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レポート14:『変遷』

いろいろあって、次話遅れました。

 6月となり、迎えたとある放課後。


 旧校舎の屋上にて、缶コーヒーを片手に『(しん)(どう)(きょう)()』は『()(むろ)(けん)(しん)』とグラウンドを眺める。


 中間テストを終えて、夏の大会へと向け、本腰を入れて活動する運動部。


 青春を謳歌している彼らを遠目に『氷室は部活に出なくて大丈夫なのか』と思うも、今日は月曜日で生徒会があるため、休みなのだと理解した。


「鏡夜の言った通りになったな」


「何が?」


 そんな中、ふとして口を開く氷室は嬉しそうな表情で。


「目安箱のこと」


「ああ……」


 そのたった一言に察しがつく。


「今じゃ学校中の噂になってる。前生徒会に負けないくらいに今の生徒会は頼りになるって。富豪の浮気騒動を解決して以来、目安箱にはもう5枚以上入っているのが当たり前になっている」


 事実を淡々と語る氷室に自然と納得する。

 クラスや廊下で目安箱の件が話題になっている。


 狙っていた通り、目安箱の存在が(いつ)()()高校に新たな風を齎し、酷く単純だなと面白味を感じていた。


「3階旧校舎の廊下にひっそりと置かれた目安箱……のはずが、時々2階にまで投票したやつらの声がする。生徒の期待大とは、プレッシャーですね~」


「ほとんど悪ふざけだろ」


「まぁなー」


 (ひと)()のなかった旧校舎を徐々に広まる噂が賑やかにする。


 その秘かな発信者となり、集まる悩みを解決し、自然と悦に浸れるという企み。

 しかし現状は、無暗矢鱈と案件が募っては解決の繰り返しで、疲労が溜まる一方で。


 それがための息抜きとして、こうして氷室と駄弁っている。


「というか、どうでもいい」


 眠気が強く、何度も『くわ~』と欠伸する。

 そして同時に襲ってくる睡魔をブラックコーヒーで対抗していた。


「寝不足か?」


「ああ……昨日は瑠璃が寝かせてくれなくて」


「ほほう?」


 ふと零れた事実に何を勘違いしてか、氷室はニヤニヤと頬を緩める。


「……別に、お前が思っているようなことは何もないぞ」


「何があったんだよ?」


 さっと氷室の態度が切り替わり、口にしようか迷う。

 けれど対して問題ないだろうと、眠気がありのままを語らせていた。



      ※



 ――前日。



 日曜という休日に動物病院へとミーを連れて行き、帰宅する。


「まさか、雌だったとはなぁ……」


 ゲージからミーを出し、考え深く思う。

 何となく、雄だと思っていたのだが、実際は小さな女の子で。

 しっかりした生後3か月だなと、微笑する。


「女の、子……」


 背後から現れる気の抜けた瑠璃に眉を顰める。

 一緒に動物病院へと行ったきり、ミーの性別を知るなり錯乱状態にある。

 どうしたものかと頭を掻くも、今はそっとしておくことにした。


 それから昼食を取る中も、瑠璃は茫然とし続け。

 ミーと戯れていれば、瑠璃から呪いのような視線を浴び。


 晩御飯の支度をしている間にソファで横になり、ミーがお腹で丸くなると包丁の音が強く鳴り響き、底知れぬ恐怖を覚えるも、少しの眠りについていた。



 ――そして、



「もしもーし」


「ん……」


「晩御飯できたよー」


「んー……」


 目が覚め、瑠璃の顔が目に映る。

 そこにはいつもの笑顔があり、寝ぼけながらに席に着く。

 すると向かいに座るでもなく、瑠璃は隣へと腰掛けていることに気づいた。


「ふふ」


 瑠璃の煌めいた笑顔に疑問に思うも空腹により手を合わせる。


「いただきます」


「いただきます」


 箸を手に並んだ料理を口へと運ぶ。

 一つ、また一つと頬に詰め、咀嚼していく。


「……?」


 ふと隣へと目を向ければ、箸も持たずにこちらを笑顔で眺め続ける瑠璃がいる。


 何がための見つめる瞳なのか首を傾げていると、ミーがキャットフードを食べ散らかし、皿から零れ落ちているのが目に入った。


 可愛い故に叱ることができず、落ちたキャットフードを拾い集めると、ミーがそれを貪り始める。


 一つも食べ残さぬよう、こちらの片手を両前足で抑え込む姿は食い意地が張っており、その食欲にミーも一端の子猫なのだと、微笑した。


「ん?」


 ミーが満足げに完食し、解放された手を洗いに行こうと立ち上がると、瑠璃が電撃を受けたように愕然としていた。


 手を洗い、もう一度席に着いた頃、何も言わない瑠璃を置いて、夕食を再開する。

 途端、左袖を引っ張られ、瑠璃を見れば、円らで寂しげな眼が自分を映していた。


「ミー」


「へ……?」


 ミーのような声を上げ、瑠璃は口を開ける。

 不思議とそれに察しがつき、晩御飯のおかずである唐揚げを取って近づける。

 口元まで持って行くと、案の定、瑠璃は食いつき、咀嚼していた。

 飲み込むと、再び口を開くので、もう一つ唐揚げをやる。



 ――なんだこれは……?



 餌づけているような感覚に可笑しく思うと、瑠璃は唐揚げを銜えたまま、両腕を首へと絡めて、顔へと迫ってきていた。


「ふぐ……!?」


 ポッキーゲームの唐揚げバージョンとでも言うべきか、瑠璃は口移しで渡してくる。

 そのためすぐさま噛み千切り、回避する。


 銜えた残りを平らげ、瑠璃は油で光る唇を舌なめずりする。

 何ともいやらしい光景に目を奪われるも、膝にミーがしがみついてくることにより正気を取り戻した。


「むぅ」


 身体をよじ登ってくるミーに瑠璃は不満げな反応を示す。

 そしてミーに対抗するように胸元へと寄ってきては、笑顔で頬ずりを繰り返す。


「ちょっ」


 徐々に悪化していく瑠璃の甘え癖に困惑していると、いつの間にかミーは頭の上で寛いでおり、それを目にした瑠璃は抱きしめながらに押し倒してくる。


 幸い、倒れた衝撃で痛みはなく、飛び降りて回避し毛並みを揃えるミーを傍目に今も尚、離れることのない瑠璃に目が行く。


「ミー♪」


 今まで溜め込んだストレスに歯止めが利かなくなったのか、ただひたすらに癒されようとじゃれてくる。

 本当に猫のような様に笑みが零れ、頭を撫でる。


 しばらくして、眠りに落ちる瑠璃を抱え、ベッドに移動させようと起き上がるのだが、手の力が強く、解くことができず。


 仕方なく、彼女を抱いたままベッドへと横になり、満足げに浸る瑠璃に微笑する。


 就寝しようと瞼を下ろし、彼女から伝わる温もりと、鼻腔を擽る彼女の香りが、彼女の存在を強くする。


 今までにも幾度か添い寝をしたことはあるが、抱き枕にされれば否が応でも意識する。

 ふと開いた瞳の先に瑠璃の顔があり、その息遣いが感じられるほど近くにいる。


 それが心臓の鼓動を早くさせ、より一層眠れなくなる。

 そのため解放されるのを待とうと思うのだが、彼女の足が絡まり、完全に出られなくなる。


 この現状に言葉さえも失い、途方に暮れる。


 彼女といると安心するが、意識すると心地よすぎるがあまり何もかもが手つかずになる。

 だから深い接触を控えていたのだが、それが彼女を苦しめていた。


 愛されることの実感。


 嬉しすぎるそれを噛み締め、同時に苦虫を磨り潰す。

 いつか来る終わりが、この関係を崩壊させる。


 それでも彼女が自分を思っていてくれていたら、そこまで依存していたのだとしたら、執着していたら。


 どうすることが正解なのか、気づいていても逃れようとしてしまう。


 君の傍にはいられないと。

 心にもないことを浮かべて。


 心苦しい夜を過ごしていた。



      ※



「ただの惚気じゃねぇか」


 事細かに話せば面倒になると、断片的に事情を伝え、氷室は嘆息する。


「要するに、ミーが雌だとわかって春乃さんが嫉妬したって話だろ。可愛いか」


「最高だろ?」


 呆れた口調の氷室に笑い掛ける。

 けれど氷室はわからないと首を振り、肩を竦めていた。


「そんでお前も、満更でもないと」


「それは否定できない」


 好きな人に迫られ、遠回しに愛を囁かれる。

 心の奥底にいる弱い自分を包み込む。


 その暖かな温もりが、嫌いではなかった。


 ずっと欲していたモノだったから。


「いた」


 思い耽る二人の間に少女の声がそよ風と共に飛んでくる。


「松尾?」


「どうした?」


 誰かと思えば、我が生徒会の書記である『(まつ)()あかね』だった。

 桜色の髪を靡かせ、凛とした佇まいで松尾は告げる。


「エミリーが呼んでる」


「会長が?」



 我が(いつ)()()高校の現生徒会長――『(なが)()()()』。



 自分の幼馴染であり、中学以前の記憶を持たぬ訳ありの少女。

 彼女の話題となるだけで、胸が締め付けられる。


「……んじゃ、行きますか」


 『真道鏡夜』の目的は『長重美香』の記憶を取り戻すこと。

 その期限は、高校を卒業するまで。

 取り戻したとき、『真道鏡夜』はいなくなる。


 ただそれだけの話なのに『真道鏡夜』は未だに機をうかがう。


 揺るぎない信念がありながら動けずにいる。

 時間は待ってくれないというのに。


 『真道鏡夜』は、苛まれる日々に見置いたまま、今を捨てきれないでいた。



      ※



「遅い!」


 生徒会室に入るなり、何度目の叱り声がする。


 見ればご機嫌斜めの長重が仁王立ちしており、富豪が相変わらずの不敵な笑みでこちらを睨みつけてくる。


 どうやら待たせてしまっていたようで、悪びれる氷室に便乗して席に着く。


「……今日の案件は?」


 呼び出された理由を問い、長重は怒りマークを浮かばせる。

 そこに松尾は眉を八の字にし、富豪も嘲笑うかのような反応を示す。


 いつも通り目安箱に集められた悩み解決だと思っていたのだが、どうやら違ったご様子。

 そのため、氷室と同様に首を傾げる。


「今日は球技大会についての話し合いですぅ!LINE見ろバカ!」


 不満げに頬を膨らませる長重に少し見惚れる。

 生徒会活動を通じて、長重との関係が深まり、時折見せる彼女の態度が昔の彼女と重なる。


 よくからかわれ、勘違いに塗れた思い出に潜む、忘れられない表情(かお)の一つ。

 嬉しい傾向であるはずなのに同時に恐ろしく思える。


 急に思い出せば、パニック症状に陥る可能性がある。

 徐々に思い出させることが精神崩壊を防ぐ。


 だから何気ない日常に昔を彷彿とさせるものを挟むだけとし、限りなく慎重に時間をかける必要があった。



 今のところ、上手くいっているようなのだが――。



「どうせまた、『悪い、見てなかった』とか言うんでしょ!」


「悪い、ブロックしてた」


「っておぉい!?何で!?」


「だって通知多いし」


「嘘だよね!?」


「嘘だ」


 松尾の淹れた紅茶を啜り、脳裏に長重のLINEについて思い起こす。

 既読すらしていないのは確かな事実であるが、長重からの連絡はちゃんと全てチェックしている。


 スマホのロック画面に表示される通知センターにより、既読せずにメッセージを見る。

 あえて既読しないことで、長重を弄る口実がつくれる。

 本当はたくさんメッセージ交換をしたいのだが、己が蒔いた種によりできずにいる。


 長重に与えた『真道鏡夜』の印象は、お道化た意地悪な男。


 文字にすると本音を漏らしてしまう自分にとって、彼女の中に食い違いを生む。

 それは昔の自分にはないモノを長重に見せつける行為。


 苛まれる日々により生まれた、弱い自分。

 知られれば、彼女の中に昔より今の自分が強く根付いてしまう。


 昔の彼女にただ戻すのではなく、昔と今の記憶を引き継がせる。


 つまりは記憶の統合を図ろうとしている。


 昔の彼女の記憶だけが戻り、今の記憶が消えてしまうのも、昔の記憶がないまま、今が続いてしまうのも、あってはならない。

 それではどこにも、彼女のいるべき場所が与えられないから。


 奪ったモノを返すだけではこと足りない。

 そのためにも、念密に作り上げた『真道鏡夜』という存在を貫かなければならない。

 『真道鏡夜』はただ、道化を演じていればいい。



 あの頃のように――。



「球技大会、ねぇ……」


 深い思考から浮上し、今度は去年のことを思い出す。

 凄く退屈な一日だったと。


「今回は、年々さぼり癖が増している生徒も参加できるような新たな取り組みをしたいと思っているの」


「無理だろ」


「いきなり!?」


 議題の提案を初っ端からへし折り、長重は驚愕する。

 周りからは、理由を問うような視線が集中している。


「毎年伝統で1学期は男子ソフトボール、女子バレーボール。2学期は体育祭や文化祭などの行事があり、3学期に男子サッカー、女子バスケット。球技大会はクラスごとのチーム編成で一日中運動系が活躍する体育祭と何ら遜色はない。故に文化系の者たちは必然とさぼる。出番がない上に一日中応援という不毛な時間を過ごすからだ。だから、無理だ」


 もっともな事実に皆は黙り込む。

 否定的な主張ばかり並べ立て、相手の意見を聞かずにいる。

 自分が嫌うやり方の一つを実行するのは、自分もさぼり癖のある一員だから。


「……今のままじゃ、な」



「―――」



 加えた一言に長重は唖然とこちらを見つめる。

 周りはいつものやり取りに頬を緩ませていた。


「とりあえず、長重の提案に伸るか反るかは周りの意見も聞いてから決めよう」


「だな」


「うん」


「ふん」


 回りくどいやり方により、他三人からの同意を得る。

 結局、振り出しに戻り、長重は嘆息する。


「……もう、だったら黙って聞いててよね」


 不満そうな顔をしながら、怒ってはいない様子。

 その後、咳払いをして、長重は再開する。


「私からの提案は二つ。一つはクラス内チーム編成で全員が参加するように義務付ける」


「普通だな」


「普通だ」


「ふん」


「何この仕打ち!」


 長重に対し、男性陣は同じような返しをする。

 すると長重は、唯一苦笑するだけの松尾に泣きつき、慰める松尾からは母性を感じる。

 何とも微笑ましい光景なのだが、またも話が進まなくなってしまうため、容赦なく流す。


「……んで、二つ目は?」


 泣きじゃくる長重に問う二つ目の案。

 泣き止むと、長重はもう一つの案を口にした。


「二つ目は……伝統を壊す」


「伝統を壊す?」


 たった一言に心が打たれ、脳裏に閃くような感覚が走る。

 けれど何かが引っかかり、出てこない。

 故に今は、長重の言葉を待つことにする。


「種目を増やしたり、変えたりして、参加意欲を湧かせる……みたいな」


 曖昧で、意外とあたり添わりのない例えに微笑する。

 長重の考えに近いものが、自分の中にも生まれたから。


「んじゃ……」


 周りに目を向け、様子を窺う。

 伸るか反るか、他三名の主張を聞くために。


「うーん、新しい種目かぁ……去年と同じじゃ、つまらないもんなぁ」


 体育会系の主張とでも言うべきか。

 氷室は二つ目の案に興味があるようで。


「全員が参加って、なんか楽しそう」


 松尾は一つ目の案に惹かれていた。



 ――そして、



 富豪へと目を向ければ、相変わらずの態度で。


「君の意見はどうなんだね、ミスター鏡夜」


「俺?」


 何を言うでもなく、こちらの意見を問うてくる。

 富豪が生徒会に入ってからというもの、問われるばかりの現状に可笑しく思う。

 けれどそれが、自分の意見を言いやすくしてくれるため、ありがたかった。


「あるにはある、な」


「何?」


 そこに食いつくのは富豪ではなく、長重で。

 顔の近さに動揺するも、気を取り直して口にする。


「伝統を壊す」


「へ?」


 共通の単語に長重は間抜けな声を上げる。

 しかし、こちらの案は似ているようで少し違う。


「氷室」


「何だ?」


「面白いことは好きか?」


「……ああ。大好物だ」


 互いに意味深な笑みを添えて、通じ合う。

 何を伝えていなくとも、何かを企んでいることは誰にでもわかる光景。

 その怪しげなコンタクトに長重は眉を顰める。


「何する気?」


 松尾は首を傾げ、富豪からは鋭い視線が飛ばされている。

 だから抱かれた疑問に素直な解答を見せる。



「―――」



 出した提案を呑むか否かは周り次第。

 普通なら乗らないであろう船に皆は躊躇する。

 受け入れられるかどうか、迷っている。


「それ、許可下りるかなぁ……」


「うん……」


「んー……」


「ふん……」


 長重の言葉に松尾、氷室、富豪と息を漏らして思い悩む。

 考え深い検討に決めかねている理由は、学校がどういう反応を示すか。

 それによって、提案は無に帰す。



 ――なので、



「聞いてみるか」


「へ?」


 頼みの綱に直談判することにした。



 ――新たなお悩みは、

  新たなる革命の兆し――

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