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レポート 5:『賢獣』

バトルもの系タイトル失礼しま~す(裏声)

 電車を降りて、駐輪場へと向かい、自転車を押す。

 するとホームで長重が待っていて。

 途中まで一緒に帰ることにする。


「……ん?」


 ふと横道に何かが置いてあることに気づく。

 ただの段ボールかと思うも、気になり近づいてみる。


「……っ!」


 その中身を覗くなり釘付けになる。

 自然と、そこから離れられなくなる。


「真道?」


 背後から聞こえる長重の声。

 目先のモノに「あ」と息を漏らし、満面の笑みを零していた。


「可愛い~♪」


 箱の中にいる小さき獣。

『ミー、ミー』と鳴き声を放ち、大きな瞳を潤ませる。


 灰色と黒の縞模様。青い眼。掌サイズの身体。

 生まれたばかりの子猫だった。



「―――」



 ゆっくり、恐る恐る手を伸ばす。

 猫の顔まで近づけて止める。

 猫は大人しく座ったまま、匂いを嗅いで、


「……」


 チロチロと、舐めてきていた。


「人懐っこいね」


 子猫を撫でる長重と、甘えるように手へ顔を摺り寄せる子猫。

 凄く、ほのぼのする。



 ――捨て猫、か……。



「私の家、ペット禁止(ダメ)なんだよね。実家でウサギは飼ってるんだけど……」


 実家のウサギ。

 見たことはないが、飼っていることだけは知っている。

 中学の頃、彼女が話していたから。


「……知ってる」


 けれど今は、親元離れた一人暮らし。

 訳ありの家庭。似た境遇。

 それを知っているのは、全て自分に非があるから。


「え……?」


 小さな声で呟いて、聞き取れなかった長重は案の定、首を傾げる。

 しかしそれも一瞬で。


「真道、飼えない?」


 彼女はすぐに心配へと移る。


「……」


 猫は好きだが、飼うとなれば話は別。



 ――なので、



「聞いてみる」


 スマホを取り出し、LINEを開く。

 友達欄の瑠璃にタップし、メッセージを送る。


『猫、飼ってもいい?』


 さすがにすぐには既読がつかないため、その間、長重が抱き抱えた子猫の写真も送っておく。



 さり気なく、子猫を手に微笑む長重の一枚も収めて――。



「……よし」


「オッケー取れたの?」


「んにゃ?」


 『どうする気?』と言いたげな顔ぶり。

 もしかしなくとも、きっと瑠璃は反対する。



 ――だから、



「お前、(うち)来るか?」


 子猫自信に問うてみる。

 人間の言葉なんて、生まれたての子猫には通じないかもしれない。

 けれど動物も人間と同様、少しの仕草で何を考えているかぐらいわかる。


 そのため、じっと見つめていれば、


「わぁ……っ!?」


 長重の腕から飛び出して、こちらの首へと飛び込んでくる。

 狙っていたのか頭からパーカーへと突っ込んで、服の中を動き回った末、胸元から顔を出した。


「ふふ。満足そうな顔」


 服の中が暖かいようで、子猫は眠そうに落ち着く。

 まるで本当に、笑っているかのようで。

 こちらも自然と、笑みが零れる。


「本当に大丈夫?」


「とりあえず、実力行使」


「心配だなぁ……」


 肩をすくめる長重をよそに、子猫を撫でて、『ミー』と鳴く姿に癒される。

 帰路を歩きながら、長重の瞳がこちらを映し続けている。

 それだけで、本気で心配なのだと伝わってくる。


「俺は、勝ち目のない勝負は挑まない主義なんだ」


「勝算があるってこと?」


「まぁ、な」


 反対されるかもしれない。

 下手をすれば、家から追い出される可能性だってある。

 でもそれは、今までの話。


 瑠璃ならきっとわかってくれる。

 そんな安心感がある。


「ダメだった時は?」


「氷室に押し付ける」


「そこは人任せなんだ……」


 けれどやっぱり、自信はなくて。

 どうにかなるさと、呑気なことを考えている。


 考えすぎても仕方がない。

 子猫(こいつ)のために何ができるか。

 今はそれを考えることしか、できないのだから。


「それじゃ、私ここだから」


「ああ」


 長重と別れ、離れていく背中を遠めに眺める。


 その行き先にあるマンション。

 駅から歩いて15分ほどの位置。


 ここからなら、自転車で僅か5分ほどで家に着く。

 子猫が胸元から落ちないように注意しながら、自転車を漕ぐ。

 時々視線を子猫へとやれば、お風呂に浸かる人のように笑っていた。


「お前、おっさんかよ」


 吹き出し気味に笑い、あっという間に自宅へとたどり着き。

 自転車を止め、玄関へと向かう。


 ゆっくり戸を開けて覗いてみるも、人気などなく。

 瑠璃はまだ、帰ってきていないようだった。


「さて、どうするか……」


 頭を掻いて、瑠璃が帰るまで何をするか考える。

 すると子猫は胸元から飛び出して、家の中を散歩していく。


「ふむ」


 辺りを見回しながら歩く当たり、視察といったところだろう。


 ここがどういう家で、どんな家具の配置で。

 その中のどこに自分の縄張りをつくるか。

 これが猫という生き物の習性なのかもしれない。


「そこがお前の特等席か」


 庭へと繋がる縁側。

 日当たりが良く、心地のいい場所。

 どうやら気に入ったようで、景色を眺めるように尻尾を揺らして座っている。


「餌は、フード?いや、猫缶?ミルク……」


 飼ったことのないペット。


 実家で小4の頃に夏祭りですくった金魚(現在20センチ越え)を飼ってはいるが、猫と触れ合う機会など、そうそうなかった。



 ――まずは、



「動物病院、ペットショップ、あたりか……」


 野良だった場合、何かの病気を抱えていることがある。

 一回検査を受けさせて、その時に詳しい情報を仕入れよう。


「とりあえず、風呂入るか」


 洗濯物を取り込み、お湯を張る。

 子猫を抱え、風呂場へと向かい、子猫の身体を洗う。


 不思議なことに子猫は水を嫌がらず、気持ちよさそうに身を委ねていた。

 湯船に浸かれば、器用に犬掻きしている。


 猫なのに……。


「お前、スゲーな……」


 と思いきや、徐々に沈んでいく子猫。


「っておおぉいっ!?」


 慌てながらに救い上げ、安否を確かめる。

 すると呑気に『ミー』と鳴き声を上げ、一安心する。


 風呂から上がり、子猫の身体を拭く。

 フサフサだった毛がボリュームを失っている。

 拭き終わると子猫はすぐさま走り出し、リビングにある扇風機のスイッチを入れる。


「ニャー」


 唖然と、猫らしい鳴き声を耳に風を浴びる子猫を凝視する。



 ――賢すぎる……っ!



「おっと」


 気づけば毛並みが元に戻って、子猫が胸元へと飛び込んでくる。

『ミー』と笑むように鳴いて、甘えるようにじゃれてくる。

 自然と頬が綻び、ふとお腹へと手を当てて、


「腹減った……」


 そう思うのだった。


「コンビニ行くか……」


 すると子猫が頭上に乗って、『ミー』と鳴く。

 まるで、自分も付いて行くと、言いたげに。


「お前も来るか?」


「ミー」


 元気のいい一声が聞こえていた。



      ※



「疲れた……」


 コンビニへと向かう道中、『頭に子猫を乗せたフードの男』という形で街歩く人々の視線を浴び。

 さすがにコンビニでペットはまずいだろうと思い、胸元に隠せば、レジにて顔を出し『ミー』と鳴く。


 優しいおばちゃんだから良かったものの。

 ペットショップのお姉さんまで、ゲージに入れず頭上に乗っけていることに驚いていた。


「さてと」


 ビニール袋から買ってきたものを取り出す。

 その間、子猫に目をやり、ため息を零す。


 ペットショップで買った品々。

 ゲージにペット用ベッドとキャットフード。



 ――そして、



 白い四葉模様が刻まれた青い首輪。

 そこに付けられた名なしペンダント。

 もしもの時のため、裏に住所と電話番号が記載できる話題の品。


 それら全部、自ら選んでいく姿に店員の目も点になっていた。

 ゲージに関しては嫌い、自分でも必要ないとさえ思えるほど、賢く大人しいが、念のため購入した。


 今すぐサーカス団にでも入れるレベル。


 もう猫の域を超えている……。


「寝よ……」


 子猫によりドッと疲れ、瑠璃が帰ってくるまで、ゆっくりしていたいと。

 そう思ってソファに横になれば、あっという間に睡魔が眠りへと誘った。



      ※



「ただいま~……」


 疲れながらに覇気のない声を上げる。

 面倒臭くも感じるけれど、それをすれば彼が駆けつけて『おかえり』と言ってくれるから。

 その優しい笑顔に癒される。


「あれ……?」


 いつもなら出迎えてくれるはずの彼がいない。

 靴はあるし、電気も点いている。


 おかしいなと思い、リビングへと行ってみれば、いつものように特等席(ソファ)に寝ているのだと気づく。


「ふふ」


 可愛い寝顔。小顔で童顔。

 大きくなっても、代わり映えのしない容姿が羨ましく思える。


 頬を小突けば、モチモチの白い肌の感触。

 細身の体形も相まって、女装すれば『男の娘』もいけるかもしれないと、くだらないことを考えてしまう。



「―――」



 一向に起きない鏡夜(カレ)

 どうやら相当疲れていたよう。


 だからふと、襲いたくなる。


「……ん?」


 彼の上に跨ろうとした時だった。

 お腹の上に見慣れない毛玉が丸くなっている。


 よく見れば、鏡夜が好きな猫という動物に見えなくもないが、いるはずのない存在に疑問符が絶えなかった。


「え?」


 途端、子猫も目を覚ましたようで、こちらを一目に飛び掛かってきていた。


「うわぁ!」


 顔に張り付き、前が見えず。

 子猫により力が弱く、爪を立てていないことが幸いとして、すぐ外れた。


「……何やってんの?」


「ああ、起きた……ってこっちの台詞よ!」


「……?」


「なんで家に猫がいるの!?」


「LINE送ったよ?」


「え?」


 言われて気づく。

 送られたことに気づいていなかったということを。


「ミー、おいで」


「ミー?」


 彼の掛け声をもとに子猫は跳ぶ。

 それをすかさず彼がキャッチする。


「名前?」


「うん。ミーって鳴くから、ミーにしようかなって」


「へ~……って飼うの!?」


「ダメ……?」


「うっ」


 潤ませた瞳で小首を傾げる。

 手に持つ子猫も同様にこちらを見つめてくる。


 それが可愛くて、眩しくて、どうしようもなく思えて。

 顔を背けて逃れようとするも、首を落として承諾していた。


 すると鏡夜はニヤリと笑みを浮かべて、


「ミー。俺の家族の瑠璃だ」


 そう言って、子猫を手放す。

 『挨拶をしろ』という遠回しのセリフに子猫を見れば、こちらに歩み寄って、膝の上に乗って。

 お座りをして、『ミー』と笑むように声を上げた。


「凄い……」


 唖然と眺め、自然とフサフサの毛に手は伸びて頭を撫でていた。


「それで?」


「ん?」


「子猫にも気づかず、寝ている俺に何をしようとしていたんですか?」


「あー……」


 バレバレの思考回路。

 全て見透かされているようなジト目に、上手く誤魔化せる理由なんて見当たらず。


「寝ている鏡夜が、可愛すぎるのがいけないの!」


 そう口走っていた。


「んな理不尽な……」


 呆れ返り、ため息を漏らすけれど、不服なのはこっちも一緒。

 好きな人を前にすれば、ものにしたくなるのは自然の原理。


 私は悪くない!


「鏡夜だって、強引に猫飼おうとしてたんだから、お相子でしょ?」


「まぁ、確かに……確かに?」


「ふふ」


 都合のいいこじつけを見つけ、言い逃れる。

 お茶を濁したところで、立ち上がれば、『ぐ~』とお腹の鳴る音がする。


「腹減った……」


 お腹を押さえる鏡夜。

 寝て起きたら空腹になるという彼の体質は不思議なもので。

『ミー』も、這いつくばってお腹を空かせていることに笑みが零れた。


「じゃあ晩御飯にしよっか」


「うん……」


 覇気のない声。

 子猫と一緒に倒れ込み、まるで鏡夜も猫のよう。


 ベッドで丸くなる姿が彷彿とされ、今度猫耳を付けようと企んだ夜だった。



 ――新たな家族は賢いペット。

  少しだけ日々に光が差した気がした――

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