪者を捕えられないだろうから当然と言えば当然なのだろうか。
三人と合流した頃には魔力が少し回復したらしく、【癒し】という自然治癒力を活性化させるスキルと【ヒール】を自身にかけていた。ヒールをかけただけで大きく外傷が治ったので本当に驚いた。
「4人とも本当にありがとう。」
そういい、アイーネ先生は微笑んだ。
「やりたくて勝手にやったことですから。でも、アイーネ先生の無実の可能性を...。」
「いいえ、私はきっと殺される予定だったんだと思います。あなたたちは私を助けてくれました。それともう、私は教師という立場ではありませんよ。」
間違ったことをやったつもりはないがもっとほかのやり方もあっただろう。
アイーネ先生がどれだけ感謝してくれたところで、俺はアイーネ先生の可能性を、結局のところ潰したのだ。
アイーネ先生の顔を見れない。
「短い間でしたが楽しかったです。本当にありがとう。」
「これからどうされるんですか?」
木ノ下が俺の変わりに聞いてくれる。
「移民や冒険者に寛容だと聞いたのでオウリス王国に行ってみたいと思います。」
「通常ハウンドはあそこまでの群れを形成しません。強いダンジョンなどがエンデ国内の何処かに形成されたか、魔王かもしくはハウンドを操れる人間がいるのかはわかりませんが気を付けてください。」
木ノ下が一瞬こちらを見て肩をすくめ
「はい。アイーネ・ツヴィアさんも気を付けてください」
そういった。
アイーネ先生はこちらにゆっくりと近づき俺の手をとって言い聞かせるように言った。
「ありがとうございます。カッコよかったですよ、勇者様。惚れた腫れたではありませんがね。」
そういってはにかみ、アイーネ先生は言葉を続ける。
「ハウンドとの戦闘でクラスメイトを守るために上位種と対等に渡り合った時も、今回も。」
アイーネ先生は真剣な顔つきで確信をもって言葉を紡ぐ。
「行動には責任も結果ももちろんついてきます。でも迷ってどうするか行動がとれずに傍観している人より、最低でもあなたはマシです。あなたは勇者の中ではステータスもスキルも恵まれなかったかもしれません。でも、勇気があります。そして私たち普通の人からしたらあなたのステータスは非常に高いものです。あなたがあなたを卑下するのは勝手ですが、ステータスを卑下するのは我々の努力を。行為自体を否定するのは、その行為で救われた人を否定する行為だと思いませんか?あなたは勇者様です。もっと自信を持ってください。」
アイーネ先生は一人一人の行動や発言をしっかり見聞きし考えてくれていたのだろう。
「やっぱり先生は先生ですね。」
誰かから自身の行いを褒められることは大きな力を持つと思う。
最低でも、一瞬で俺の考え方が変わる位には。
「からかってるんですか?」
「先生はお綺麗ですね。本当に。」
「やっぱりからかっているんですね。でも本気にしますよ?」
フフッと先生はいたずらに笑う。
「どうかお気を付けて」
「ええ。あなたたちも。」
アイーネ先生には小型のナイフ三本と非常食、訓練用といっても本当に切ることができる模擬剣を二振り渡している。
アイーネ先生の実力ならどこでも食べる分には困らないだろう。
アイーネ先生の姿は闇夜に紛れ遠くなっていき消えた。
「ところで幸多朗殿はアイーネ殿にホの字だったんでござるか?」
二人も期待した目で見てくる。
「違う。それに、アイーネ先生は、いや、アイーネさんだな。アイーネさんは魅力的ではあるが、そもそも俺が釣り合わないだろ?」
「そんなことないと思うンゴ」
三人の眼差しがキラキラしている。
「はぁ、じゃあもう惚れてたってことでいいよ。」
「それは...非常につまらないですね。」
「ンゴ」
「ござる」
俺たちは静かに騒ぎながら俺たちの部屋に戻った。
気持ちがやけにふわふわする。
月でも歩いているようだ。
三人には感謝してもしきれない。




