模擬戦
「まだ何も言ってないのですが、いいのですか?」
「ああ。まあ。」
今日は本当にすることがない。
顔が見える状態ではあまり動きたくはないが、実際、俺が追われているかと言われれば今は追われていないだろう。
特に目立つ行動もしていない。
「お願いってなんだ?」
「コウタロウ様、戦闘の練習にお付き合いいただけませんか?」
「練習?」
「はい。上位種との戦闘で、私はお役に立てなかったので。」
「そんなことはないよ。俺が生きているのもエレノアのおかげだ。まあ、俺でいいのなら、こちらこそよろしく。」
門の外に出るときにエレノアの通行証を作ってもらった。
奴隷は主人の所有物のため、実際に必要はないということは前に門番に聞いてわかってはいるのだが、俺が死んだ場合にはエレノアは奴隷ではなくなる。
その際に獣人が、嫌われ者の狼人が村に問題なく入れるのか?
ここは少しだけ疑問で、心配だ。
門番には怪訝な顔をされたが。
まあ、余裕があるなら何かあった時にできる限り備えるべきだろう。
一応移動も考えたのだが、歩いて8日はかかる村はこの村よりもかなり規模が小さいそうだ。
金銭的な余裕もあるわけではないため、ここであと1週間滞在しようと思っている。
勇者に認識はされているが、特に問題はないだろう。
栗原、橘の二人とは仲良くなかったし。
いや、仲いい人なんていなかったんだけど。
小学生の時、橘とは仲良かったんだもん!
門を出て思ったのだが、俺たちは本物の武器を持っている。
危ないのでは?
ハウンドと遭遇した森ではなく、村の横にある林から木の棒をとってくることにした。
まあ、折ったんだけどね。
俺は今使っている剣と同じくらいのサイズ、エレノアも同様に槍と同じサイズだ。
「いつでもいいよ。」
場所は林を抜けた先の開けた草原。
「本気でいきます。」
エレノアのステータスが上昇する。
何度見てもすさまじいものがある。
バフ系のスキルは習得するべきだろうか?
エレノアの被っていたフードがめくれ上がり、20mはお互い離れていたというのにすぐに距離が詰まる。
直線的な胴を狙った突き。これは様子見だろう。
ほとんど動かず受けとめ、エレノアの持つ棒に沿わせて踏み込みつつ切り払う。
エレノアはバク転して後退。
3歩ほど距離ができた。
うちの奴隷カッコよすぎるのでは?
エレノアは一呼吸後に一気に距離を詰め連続で細かく棒を振るってくる。
浅沼や木ノ下、宮田は全員剣を基本に使っていたため、槍との実戦経験は少ない。
リーチがこれほどに攻めにくいものだとは思っていなかった。
エレノアの動きがまだぎこちないのが救いだろう。
それでも手を出すことができていないのは、才能だろうか?それとも身体能力だろうか?
頭を狙って放たれた突きを下から跳ね上げ、右から俺が斬りつけようとすれば、エレノアは持ち手側でこちらに突きを放ち、頭の上で大きく回して薙ぎ払う。
ガードが堅い。
剣の方が小回りは勿論きくが、これが槍、長物の長所だろう。
エレノアの動きはどんどん良くなっていく。
つばぜり合いに何とか持ち込んでも、棒を振りつつ後退、そうなれば、また不利な攻めを行わなければいけない。
かといって、エレノアから攻められ、エレノアのリーチで戦うのもかなりきつい。
だが、5分もたたないうちにエレノアの動きが突然鈍った。
エレノアもかなり驚いたようだが、すぐに自身の体勢を立て直し、薙ぎ払う。
しかしその薙ぎ払いにも速度がない。
エレノアに接近、手でエレノアの槍を持っている右手を掴む。
「おしかっ」
エレノアの槍を持っていない左手には小さな木の棒。
ナイフのつもりなのだろう。
「まだです!」
単純な突き上げだったが、躱そうと体を逸らしたときにエレノアの右手を離してしまう。
長い棒を今にも転びそうな体勢で何とか受け止め、体勢を立て直すために距離をとる。
が、間をおかず、小さい木の棒をこちらに投げるとともに接近してくる。
速度があれば間違いなく一本取られていた。
飛んでくる棒を叩き落し、型に沿って突きを受け流し、エレノアの胴に剣を軽く当ててエレノアとすれ違う。
エレノアのステータスは俺の半分ほどしかない。
だが俺はここまで追い詰められたのだ。
勿論ステータスで圧倒するような戦い方をすればある程度簡単に勝てはするだろうが、もしエレノアのステータスが俺と同じなら結果はおそらく負けていただろう。
「完敗です。コウタロウ様。不意打ちしてしまい申し訳ありません。」
「こんな1対1に不意打ちなんてないだろ?それにどう見たって完敗じゃないよ。すごいなエレノアは。」
「ありがとうございます。...その、改善したほうがいいところはありますか?」
エレノアは少し照れるような素振りを見せた後そう言った。
「強いていうのなら攻撃と攻撃の繋ぎかな?俺も詳しいわけではないんだけど。でも、槍を使い始めたばかりでそれだけ扱えるんだ。自信をもっていいと思うよ。」
小休憩の後、エレノアに俺が憶えている範囲の構えや槍の扱いを教えた。
基礎的なものでしかなかったが、エレノアは非常に熱心で、すぐに綺麗に体を動かしていた。
エレノアの動きが鈍ったのは魔力切れが原因なのはステータスを見れば一目瞭然だったが、そんな状態でも弱音一つ上げず槍の練習をしていた。
俺は魔物を怖れた。
死を意識すればするほど。
エレノアが居なければ、俺はもう冒険者をやめようと思ったかもしれない。
だから今日は何もしないという選択を朝したのだ。
だがそれでは成長できない。
そんなことはわかっている。
そんな俺を置いてエレノアは成長しようとしている。
勿論奴隷だから仕方なくやっているのかもしれない。
だが、それでも、エレノアの向上心を、前に進もうとする意識に憧れたし、それをを見習おうと思った。




