レポート 9:『陰謀』
誤字が酷い……(読了した感想)
ので訂正いたしました。
5限目の生物が始まり、数分。
その中に氷室がおらず、聞くところによると保健室に行ったようで。
5限目が終わり、6限目となっても戻ってくることなく、放課後を迎えた。
人気の薄くなった教室を出て、廊下を進み。
窓の外から届く運動部の声に耳を傾けながら、ひっそりと屋上への階段を目指す。
階段へとたどり着き、暗い道のりを平然と昇って行く。
そして、屋上の扉を開ける。
「―――」
この厳しい社会に何とも甘い造りをした旧校舎の南京錠は錆び付いていて。
閉めたつもりでも開いているのが隠れた常識。
それを発見したのは1年生の1学期。
誰も近寄らず、一人になれる空間を求めて、少しでも学校が居心地の良いものになるよう探索して見つけた場所。
気持ちのいいそよ風の吹く、青春の場所。
何の言葉も交わすことなく、氷室の隣に佇んだ。
「お前だったんだな、全部」
少しの静寂が流れた末に出た解答。
そこに至るまでの道は酷く単純で。
最初から最後まで、外れることのなかった道。
「なぁ、鏡夜……」
青い空がゆっくりと夕焼けへと変わる時の中、
「お前は長重が好きなんだよな?」
返ってきたのは、答えにもならない戯言だった。
「好きじゃない」
見逃すことも、誤魔化すこともできた質問。
ただ反射的に否定しているのは、素直という言葉に尽きる。
「俺は長重美香が大好きで、ずっとずっと大好きで。世界中で一番、愛しているんだよ」
終わることのない片想い。
報われることなんて許されない、叶わない恋。
諦めることもできず、諦めることを諦めた。
結ばれないとわかっていても追いかけるのは、愚かだと言える。
けれど、自分にはどうしようもできないことだから、その気持ちだけ持ち合わせている。
そうやって、10年もの月日が過ぎている。
「春乃さんのことは?」
「好きだよ。大好きさ」
裏切ることのできない恩人。
似た者同士故に惹かれ合い、依存している。
苦ではない、ただひたすらの心地よさ。
離れることのできない、寂しがり屋の寄り添い。
縋るモノを欲した、同じ穴の狢。
「二股かよ」
堂々とした発言に失笑する氷室。
今更、何を聞くのかと思えば、当たり前のことで。
「ならお前は、最後どっちを選ぶんだろうな」
考えることを先伸ばした、いつか訪れる決断。
明確な答えなど現れず、あやふやな結末を胸の内に描いている。
誰にも言うことのない秘密。
それを見透かしたように氷室は追い込んで来る。
「裏切れない恩人と、いつか目覚める眠り姫。お前はどっちを選ぶ?」
言われなくてもわかる。
長重美香の記憶が戻り、役目を果たした時。
その先に誰を選ぶのか。
変わることのない長重美香への愛を貫くか。
叶わない恋に現を抜かさず、待ち惚けする春乃瑠璃の下へ走るのか。
それとも――、
「わからん」
考えた末に出した感想。
今はまだ、何も解決していない。
考えたところで、そのときどうなっているかなんてわからない。
考えようもない。
「先のことは、そのとき考えるさ」
いや、本当は。
答えなんて、とっくに出ているのかもしれない。
ただ立ち向かう勇気がないだけで、逃げの選択肢を選ぼうとしている。
どちらか一方に感情が傾いてくれていたら、容赦なくそちらへ向かう。
けれど、どちらも捨てきれないモノだから、選ぶことを拒んでいる。
どれも大切なモノだから、選べない。
選ぼうともしない。
「そうか」
遠くを見つめ、何かに浸り、氷室は薄く微笑する。
「なぁ、鏡夜……俺はお前に、幸せになってもらいたいよ」
押しつけがましい親切心。
心からの言葉だとわかっていても、妙にイラついてしまう。
「……そういうことか」
全部知っているから。迂闊にも話してしまったから。
同情の念と、あの時の恩義から働いた結果。
全てに理解が行き、嘆息する。
「あの時の件、恩なら十分に返してもらった。もう気にすんな」
初めて氷室と出逢ったとき。
それは入学式の晴れた春の日。
朝から多勢に無勢の不良に絡まれ、五市波駅近くの川沿いにある倉庫にて、一方的な喧嘩を強いられているのを見つけた。
助けに入ろうと思うも、まともに戦っても勝てるはずなどなく、誰かに助けを求めようと考えた。
が、ふとして手に持っていたコンビニ袋に先ほど物珍しさに買った激安小型ワイヤレススピーカーと110当番しようとしていたスマホを片手に閃いた。
倉庫の入り口付近に焼却用のドラム缶を見つけ、その中に気づかれないようスピーカーを設置する。
ネットからドップラー効果のあるパトカーの音を拾い、大音量で響かせる。
たったそれだけで、近くに警察が通りかかったのだと錯覚させられる。
案の定、それにより氷室は解放され、無事入学式へと間に合った。
それから今に至るわけだが、氷室は律義にも、それを恩とし忘れようとしない。
「それに当人の望まない恩返しなんて仇でしかない。だから……そういう煩わしいのはやめろ」
独り善がりの想いほど、醜いものはない。
それを自分は誰よりも知っている。
たとえ親切心からによるものでも、嬉しくないことだってある。
氷室は履き違えている。
相手を真に想うなら、相手の望むことをさせ、支えることだと思っているようだが、常に相手を尊重していなければ、そんなのはエゴでしかない。
相手が望んでいるから、自分なりに支える。
関与することが、その人のためになるかは、また別の話。
今がまさにそうで。
氷室の優しさが、嬉しくはなかった。
「……あの部長がさ、困ってたんだよ」
静かに苦笑し、氷室はようやく口を開く。
この『いじめ案件』の真相を。
「報われない先輩の努力。どんなに真面目に頑張っても、レギュラーにはなれなくて」
よく聞く話。
努力をしても報われるとは限らない。
この世界のほとんどは、優劣がモノを言うから。
「富澤を見て、余計に苛立ったんだろうな。昔の自分と重ねて」
放課後に居残りをしてまで練習する。
諦めなければいつか叶うと、そういう信念があった。
けれど、厳しい現実が当たり前のように過ぎていって。
気づけば高校最後の年を迎えていた。
先輩たちの絶望は計り知れないだろう。
自分たちには、それしかなかったのだから。
生きる意味を奪われたのと道理と言っても過言じゃない。
「部長はそれをずっと見て、知っていたから。退部を進められなかったんだと思う」
自分よりも努力している人間が、報われずにいる。
それなのに自分はあっさりとレギュラー入りしている。
その事実が、同情と負い目を引き連れて、切るに切れなかった。
榊先輩の優しさという名の甘さが招いた結果――。
「いびりはエスカレートして、いじめとなって。そんな時飛び込んできたのが、生徒会という権力を持った組織と、目安箱という存在だった」
「……」
「これを利用しない手はないと思った。これを使えば、部内の問題は解決できると思った」
妥当な判断。
自分でもそうしただろうと、そう思ってしまう。
「でも、俺はそれだけじゃ足りないと思った。どうせならもっと、これを利用して何かできないと考えた結果――お前に至ったんだよ、鏡夜」
ここで自分の存在が付け足されることによる化学反応。
部内問題解決と、窺っていた恩返しの機会。
単純に足りないモノを補った結果、予想を超えた掛け算となった。
「俺が生徒会に入って、目安箱を利用しても、同じ部内のヤツが動いたところで先輩たちを説得できない。もともと実力ある人たちだ。俺だって報われてほしいと思ってた。だからここに、親友の顔を立てることで全てが丸く収まると思った」
「……買い被りだ」
「けど、結果は」
言わずもがなと、氷室は自信満々の笑みを零し。
事実、そうなったのだから、ぐうの音も出ず。
氷室は結末へと導いていく。
「俺が目的としていたのは、部長の手に余った『いじめ』と、それを起こす問題児の改善、部長の望んでいた部の安泰。そして、革命」
「……革命?」
最後、思いがけない発言に首を傾げる。
すると氷室は、いつもの悪戯顔を浮かべて、こちらを指さし。
「生徒会に入った、隠れた逸材。学年1位の成績と、校長お墨付きの道化っぷり。仮面を被ることに長け、観察眼により場の空気を操ることに特化した感情の支配者」
強い風が、その背を押すように説得力に満ちた解説。
あながち間違ってもいない事実と盛り込まれた情報量に圧倒される。
氷室に映った自分が、それほど大きく映っていたのだと。
それほど、大した人間ではないというのに――。
「現生徒会長の長重美香との因縁。鏡夜への恩。こう言っちゃなんだが、ちょうどいいと思った。ここしかないって」
伏せ続ける革命の真意。
提示されていく情報を繋いでみても、何を企んでいるのかわからない。
――いや、まさか。
あまりに単純な答えを見つけ、顔を上げれば、氷室は肯定するように不敵な笑みを浮かべていた。
「鏡夜、俺の恩返しは、お前が幸せになることだよ」
氷室が狙っていた恩返し。
当人が望む未来の結末。
齎された案件と自分の存在。
繋いだ先にあったのは、真道鏡夜のハッピーエンド。
「泣いた赤鬼、か……」
友がそこへ導く。
違うのは、赤鬼の願いに青鬼の幸福も含まれていること。
鶴の恩返しを足し合わせたような童話だった。
「富澤に生徒会加入のことを告げて、目安箱の投票用紙を差し出して。富澤自身、いじめに悩んでいたから、説得するまでは簡単で。校長を使って、部長を使って。鏡夜の隠れたバスケセンスにより、富澤のあるべき姿とバスケ部安泰の確立。いじめ案件解決により得るのは、真道鏡夜の実績」
「……」
「これを積み重ねていけば、真道鏡夜の存在は学校中に広まり、長重美香の好感も得られる。俺の親友は晴れて、凄いヤツなんだって威張れる」
「それが、革命か」
「ああ」
塵も積もれば山となる。
どこまで考えているのかと思えば、学校を裏から支配してやろうというのか。
真道鏡夜を大々的に利用した夢物語。
それを語る氷室は、まるで子供で。
しょうもないと否定しがたいくらいに眩しく見えた。
「大それた恩返しだな」
「だろ?」
自分が動いている時点で恩返しとは言い難いが、実際できなくはないだろう。
目安箱に届いた悩みを全て自分が解決する。
表向きには生徒会の実績ということにすれば、長重美香の評判も上げることができる。
徐々に広まる生徒会の存在。
ただ実際に解決しているのは自分だから、それを知っている者からの好感を得られる。
すなわち、長重からの好感も得られる。
そうすれば、たとえ長重の記憶が戻ったのだとしても、心のどこかに真道鏡夜の存在が少しでも残っている確率を上げられる。
それができれば、長重と結ばれる未来も実現できるかもしれない。
――けれど、
そうなった場合、『長重美香は何もしていない』という事実が、彼女を苦しめることになるかもしれない。
私利私欲のために苦しむ彼女の姿など見たくない。
――だから、
「……なぁ、氷室」
ここで一つ、解いておかなければならない勘違いがある。
おそらく、この手しかない。
氷室の壮大で緻密な実現可能の計画。
その理想を崩すには、仮面を外すしかない。
「鏡夜?」
フードを取り、眩しい世界に顔をさらす。
心地の良い風が頬を撫で、髪を靡かせる。
閉じていた瞼を開き、氷室へと向く。
「今の俺、どう見える?」
「……っ」
「強いヤツに見えるか?」
困った眉と目尻に浮かぶ涙。
本当の自分は、ただ心の弱い臆病者。
仮面を被ることに長けていても、できないことだってある。
何でもそつなく熟せるほど、自分は万能じゃない。
だから、氷室の期待には応えられない。
――何より、
長重美香のためにならないことは、できそうにないから。
「俺は、氷室が思うほど、強い人間じゃないよ」
強い人間なら、こんなにも毎日苛まれていない。
立ち向かう勇気がないはずないし、逃げ道なんて選ばない。
本当の自分は、弱虫で、泣き虫で。
だから仮面を被って生きている。
猫を被るのとは違う。
自分の醜い部分を自然と隠し通しているだけ。
人によって合う合わないがあるように。
人によって態度を変えることを人は悪いことだと言うが、自分の全てを受け取めてくれる人間なんて稀だ。
出会えたとしたら奇跡に等しい。
人と上手くやれというのは、人に合わせて自分を制御すること。
歯車は噛み合わせが良くないと機能しないように――。
『真道鏡夜』は相手の望む姿である。
このまま行けば、氷室の計画通りにはなれど、理想通りにはならない。
『真道鏡夜』にハッピーエンドなんて、ありはしないのだから。
「あー!いたー!」
ふと訪れる長重の声。
故に透かさずフードを被り直し、振り返れば頬を膨らまして如何にもご機嫌斜めの態度を示した長重が近づいていた。
「今日生徒会あるって言ったよね~!」
氷室と顔を見合わせ、キョトンとする。
どうやら二人して把握していなかったようで。
そこに長重はため息を零した。
「ラ・イ・ン!昼休憩に送ったんですけど~!」
昼休憩という単語に合点がいき、その間の悪さに頭を掻いた。
「悪い、見てなかった」
「悪い、保健室にいた」
「もう!なんでどっちも見てないの!さ、行くよ!」
怒鳴り散らすなり、容赦なく手を掴み、強引に引っ張られる。
「お、おい……っ」
咄嗟のことで茫然とし、その勢いに逆らうこともできず、流されるように屋上を後にしていた。
廊下へと出て、スタスタと早歩きで生徒会室へと誘導される。
握られた手と前を歩く彼女の揺れる髪。
旧校舎故に人気がないのは幸いだが、その静けさ故に伝わってくる体温が生々しく、彼女の存在を身近に感じる。
ふとして蘇る、小学生の頃の記憶。
中学生の頃の彼女。
魅せる笑顔と、天真爛漫な姿にいつも振り回され、それが不思議と悪い気はしなかったことを思い出す。
彼女から手を握られ、この瞬間が続けばいいのにと呑気なことを考えてしまう。
こんなことで胸がいっぱいになるなんて、自分はどれだけ単純なんだと呆れるくらいに彼女への想いを再認識する。
そして神様は意地悪だと、心底そう思った。
――だから、
ついて行けない彼女の歩幅と勢いにより、握られた手を自然な形で振り解く。
これ以上、この瞬間が続くようなものなら、自分がどうにかなってしまいそうだったから。
「……何だ?」
急いでいるあたり、長重のことだろうから何かあったのだろう。
でなければ、こんな積極的な行動には出ない。
が、少し天然なところもあるため、一概に否定もできないが。
この様子はただ事ではないだろう。
「……目安箱にまた依頼があったの!」
「……んで?」
「いじめ案件も片付いていないのに相談しようにも三人とも既読つかないし生徒会室で待っても一向に誰も来る気配ないしどうしようかと思って教室に探しに行ってみれば放課後だから誰もいないし延々とこのまま誰にも会えないんじゃないかって思ったらなんか若干ホラーに感じてきて旧校舎を歩き回ってもしかしたらすれ違いになっているんじゃないかなって生徒会室に戻ってもやっぱ誰もいないし疲れた挙句最後の綱で何となく興味本位で屋上言ってみれば二人して呑気に青春を謳歌しちゃってさ!」
「……」
「何だよ!一人こんなに悩んでる私が、バカみたいじゃない……っ」
怒涛の愚痴と自己嫌悪。
少し涙目になっている姿から、寂しかったのだと理解する。
昔の彼女はこんな風じゃなかった。
暗闇を恐れず、常に笑顔で。
ただひたすらに優しく、明るい女の子で。
変わっていないモノがあるとすれば、
「ごめん」
どんな時でも他人のことを思っている。
自分のこと以上に相手を大切にしている。
そこに孤独の恐怖を捻じ込ませてしまった自分が酷く醜く思えて。
やはり彼女に自分は相応しくないと自己完結する。
だから素直な謝罪が胸の内から溢れてくる。
自分の罪と向き合おうと、そう思える。
「ん?三人?あかねは?」
傷心に浸り、思わず下の名前で呼んでしまったことに『はっ』とする。
気づけば長重がさらに寂しそうな表情を見せて。
「あかね……?」
「ああ、いや……松尾は?」
やらかしたことをすぐさま訂正し、反応を伺ったのだが、
「出ないの……全然、既読つかない……」
さらに落ち込み、浮かない表情が絶えない。
『自分だけ除け者にされたんじゃないか』と被害妄想をしている、そんな顔だった。
こんな時は早々に話題を変えて、少しでも気を紛らわせるにかぎる。
「長重」
「ん……?」
「好きだよ」
「ぇ……」
真剣な態度で、それとなく悪戯な笑みを浮かべて。
勘違いで終わらせて、この場を和ませるゲスな業。
自分が嫌う、軽薄な作戦。
それでもやるのは、自分ではなく彼女のためだから。
彼女に一生の傷を負わせた贖罪。
そう思えば、できなくはないもので。
「本当に……?」
しかし今の長重には、冗談半分が通じないようで。
追い縋るように何かを求めている眼差しだった。
「だったら私も、名前で呼んで……?」
何を根に持っているのか、少し戸惑う。
名前で呼び合う関係は、小学生以来で。
当時は無邪気ながらにやったことがあるが、それは意味もなく純粋に人の名を呼ぶとき苗字と名前で迷った末、彼女の周りで名前呼びがその時あったから。
けれど今は、恋人同士や仲の親しき者が行うものだとちゃんと理解している。
彼女に昔の記憶はない。
故に彼女との関係は未だ1か月も満たず、仲がいいと呼べるものでもない。
それなのに名前呼びを要求するのは、どういった経緯があるのか。
深い詮索をしようにも、それができる状況でもなく。
ただ単純に彼女の表情から察する。
それはきっと、自分とよく似た感情だった。
「美香……」
「……っ」
「……これでいいか?」
恥ずかしながらに何年ぶりの彼女の名前を口にする。
大好きな人の名前を呼べるのは、素直に嬉しい。
すると長重の表情が、満面の笑みに変わって。
「うん!」
いつもの彼女に戻ったことに安堵しつつ、何かが引っかかったような感覚がした。
※
――数分前。
長重が鏡夜を連れ去ってから、空が黄昏時へと変わる。
そんな中、一人茫然と佇み、先ほどの鏡夜の顔を思い出す。
今まで、仮面を被った表しか見たことがない。
何となく直感で、鏡夜には何かがあると悟っていた。
だから時々、探りを入れるような真似をしていた。
鏡夜を秘かにストーキングし、家を突き止めたはずが、何故だか春乃校長と出くわし、学校とは別人の姿に驚きながら家へと招かれ、そこに鏡夜が居座っていたことにさらに驚き。
トイレに行く振りをして、部屋を探索した結果、春乃さんの部屋で鏡夜の写真を4枚ほど見つけ、これは使えるなと思い。
裏で春乃さんに鏡夜の隠し撮り写真を渡すことで、鏡夜の過去を一つ知るという行為に出た。
そうやって半年が過ぎ、1年生の後半。
鏡夜から自宅に招かれたと思えば、それが鏡夜から暴かれ、知った事実。
「聞かれないと答えない、か……」
今日の姿から、その時の言葉を思い出した。
『いちいちコソコソと嗅ぎまわるくらいなら、聞いた方が早いと思うぞ。俺は聞かれないと答えない質だからな』
今までの言動が全て見抜かれていて、あえてそれを見逃していた。
理由を聞けば、『いつかバレることを隠しても仕方がない。が、わざわざ言う必要もないだろ』と最もな意見が返され。
これまで秘かに調べていたのが、バカらしく思え。
自分でもよくやっていたなと思っていたことは、やはりたかが知れていて。
それ以上に、半年も黙って無駄な努力だと証明する嫌なヤツだと知った時は、とてつもない敗北感を覚えた。
こいつには絶対に勝てないな、と――。
それからもずっと鏡夜とつるんでいく中で、鏡夜は強いヤツだと決めつけていた。
たった一人で身の回りの問題を解決する孤高のヒーロー。
周りはただの読書好きでアニメ好きの陰キャだと思っているようだが、1年の3学期に手渡された成績表を見た時、笑いこけそうになった。
テスト返しで、周りからテストの点数を聞かれたとき、鏡夜はいつも平均ぐらいだと告げ、適当にあしらっていた。
――が、
成績表の右下には学期ごとに学年順位が記載される。
気になったが故、試しに見せてくれと頼んでみれば、俺には難なく見せてくれて。
そこに書かれていたのは、3学期全て1位という恐るべき数字だった。
本当に凄いなと改めて思ったと同時に鏡夜といると退屈しないなと面白味を感じていた。
そんな鏡夜がまさか、あんなにも弱弱しい顔を見せるとは思いもしない。
「まぁ、目的は達成したし、いいか……」
鏡夜が強者であろうとする仮面を取り繕っていたのは、何となく察しがついていた。
いや、違う。
徐々に過去を知るにつれ、鏡夜は本当は強くはないのではないかと勝手な想像を膨らませていただけにすぎない。
ただそれが当たっていようなど、思いもせず。
驚きを隠せなかった。
「んで?これでいいか?」
一人待ち惚けをくらい、ようやく現れた人物に嘆息する。
本当は入り口付近のロッカーに隠れていたのを知ってはいたが、どうやら彼女も驚きを隠せなかったご様子。
けれど自分よりも落ち着いていて、何だか嬉しそうなことに呆れていた。
「松尾」
彼女の名字を呼ぶのは、何年たっても慣れないことで。
幼馴染なりの気遣いだった。
「あかねでいいのに……けんちゃん」
「けんちゃんって呼ぶな」
「だって……」
小学生の頃からの幼馴染。
中学に入ってから、苗字呼びに切り替えてはみても、あかねという呼び名が今でも自分の中では定着していることに苦笑する。
それでもそうしなければ、周りに誤解を生む。
仕方のないことだった。
「んで、お前の見解はどうだった?」
「うん……やっぱり、何も変わってなかった。キョウちゃんは、きょーちゃんだった……」
「そうか」
11年前の初恋相手。
今でも一途に想い続けるあたり、本当に大好きなのだと伝わってくる。
「それで?どうする?」
生徒会に入る前。
高校に入ってからも互いにやり取りをしていく中で知った事実。
『真道鏡夜』は、松尾あかねの初恋相手かもしれないという疑念。
目安箱の件に絡めて、調べようというのが今回の全貌。
幸い、これに関しては気づかれていなかったようで。
彼女の目で、直接確かめてもらうことにしていた。
あらゆる場面で、ひっそりと。
自分が知っている『真道鏡夜』は、小学生までで。
それ以前については、彼女の方が詳しかったから。
鏡夜のいろんな顔を見せることで、どこかに本物がいるのではないか。
松尾の知る鏡夜を探していた。
だがそれは、最後の最後まで感じ取ることができず、ここまで来ていた。
当たり前の話、10年も経てば人は変わる。
それでも揺さぶりをかけ続ければと思い、鏡夜の過去を利用して会話を進めた。
パーソナルスペースに入れば、嫌でも人は拒絶し、本性を露にする。
見せられたのは、意外な弱さだったけれど、それが松尾の知る鏡夜だった。
「とりあえず今は、現状維持でいいかな」
「それでいいのか?」
「うん……キョウちゃん、忙しそうだから」
「そうか?いつでも暇そうなヤツだけどな」
「そうじゃなくて……頭の中、ぐちゃぐちゃになりそうだから。今は、まだ……」
もじもじと押し黙っていくあたり、受け止めてくれる自信がないというよりも、鏡夜自信の心配をしているようで。
確かに今は、長重美香や春乃さんへの想いやら、本格化する目安箱の活動を含め、余裕がなくなってくる。
いろいろ落ち着いた頃に明かしていくのが個人的にもベスト。
――何故なら、
「面白くなりそうだな」
展開が盛りだくさんで、退屈しなさそうだから。
「もう、人の恋愛を娯楽にしないでほしいな」
「悪い悪い。けど……」
仮面を被る『真道鏡夜』に待ち受けるモノ。
過去との邂逅は運命としか言いようがなく。
「楽しくなりそうだ」
やはり、そう思わずにはいられなかった。
――終わりある所に始まりがある。
過去との邂逅が何をもたらすのか。
それは運命のみぞ知る話――




