[1-1]ロシア産
「リョーレチカ!寝坊すんで?早よ起きや!?」
訛った関西弁で私の名前を呼ぶのはオカーサンのイリーナ。ロシア人だ。
「真輝はまーだ起きて来ないのか!」
頑固な「リョウヘイ」さん、朝からお堅いことね。だが知っている。昨日母に執拗にハグを迫られて照れていた父の姿を!
着替えている間しばらくすると、階下のテレビからニュース番組と思わしき音声が聞こえて来た。味噌汁をよそいながら談笑しているのだろうか、嬉しそうな母の笑い声と、対照的な父親の控えめな笑いが聞こえてくる。私はバッグにタブレットを入れていそいそと階段を降りていった。
「オカーサン!ご飯なに?」
「今日はあんた、大好きなジャガイモの味噌汁や!」
「相変わらずお前は渋いものが好きなんだなぁ」
父が苦笑して母に目配せをする。しかし母はそれに気づいていないのか、反応をしない。それを感じ父も卓上の味噌汁に目を戻す。ほんの一瞬家族の空気が異質なものになったが、その時を待ってましたとばかりに、母は机のど真ん中にピロシキを繰り出した。
「んっ!どうや!」
「なっ、イリーナっ!ぶふっ、んっっふっ、なん、で、なんでピロシキ、朝ごは、んに?ふふはははふふ」
「あっはははっ!二人とも、たまには面白いもの食べないとねぇ」
母の渾身の一撃は父を砕いた!しかしこの母、無計画である。ご飯、ジャガイモの味噌汁、そしてたくさんのピロシキ。朝からこの炭水化物地獄をどう切り抜けるつもりだろうか。いや、どう切り抜けよう。目の前の壁は厚い。しかし笑いこける父はそれに気づいていない…
結局私は、ロシア人の母が作るご飯と味噌汁を美味しく平らげ、カバンにピロシキを4つ入れて家を出た。
「行って来ます!」
「………」
今日は「いってらっしゃい」の声は聞こえない。なにせ両親は、眼前の50個ほどのピロシキと対峙しなければならないからだ。父は会社に、母はご近所さんに配るつもりだろうが、それにしても作りすぎであると思う。アホである。それを思うと、ピロシキ消費に少ししか貢献していない私の行動が、急に後ろめたくなってきた。