[1-2]愛想のない悪魔
「おっはー!」
「あっ!…おはよー!」
リョーコは自転車を私につけてきた。
「女神様古典の宿題やった?」
「へ?、伊勢物語の和訳?」
「そそ!写してもいい?あたしやってなくてさー」
「ま…いいけどさぁ」
「女神様あざますっ!」
リョーコの快活な性格は心底うらやましい。無神経というか厚かましいというか。女バレのキャプテンで人望は厚いしルックスも「活発な女の子」って感じでいい。厚かましいけど。
「んじゃーアタシとっとと終わらせるから先行くわっ!」
「あっ!ちょっと待って!!」
「なっ、なに?」
「これ、お母さんが作りすぎたピロシキ、よかったら食べて?」
「おおおお!イリーナさんのピロシキやん!アタシこれめっちゃ好き!ありがとう!」
「はいはい。んじゃがんばってね!」
リョーコはすれ違う友達に挨拶をしながら、颯爽と自転車のペダルを漕いで行った。
(私ももっと活発になるべきかなぁ)
私が遅れて教室に入ると、リョーコが背の高い男子と話している。彼のアルトが空を揺さぶると、クラスの女子がひとり、またひとりと彼のほうを見る。間違いない。(スカウターで測れないほどのイケメン、だとっ…!)細身の体型に高い身長。色白な体の所々には、筋張って影のできる箇所がある。
「おっ!女神様ご降臨やっ!」
リョーコは私を見て手を振ってきたので、しゃーなしだ、こちらも何本か指を動かす。そうして私がリョーコににじり寄ると、背の高い男子は、目の前のこの外人は誰だと聞いた。無論私のことであろう。
「ああ、女神様?この子はロシアと日本のハーフでな、エレーナって言うねん。髪長いし綺麗やからみんなそう呼んでんねん。」
「ふーん。そう。よろしく。メ・ガ・ミ・サ・マ・」
彼は思ったより嫌味ったらしいのだろうか、強調して私を呼ぶ。
「じゃあ涼子、次のキャプ会までにその資料の書き込みしておいて。」
「了解っす先輩!」
背の高い男子は、リョーコと話し終えるや否や部屋を出ていった。私はあまりの衝撃に度肝を抜かされた。というのも、比類なき彼の「愛想のなさ」にではない。彼のシャツにタグが付いていたからだ。おろしたてだったのだろうか、白シャツに白色のタグが垂れている。意外と天然なのね。しかしまあ、あの愛想のなさが気にならないわけでもない。
「リョーコ、あの人誰?」
「えっ?しらんの?斎藤先輩だよ?」
「さいと…う?」
「2年のめっちゃモテる先輩やて!男バレの副主将!ホンマに聞いたことない?」
「私そういう恋愛とかには疎くて…」
「損してるなぁ。綺麗やのに…」
リョーコは溜息をふかーくついてこちらを覗く。
(何の溜息だよ。)
「でもな、先輩ー。いや、なんでもない。」
私は、遠くを眺めて発言を留めるリョーコに、いぶかしげな表情を隠し得なかった。リョーコもあえてそれに突っ込んでこなかったのも考えると、何かあると見ていいだろう。だから私はこれ以上なにも言わないことにした。
「ところで宿題はできたの?」
「あ…」
「ピロシキは食べてるくせに。」
「まあ、それは・・・」
「まあいいや、とっととやりなさいよね」
「…はーい」
側にあるノートやペンを中央に寄せる。言葉を詰まらせる。頭を垂らす。
「あ、あのさ。」
「…言いたいことあるんでしょ?彼の。」
「はっ。何でもお見通しなんやなぁ」
「あんたが分かりやすいだけよ。」
リョーコはノートを写し始めた。