鏡写し
世界が割れた。
言葉にすると、なんとも呆気ないものに感じるが、それはとても幻想的な後景だった。
まるで、今まで良くできた液晶画面に囲まれていたかのごとく、私を囲むように空間に罅が入る。
その次の瞬間には、細かな破片へと砕け、やがて砂よりも細かな粒子となった。
割れた世界の向こう。それは、私の眼では見通せない未知の領域。漆黒の闇のようにも、玉虫色の虹のようにも感じる、不思議な何か。いや、もしかしたら、何かすらも無いのかもしれない。
私はただ、見とれていた。
そんな幻想の時間も、ついには終わりを迎える。
粉々に砕け散り、踊るように舞っていた世界の欠片達。それらが再び集まり出したのだ。
それぞれが大きな破片を形作り、やがてジグソーパズルのようにカチリカチリと組み合わさっていく。
まるで、つい先程の出来事を逆再生したかのようだが、新たな世界が形作られていくうちに、それは違うとわかる。
何せ、すべての破片が全く同じ色だったのだから。
それは、まるで絵の具を塗る前のキャンバスのような白。
何ものにも染まっていない無垢なる純白。まるで私が異物だと訴えかけてくるような潔癖さを感じさせるようや純白だった。
まあ、さすがにそれは私の被害妄想だろうが。
そんなことを考えている間にも世界の破片は組み合わさっていき、ついに最後の破片がはまる。
そして、一瞬罅が波打ったかと思えば、次の瞬間には傷一つ無く罅は消えていた。
まるでさっきまでの出来事は夢だったのかと錯覚しそうな程だ。が、私はこんな白一色の世界なんて知らない。
今も夢を見ている感じはしないし、やはりさっきまでの事も含めて現実だろう。
「さて、どうするか。」
そんな私の呟きは、どこにも反響すること無く宙に溶けて消えていく。
どうやらここには何も無いらしい。というか今私が立っている床(地面?)も音を反射しなかったんだが。さっきから摩訶不思議な体験ばかりする。
というか誰もいないな。てっきり、神様でも出てくると思っていたんだが。あんな、私の周囲の空間を割ってさらに別世界に再構築したかのような現象、何者か超常の干渉が無いと起こり得ないと思うんだけど。そして、そんなことができるとしたら神様、もしくはそれに近い何かじゃないかと思ってたんだけど。はずれたか?
「いやいや、正解さ」
唐突に響いたそんな言葉とともに、私の背後から気配が滲み出る。
咄嗟に距離をとろうとして、無駄だと悟る。
いつのまにか肩に手がおかれており、そっと添えられているようにしか感じないのに、私は肩を動かすことができない。
無理矢理動かそうと思えばできなくはなさそうだが、やるなら肩が外れるくらいは覚悟しなければならないだろう。
「うーん。驚くぐらい察しがいいねぇ。さすが私が見込んだだけはある。」
「…全く驚いているように聞こえないけど?」
私がそう返せば、私の背後にいる“何か”は「まあね」なんて言いながら両手を前にまわしてきて……いきなり私の胸を揉んできた。
「ひゃわ!?」
咄嗟にひじ打ちと後ろ回し蹴りを放ったが、霞のような手応えしかなかった。
なのに相変わらず腕は胸を揉んでるし。
「フムフム。表情はほとんど変わらないのに随分可愛い声を出すねぇ。」
「放してくんない?」
「いいよ。…私が満足したらね♪」
その言葉にまた攻撃をしかけるも、案の定霞のような手応えしかない。胸を揉んでいる腕を引き剥がそうにも、それすらすり抜ける。
「おやおやどうしたんだい?自分の胸を揉んだりして。はっ!まさかまだ大きくしようと!?」
「違うけど!?」
くっ、腕がすり抜けるせいで自分の胸を揉んでるようなポーズになってしまった。というかいいかげん離れてほしい。さっきからどうにか引き剥がそうとしてるんだけど、何をしてもまともな手応えが返ってこない。
「フフフ。無駄無駄!私は触りたいものにだけ触ることができるからねぇ。つまり!今私に干渉できるのは、君の生乳だけというわけさ!」
「最悪っ!というか、なんか妙だと思ったら、服もすり抜けて直接揉んでたのか!」
「いえーす!ほらほら、私の手を引き剥がしたかったら、その立派な胸を上手く使うしかないよ!」
「誰がそんなことするか!」
ウザイ、とてつもなくウザイ!いったいなんなんだ、コイツは。
どうにか引き剥がせないか試行錯誤するも、奮闘むなしく全て失敗に終わった。単純な物理攻撃だけじゃなく、高電圧静電気や電磁波熱も全く効かない。
最終的に、屈辱ながら胸を使って弾き飛ばそうとしたものの、逆に相手を喜ばすだけで終わった。
そんな攻防と言えるかもどうかもわからないやり取りも、私が諦めて不貞寝した数分後に終わった。
「ふい~。満!足!」
そこに立っていたのは、一仕事やり遂げたと言わんばかりに艶々とした満足気な顔をしている…全裸の美少女。
身長は、170センチ前後と女性にしては少し高め。私と同じくらい。
白磁器のような、作り物めいた美しさすら感じる白い肌。
均整のとれた肢体が描く曲線美は、一種の芸術のように滑らかだ。手足や腰は折れそうな程細く華奢で、無駄な肉など一切ついていない。逆に胸は手から溢れそうな程豊満、お尻も大きく安産形だ。
さらさらと柔らかそうな、踵まで届く程長い烏の濡れ羽色の黒髪。
ビスクドールのように整いすぎた、綺麗なシンメトリーを描く顔の造形。
そして何より目を引くのは、蒼と翠が混じりあった宝石のごとき輝きを放つその目の色彩…って
「私!?」
「いえーす!」
そこにいた何者かは、紛れもなく毎日鏡で見ている私の姿をしていた。