一人にしてごめん
栗原は目の前で可愛い娘達とイチャついて勝利を喜びあっている。
勿論栗原が居なければ勝てなかった。
だけどさ、僕の、俺のデバフも...俺と栗原では何がこんなに違うのだろうか?
俺の体は能力を使う度に傷ついている。
腹だけに現れた呪詛のようなものは現在胸のあたりまで進行している。
だから大きい外套を人前では脱げない。
勿論今は見えない。
だが見えてからでは遅いのだ。
聖職者に話を聞きに行くと呪いの一種だと言われた。
呪いはいくつもタイプがあるらしいが、大きくは徐々に効果が強くなっていくものと、時間が来ると効果が突然出るものだ。
聖水なるものをかけてもらったが効果は表れなかった。
栗原にしか打ち明けてはいないが、もしこの呪詛が完成したらどうなるのだろうか?
栗原はどんどん健康になっていく。
体調が悪くなっていく俺とは違って。
どうしてこうも違うのだろうか?
何か俺がしただろうか?
していないからこうなったとでも言うのだろうか?
「橘、大丈夫か?」
「うん。」
何がどうあれば大丈夫ではなくなるのだろうか?
手に持っているポーションは空だ。
俺は何のためにこの世界に召喚されたのだろうか?
魔王を倒すためだろう。
なら倒した先に何があるのだろうか?
そもそも倒せるのだろうか?
このまま、栗原についていくのが正しいのだろうか?
奥の扉は音もなく開く。
幅3m、10m程度の通路が続いており、扉がある。
最後の最後に罠の可能性があるのだろうか?
栗原は俺たちを手で制し、一人で進む。
スミアさんがこちらを見てすぐに目を逸らした。
お前が行くべきだということだろうか?
栗原はゆっくりとその扉を開いた。
スケルトンは最後までこの空間を守ろうとしていたのだろうか?
部屋は3×5×3mの部屋だった。
右にはキッチン正面の壁にはには本棚と大量の本が並んでいる。
机にはマグカップと日記。
左側の壁には暖炉とロッキングチェアに、ベッド。
そこに腰掛けているのは女性の亡骸だった。
誰も揺らしていないのにロッキングチェアはゆっくりと前後に揺れる。
最初に見た時は生きている、いや、スケルトンだと思った。
亡骸は何かを祈るように手を合わせ大事そうに抱えている。
いや、抱えていた。
栗原が生きているかどうかを確認しようと肩に触れた時、亡骸から粒子が溢れ出し、亡骸は崩れ落ち、灰になった。
灰の中にあったものは指輪だった。
この部屋に先ほどの灰以外には埃も見つからず、マグカップに入っている飲み物からはまだ湯気が出ている。
日記は最初のページから3分の2ほどが破られていた。
――
私は大切な人をダンジョンで失った。
何も考えられない。
――
久しぶりに日記を書く。
森の中で奇妙なスケルトンに出会った。
私が死にそうになったところに彼は現れた。
彼が使っていた剣を持って。
――
そのスケルトンと今、森の中で生活している。
少し話した。
彼に似ている。
私の妄想だろうか?
――
また日記を書くのを忘れていた。
いま、村に滞在している。
スケルトンは特に人も襲うことなく、今はヘルムをつけて外套をつけてもらっている。
これは私の妄想なのだろうか?
――
今日は大活躍だった。
毎日書くということが私にはどうもできないようだ。
もう、日記は気が向いたときに書こうと思う。
アリスビレさんと私は村を襲いに来たオーク5体とゴブリンたちを撃退した。
アリスビレさんはスケルトンの名前だ。
もう何か月も一緒に居るというのに今日初めて名前を教えてもらった。
彼が死んで、この事実をアリスビレさんと生活して徐々に受け入れられた。
彼は少し嫉妬深くて、すごく優しい人だった。
今の私を見れば怒るだろうか?
それとも喜んでくれるだろうか?
――
この村で慌ただしく時間が過ぎ、明日で1年だ。
日記もずいぶん長いこと書いていなかった。
私は3カ月ほど前に24歳になった。
明日は私たちのためにパーティーをしてくれるそうだ。
と言っても食べて飲んでをするだけなのだが。
アリスビレは少し不満気だ。
なんでも何を食べても味がしない上、酔うこともないらしい。
舌がないから仕方ないとは思うが、少し可哀そうだ。
アリスビレは朝からパーティーをするためベッドで一日中過ごすそうだ。
――
今日アリスビレは村の人を殺した。
私が酔った男性に宿屋に運び込まれ襲われそうになった時、アリスビレが帰ってきてくれた。
――
村長さんに事情を聴かれた。
明日、村で裁判をするそうだ。
そこでアリスビレにも素顔を見せて欲しいとも言われた。
私たちは村への功績、酔った男がもともと粗暴の悪い男だったこともあり、村の人達に許してもらえるのではないか?と村長さんは言っていた。
――
今日は散々だった。
私を気遣うムードから
一転して何度もこの村を助けた私たちに暴言を吐き、石をぶつけた。
アリスビレは私の前に立ち、動かずにただ彼らを見つめていた。
――
私たちは村の人達と和解した。
アリスビレは動かずに、自身が無害であることを示した。
アリスビレは泣いていた。
何もない空っぽの目から可視化できるほどの濃密な魔力が溢れていた。
――
私たちは今森の中にいる。
あれから4日後、衛兵と冒険者がアリスビレを殺すためにやってきた。
アリスビレは私だけを逃がすように冒険者たちと交渉したが、私も同様に殺すと言われた瞬間、私を担ぎ上げ逃げ出した。
追っ手を何人も殺した。
アリスビレは何度も私に謝っていた。
――
今は洞窟の中に住んでいる。
私の魔法と、アリスビレが剣を使って作った特製のお家だ。
――
アリスビレは時々外出し、本や食べ物を持ってきてくれる。
アリスビレは人は殺さず、魔物から入手したアイテムを売っていると言っていた。
私も一緒にと言ったが、彼は顔を縦には振らなかった。
彼は私の不調に気付いていたのだろうか?
――
少しずつ体が動かなくなっている。
最近は目も悪い。
まだ、27歳なんだけどなぁ。
って言ってもおばさんだよね。
アリスビレが買ってきてくれた本の中にスケルトンの話があった。
作り話かもしれないが、死者の体に魔力が宿り、記憶を引き継ぎ恩返しに来るという話だった。
アリスビレはあの人の生まれ変わりだったりするのかな?
――
日記を書くのは久しぶりだ。
アリスビレは薬をたくさん買ってきてくれる。
どれも効果はなく、最近は高そうなポーションまで持ってきてくれた。
アリスビレの鎧の端々には赤がこびりついている。
アリスビレは外にいる時間が長くなった。
1日返ってこないときもある。
――
足が、体がかなり動かなくなった。
字を書くことや、立つことはまだできるが、苔が蒸したように足は緑色に変色している。
今はアリスビレが体を拭いてくれる。
少し恥ずかしいが、アリスビレは私に何も思っていないように服を脱がせて拭いてまた着せる。
おばさんはそんなに趣味じゃないのだろうか?
――
アリスビレに貴方は何なのかと聞いた。
アリスビレは貴方が想像しているものとは違うと言っていた。
――
片目が完全に見えなくなった。
字も上手く書けない。
字には自信あったんだけどな。
今日もアリスビレはどこかに行ってしまった。
足は根が張ったように動かない。
私は一人でなにをすればいいのだろうか?
もうきっと、治らない。
アリスビレにはもうずっと一緒に、そばに居て欲しい。
私はアリスビレのことが好きなのだろう。
――
今日やっとアリスビレのことが好きだということ、死ぬまでずっと一緒にいて欲しいということを伝えた。
もう近くのものでも薄っすらとしか見えない。
アリスビレは、私は偽物だ、貴方の想いには答えられないが、可能な限り、一緒に居ると言ってくれた。
もっと早くに気づけばよかった。
もっと早くに言うべきだった。
もっとアリスビレの顔を見ておくべきだった。
アリスビレの顔を忘れて死ぬなんて嫌だよ。
――
ナタリー 29歳11ヵ月と28日。
貴女といた時間は、貴女からもらった言葉は、決して、忘れない。
私は彼の偽物だ。
私の記憶が彼のもので、私の思いも彼のものであったとしても、これからもずっと...。
貴女はよく、誰かに憶えてもらっている限り、本当の意味で死ぬことはないと言っていたな。
私は貴方を、私の身が朽ちてなくなるまで忘れない。
貴女が好きだった...貴女が好きだった、ハピルレを淹れていく。
気が向いた時にでも飲むと言い。
愛すべき貴女の次なる幸せを心から祈って。
――
だれも喋らない。
あのスケルトン、アリスビレが最後のページに書いたのだろう。
残りの数ページは白紙のままだ。
なぜ、ナタリーの遺体に栗原が触れたときに粒子が出たのだろうか?
人は死んだときに粒子は出ない。
何かが残っていたのだろうか?
ふと見るとマグカップから湯気はもう出ておらず、中身もなくなっていた。
先ほどとは持ち手の向きが違うような、そうではないような。
椅子は動くのを辞めていた。
本棚が左右に動いていく。
本棚の後ろには開き扉。
誰かが開いているかのように左右の扉がゆっくりと開く。
その先にあったダンジョンコアが怪しげに光り輝く。
俺たちはダンジョンを攻略した。




