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レポート11:『浮気殺到!何股事件!』

「これって……」


 松尾と互いに読み比べ、感じたこと。

 並べられた三枚の投票用紙。

 その全ての内容が、同じようなものだった。


「ゲスなヤツがいたもんだな……」


 書かれていたものとしては、ほとんどが浮気。



『付き合っていた彼氏が浮気をしているため、どうにかしてほしい』


『付き合っていた彼氏に彼女がいました。どうすればいいですか?』


『付き合った彼氏が友達とデートしていました。改善してください』



「はぁ……」


 それぞれを目に困り果てたように長重は嘆息する。


「最近、周りからも同じような質問ばかりされて……こんなのどうしたらいいんだか……」


「あー……」


「それは……」


 完璧超人ゆえの悩み。

 何でもそつなく熟しては、周りから期待と憧れの眼差しを一心に受け。

 ルックスからしてもモテないはずはなく。


 だから長重に相談すれば何とかしてもらえるのではないかと、誰もがそう思っている。



 ――しかし、



「長重って、彼氏いるのか?」


「いるわけないじゃん……」


 不貞腐れるように突っ伏しては、萎えていく。

 そんな姿にふと浮かぶのは、いるはずのない存在のこと。


「鏡夜は?」


 自然と、興味本位で口は動き。

 本人がいないからこそ、聞けることだった。


「鏡夜は……」


 伏せた顔を上げて、物思いに耽る。

 何を考えているのか、暗くなる表情が思い出し笑いによって明るく染まった。


「友達……かな?」


 嬉しそうに微笑む顔。

 言葉通りの意味だとしても、鏡夜のやって来たことに意味はあったのだと確信する。



 ――だって、



「……あっそ」


 気づいてないだけで、顔にはちゃんと出ていたから。


 きっと、鏡夜の見たかったであろう笑顔。

 こんな時に寝込むとは、鏡夜も災難だなと失笑した。


「んー、とりあえず……」


 再度、3枚の投票用紙へ視線を移し、考える。


「鏡夜に頼らず、まずは俺たちで考えてみるか」


「そうだね」


「うん」


 三人揃って、己の不甲斐なさを自覚する。

 皆、鏡夜に頼りすぎていた。


 一人で何でも解決するのは、今までずっと独りだったから。

 そうすることが当たり前で、そうすることしかできなかったから。


 誰かに相談したところで、何も解決しない。

 なら話しても無駄だと、鏡夜は言う。



 ――けれど、



 言わなきゃ伝わらないし、何もしてやれない。

 鏡夜は意地っ張りだなと、そう思った。


「んー、これって……同一犯の可能性ってある?」


「同一犯?」


 投票用紙を掲げて、小首を傾げる姿は探偵のようで。

 その姿が絵になり、これは使えるなと。

 こちらは秘かにスマホのシャッターを切っていた。


「だって、どう考えてもおかしいよ。ここ最近で浮気対処のことばかり……」


「まぁ、そうだな」


「男がそこまで軽薄だとは思わないけど……一人一人が彼女をとっかえひっかえするなんてこと、あるかなぁ……?そうだとしたら浮気ブームだよ」


「浮気ブームって……」


 あり得ない単語。


「それよりも、同一犯だって可能性の方が余程よっぽど現実味あるくない?」


 確かに突拍子もない発想よりは、余程マシだと言える。


「同一犯、か……」


 確信は持てない。

 が、その線で探すのが今は一番だと納得する。


「例えば、学校で一番モテる人とか?」


 するとそっと口を開く松尾。

 それはあるかもしれないと、相槌を打てば、


「そうそう。イケメンで悪そうなホストみたいな女の敵」


「いやいや、漫画じゃないんだから……」


 長重の膨らむ想像を広げないよう、口をはさんでいた。


「んー、この学校でモテる軽薄そうなヤツ……か」


 この学校の生徒数は600人前後。


 同学年では、選択科目で行きずりの関係ではあるが、大抵は見知っている。

 3年生でも、朝礼などで何度も顔を見合わせているため、何となく把握している。

 後輩である1年生に関しては、入って来たばかりで、部活や朝礼以外ではあまり接点がない。


「鏡夜なら覚えているんだろうけど……」


 並外れた観察眼と記憶力。

 一度見た顔と名前を忘れることはない技量を今は羨ましく思う。


「なぁ、女子の中で軽薄でモテそうなイケメンって誰かいないのかー?」


 男が男のことを考えても仕方がなく。

 イケメンでモテるのであれば、異性に聞くのが一番で。


「氷室君、とか?」


「俺のどこが軽薄なんだよ!?」


 とんでもない長重の物言いに思わず声を張り上げた。


「チャラいところ……とか?」


「俺のどこがチャラいんだよ!?」


「髪とか?」


「人を見た目で判断しちゃいけません!偏見だよ偏見!」


 誤った認識を正そうとするも、長重は失笑し。


「冗談だよ、冗談」


 結局、弄ばれただけということで。

 長重はとんだ食わせ物だった。


「鏡夜よ……この小悪魔のどこがいいんだ……」


「……?何か言った?」


「いいや、何でも」


 『長重美香』のどこが好きかなんて、短い付き合いの今ではわかりようもなく。


 ただ天真爛漫な態度に振り回されて行くうちに掛け替えのない人へと変わっていた。


 きっと、そんなとこだろうと、わかった気になる。



 ――それより、



「そんじゃ、それぞれ『軽薄な浮気野郎(イケメン)』を見つけ次第お灸をすえるということで」


 何人もの女生徒に手を出し、見た目から自分を軽薄だと思わせたヤツを締めようと。

 今はそれしか考えられなかった。


「なんか、言い方に悪意を感じるんだけど……」


「気のせいだ」



 生徒会室を後に長重は鍵を返しに職員室へと向かうということで、松尾と共に本校舎を目指し、廊下を歩く。


 そんな中、松尾の考え込んだ表情に目が行く。


「どうかしたか?」


「ああ、うん……」


「……?」


「浮気のイケメンってさ……」


 立ち止まり、言いにくげに口籠る。

 何を言おうとしているのかわからず、ふとして静寂な空間に響く男女の声に耳は傾いた。


「あれは……」


 視線の先に広がる痴話喧嘩。

 かと思いきや、金髪長身の男子が女生徒に言い寄り、女生徒も満更でもない様子で。

 ただのカップル誕生現場のようで。


「行こうぜ」


 特に面白味も感じず、止めていた足を動かした。



 ――のだが、



「……松尾?」


 袖を掴み、松尾は未だに男女のやり取りを眺めている。

 その目が少し見開かれていることに違和感を覚え、再び男性の方を一瞥すれば、


「……っ」


 それが見知った顔だということに気がついた。


()(ごう)……」



「――ん?」



 ふと漏れた彼の名に気づかれ、嫌なヤツに会ったと気が滅入る。



 ――『()(ごう)(ひとし)』。



 金髪赤眼のハーフであり、中学の同級生。


「これはこれは、ミスターヒッムーロ。こんなところで何をしているのかな?」


「それはこっちの台詞だバカ」


 女生徒に目を向け、首を振って合図する。

 察しがいいことに早歩きで退散してくれたことに安堵する。


「ふん、良いとこだったのに邪魔しないでもらいたいね」


「うるせぇ高校デビュー!昔はそんなじゃなかっただろ!」


「ハッ、醜い嫉妬はよせ。美しくない」


「アホか!んなもんするか!」


 昔とは違う言い回しに苛立ちが絶えない。


 中学の頃の富豪は、背が低く童顔だったため『男の娘』のような印象しかなく、大人しかったのは過去の話。


 五市波いつしば高校へと入学し、同じ学校だと知った時、異様な変貌を遂げていた。


 金髪ロングにガタイのいい体型、美青年と化した容姿。

 さらには性格まで別人のように変わり果て、もはや同姓同名の誰かにしか思えない。


 故に自然と距離を置き、関わることを避けていた。



 ――のだが、



「お前だったんだな……」


 先の行動で全てに合点がいく。

 早くも見つけた、浮気騒動の元凶。


「ったく、風紀乱してんじゃねぇよ。お前だろ、何人もの女生徒を口説いては浮気だなんだと騒がれてるヤツは」


「ほう、そんなことになっているのか」


「いい加減ナンパを趣味にするのはやめろ。お前の言葉を借りて言うなら『美しくない』」


「ふーむ……悪いがそれはできない相談だ」


「何で?」


「それは……」


 視線を逸らし、暗く俯いた表情を見せる富豪。

 何かわけがあるのかと、詮索しようとすれば、


「私が美しいからだ!」


 清々しいくらいにくだらない理由だった。


「私はこの学校で一番美しい……それを知ってしまった」


「はあ……」


「この学校の女子はレベルが高い……。清楚で、お淑やかで、気品があり、知力がある。そして私は誰よりも美しい。私が通った後に振り返った皆の熱い視線を一緒くたに浴びているのを感じる」


 しみじみと語り始め、自分の世界に入り込んでいることに憮然とする。


 富豪の場合、自惚れや思い込みではなく周知たる事実。

 ただそれを本人の口から告げられるのは、聞くに堪えない。


「ああ、私はなんて罪深き男なのだろう……」


 このナルシシストな言動を早く黙らせてやりたいが、実際にモテるため否定しがたい。

 一体全体、どうすれば聞き耳を立ててくれるのやら。


「そんな私は気づいてしまった。ゲスな発想にたどり着いてしまった……っ!」


 一応ゲスだという自覚はあることに意外に思う。

 そして何を考えていたのか、耳を傾ければ、


「あれ?これ、学校中の女子口説き落とせるんじゃね?」


「何真顔で口走ってんだ!」


 本当にゲスな発想にたどり着いたことに呆れ返っていた。


「だってー、俺以上にモテるヤツいないしー、俺この学校で一番じゃね的なー」


「腹立つなその口調!さかき先輩とかいるだろ!モテるヤツ!」


「ふっ、前生徒会長など、所詮過去の遺物よ。来年にはいなくなるうえ、彼女がいるという噂もある。つまり実質、私が一番!」


 調子よく『ナンバーワン、オンリーワン』だと富豪は一人盛り上がる。

 そこに何かが引っかかったが、富豪の言葉が思考を遮る。


「去年の学年順位……私は全て5位。見事に1位を逃してしまったが、今年はそうはいかない。見た目よし、運動よし。あとは勉学でトップに立てば、私が一番だ」


 立て続けに『一番』を口にし、今の台詞で閃く。

 とてつもない、『一番』への拘り。



 これは使えるな、と――。



「お前は一番にはなれねぇよ、富豪」


「……何だと?」


「何故なら既に、この学校には天才がいる」


 あからさまの挑発。

 けれどこれは、事実でもある。


 この学校の一番、富豪の敵が誰なのか。

 おそらく富豪は、それを知らない。


「ふっ、戯言を。長重美香など取るに足らん……」


 やはりとでも言うべきか。

 富豪は生徒会長である長重が学年トップの成績だと勘違いしている。


 いや、学年トップの成績には間違いなはい。

 ただ一つ、そこに大きな見落としがあるというだけの話。


「もうすぐ5月の終わり、中間テストがある。そこで教えてやるよ。真の一番が誰なのか」


 松尾に声を掛け、その場を離れる。

 それ以上の言葉に意味もなく、ただ確固たる事実で。


 富豪も、長重も、一番にはなれない。

 昨年、学年トップを収めた者が別にいて。

 その実力が、伊達ではないだけなのだから。


「それが虚言ではないと、期待しているよ」


 静かな闘志を燃やしながら、富豪は不敵に遠ざかる。

 高揚感で満ち足りる中、ふとして松尾は口を開く。


「けんちゃん楽しそ」


「うっせ」


 だがその言葉は、満更でもなく。

 顔は自然と二ヤけていた。


「面白くなりそうだ」


 本当に、そう思わずにはいられなかった



      ※



 校門へと向かうと長重が寂しそうに佇み、松尾が歩み寄っていく。

 それにより、こちらへと気づいて。

 不機嫌そうに頬を膨らました。


「もう!遅いよ!」


「悪い悪い。ちょっといろいろあってな」


「ほんと、先に行ったくせに私より遅いとか……LINEも送ったんだからね!」


 スマホを確認すれば、確かにそんな通知が来ており。

 無既読を何度も繰り返されるあまり、般若と化しそうな勢いだった。


 時刻的にも少し待たせてしまったようで、圧倒的にこちらが悪い。

 ので、素直に謝ろうとすれば、松尾が代わりに謝罪してくれて。


「ごめんね?」


「ううん、気にしてないよ」


 男女の差を思い知った。

 


「ねぇ、氷室君」


「何だ?」


「『いじめ案件』って、どうなったの?」


 駅へと向かう道中、長重は昨日のことを聞いてくる。

 それが少し謎に思えば、


「鏡夜がね、氷室君に聞けって言うから。解決したのは知っているんだけど……」


 単に鏡夜が教えていないだけだった。


「んー……あー……それはだなー……」


 何をどう説明すべきか、当事者としては悩みどころで。

 迷った末、一部を伏せて、『いじめ案件』の真相を告げた。


「そう……やっぱり富澤君だったの。それでバスケ部の先輩を改心させた、と」


「まぁ、そんなところだ」


 一通りの説明を終え、卑怯な自分に嫌気がさす。


 その全てを解決した存在。

 その全てを手引きした存在。


 それを伏せているのだから。


「ん?」


 ふと何かに気づいたのか、長重は足を止める。


「じゃあ何で、富澤君じゃないって嘘ついたの?」


「それは……」


 あの時、『違う』と言ったのは、鏡夜に気づかせるための真実(わな)だった。

 本当は自分が富澤に書くことを進め、了承してくれたに過ぎない。


 その怪しさから、鏡夜を誘導(うごか)し、先輩たちを改心させ、丸く収める。

 そこに便乗して、富澤のバスケスタイルの確立と松尾の要求に応えていた。


 そんな企みをばらすことなど、できるはずもなく。

 かといって嘘を吐くこともできず。


 伏せていた事実に手を伸ばしていた。


「気づいてもらいたかったんだよ、鏡夜に」


「鏡夜に?」


「あいつなら、何とかしてくれるって……」


 あくまで自分の企みは話さず、鏡夜の美談とする。

 鏡夜の嫌がる煩わしいことをしてしまった。


 また、謝る理由が増えたなと、自分の愚かさに落胆した。


「だから鏡夜、バスケしてたんだ。先輩たちを負かして、改心させるために……」


 自分の思い描いた理想通り、長重は鏡夜の実績に好感を持ったようで。

 不本意なことはするものじゃないと、深く反省した。



 ――そして、



 松尾と別れ、長重と別れ。

 募り募った謝罪の念が、鏡夜の下へと足を動かし。


 明日ではなく今謝ろうと。


 浮気騒動の件を含め、新たな決意が生まれていた。



 ――謝罪の念を抱いて、

  新たな決意を胸に、少年は駆ける――

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