つらいって、どこからがつらい?
7日目はエレノアとだらだら会話をしている以外は特に何もなかった。
鳥を石ころで撃ち落としたときは少し興奮したが、それで喜ぶ姿をエレノアに見られるのも恥ずかしくて、キザな感じで流してしまった。
よく考えれば、素直に喜んだほうが明らかに良かった。
斜に構えて流すとか、普通に考えて痛すぎる。
エレノアも三回ほど投げて、鳥を撃ち落としていた。
俺は奇跡的に一回目で当たったが、少し間違えばエレノアから笑われてもおかしくなかったのだ。
本当に低空飛行してくれた、見たことない鳥ありがとう。
エレノアの目が輝いていたのがヤバい。
まるでいつでも鳥を捕まえられると思われていてもおかしくない。
それとエレノアが落としたのは、10mほど上を飛んでいた鳥だ。
おかしい。普通当たらないだろ...いや、当たったし、捕まえてしまったのだが。
これが優秀な部下を持った上司の気分だろうか?
上司になったこともないからわからないが。
また、ずっと無言で考え事をしてエレノアに不安気な顔をさせた無能主人がいるらしい。
あと少しで焼きすぎるところだったし、まあ、失敗してないし、セーフセーフ。
鳥はどうやって調理するのが正解なのだろう。
小さい鳥でしっかり火を通せば内臓まで食べていいのだろうか?
エレノアに聞いても分からないと言っていた。
俺も勿論わからん。
何となく怖いから内臓は捨てているが、エレノアはたびたび俺が捨てた内臓を見つめている。
純粋な興味からくるものだろうか?目つきが捕食者のそれだ。
内臓を串にさして焼いて食べてみようかとも思ったが、何となく、怖いものは怖い。
正直毛をむしり取る工程がしんどい。
血抜きをしたあとでも、まだなんとなく暖かい感じがするし、むしり取る感覚がなんとも言えない。
なんというか、くるものがあるのだ。
エレノアは対照的にウッキウキで、今にもかぶりつきそうなくらいには食欲に顔が支配されている。
まあ、そんなことはいいのだ。
気になったのは魔物の出現率だ。
全く遭遇しない。
ダンジョンが近くになければ、本当に平和なのだろうか?
エレノアは鳥にかぶりつきニコニコしている。
勿論美味しいが、死ぬ前の、撃ち落とされて痙攣していた様子がちらつく。
異世界に全然向いてない。
さっきまでこの20cmくらいの体は脈打っていたのだ。
「エレノア、すまん先に寝る。時間がある程度たったら起こしてくれ。」
「わかりました、おやすみなさいませ。」
「ああ。お休み。それと、食べかけでも食べたければ食べてくれ。」
「よろしいのですか?」
「ああ。」
ちぎりながら食べたし、触ってはいるが、手も洗った。
まあ、大丈夫だ。
火の近くに串を刺し直して、地面に突き立てる。
毎回俺が先に寝ている。
申し訳ないのだが、最近少しきつい。
まあ、言い訳だろうが、長旅で歩きっぱなしということもある。
エレノアは平気そうだが、足は大丈夫だろうか?
詳しい形状は憶えていないが、獣よりだったら歩くのが普通より楽だったりするのだろうか?
そもそも獣寄りの足とはどんな形だろうか?
明日見せてくれたりしないだろうか?
でもかなりセクハラっぽいな。
この旅の大きな失敗はたらいがないことだ。
料理も鍋さえ買わなかったせいで簡素なものしか作れない。
手の込んだものは作れないが。
意識は気づけば落ちていた。
どのくらい眠ったかわからないのが本当に困る。
エレノアと交替した。
もっと寝ていいと言われたが、そんなことはできない。
時計が欲しい。
今日も元気に焚火の周りで火の粉が躍っている。
あたりはまだ明るくなっていないが、昼に仮眠の時間を作るべきだろうか?
だが、明日で8日目、計画ではもうすぐ着く。
何とか乗り切れるはずだ。
集中力が切れれば戦闘に問題が出てくる。
到着が1日遅れたとしても安全に行くべきだろうか?
死んでは元も子もない。
だが外にいる時間が長ければ長いほど、危険は増すのだ。
とりあえず、明日は少し休みたい。
俺はもともとそんなに体が強いわけじゃない。
今だって正直寝そうだ。
だからとりあえず体を動かす。
眠気が剣筋を大きく乱してくる。
まあ、眠気が飛ぶようななにかが起こっても困るのだ。
丁寧に、静かに型を繰り返す。
時々母の顔を思い出す。
もう顔を正確には思い出せないが。
どんなことをしても褒めてくれるような母だった。
今の俺を見ても褒めてくれるだろうか?
俺は元の世界に戻れるのだろうか?
もっと親孝行しておけば良かった。
何もかも後悔したからでは遅いのだ。
だが、後悔しないと実感できないことだらけだ。
本当に困り者だ。
頭を抱えても、どうしようもないのが最高に困り者だ。
だからこそ、もっと丁寧に旅をしようと思う。
このままの生活の、これ以上の長旅はおそらく危険だろう。
俺と対等ではないエレノアはきっと無理をする。
そんなことをさせたくはない。




