犯人の正体と明かされる謎
「杉土さんが、犯人……」
あの内気な感じの彼女が? 信じられない……!
「ちょっと待ってくださいよ。今の先生の話は消去法ですし、ロッカーの話も足音の話もみんな根拠のない憶測じゃないですか。彼女が犯人だって根拠としては薄すぎると思うんですけど」
気が付いたら先生に反論していた。だが、それも予想通りというように先生は微笑む。
「もちろん、今のは状況から推測しただけに過ぎないけど……でも、次のは決定的じゃないかな」
「次のって……まだあるんですか!?」
論説先生は「当たり前でしょ」と言って腕を組む。
「そうだね、次の根拠は、彼女が知っているはずもないことを口走ったことかな」
「失言ってことですか?」
先生は頷く。
「それは事件が発覚し、みんなで5組の教室へ行った流れでの、こんな発言だ。『せっかく綺麗に描いてあった向日葵が』彼女は黒板を見て、確かにこう言ったんだよね」
「ええ。だけど、それのどこがおかしい点なんですか?」
首を傾げる私に、論説先生は平然とした顔で返してくる。
「黒板に向日葵が描いてあったと知っていることさ。だって、彼女は黒板に何が描かれていたのか知らないはずなんだから」
先生の返答に、私は戸惑った。
「な、なんでそんなことが断言できるんですか? 先生は私から話を聞いただけですよね!?」
「できるよ。まず、津山部長と正垣ちゃんが言ってたけど、黒板アートは昨日描かれたものだったね?」
私は首肯する。
「で、杉土ちゃんは昨日学校を休んでいた」
「……は?」
思わず間の抜けた聞き返しをしてしまった。だけど、唐突過ぎて意味が分からなかったのだから仕方ない。
「なんでそんなことが言えるんです!?」
「だって、昨日は杉土ちゃんのクラスである1年1組は学級閉鎖で休みだったじゃない。今回の新聞の一面トップもその記事だったでしょ?」
「あ……」
そういえば、そうだった。昨日まで学年末考査が行われていたのだが、なぜか流行ったインフルエンザによって1年1組だけ試験がなかったのだ。クソ、1組のメンツだけ数学から逃れやがって……許さん!!
私はこぶしをギュッと握りしめて心の中で恨み節を唱える。
……いや、そうじゃない。今考えるべきことは、事件の方だ。
「なるほど、だから杉土さんが向日葵のことを知らなかったと……いや、ちょっと待てよ。今日は学校来てるんだから、今日見ればわかるんじゃ……」
「でもさー青風ちゃん。3年館の3階って高3の教室を除くと美術室しかないんだよ? 美術の時間がなかったら立ち寄ることもないんじゃない?」
論説先生は事も無げにそう言った。私はすかさず反論する。
「でも、今日美術の授業があったかもしれませんよ? 私のクラスだって1限が美術でしたし」
だが、先生はゆっくりと首を横に振った。やっぱり伊達っぽいメガネが光る。
「たしか、マネミチは1年の美術を全クラス持ってるんだったよね?」
「マネミチって誰ですか?」
「ん? 金路君のことだよ。金の路でマネミチ」
なんだそのあだ名は!? 小学先生とか論説先生とか比じゃないぞ! というか同僚でしょ!? そんな変なあだ名つけていいのだろうか!?
「続けていい? そのマネミチが、杉土ちゃんに対して『久しぶり』って言ったんだよね」
私の心の叫びを無視して、先生は話を続けた。私は確認を求められたので、頷いて見せる。
「え、ええ。……ああ、そうか。もし今日授業があったなら、そんなこと言いませんよね」
「その通り。きっと考査前は部活動禁止だったから、2週間くらい会ってなかったんだろうね。
とまあ、このことから考えて今日は1年1組は美術の授業がなかったと言えるね。つまり、3年5組の前を通ることもなかったってことだから、彼女はあの絵を見るチャンスがなかったってことさ。まぁ、気になって見に行ったって可能性も有ると思うけど、そもそも今日は部活があったんだからその時に見ればいい話だ」
「確かにそうですね。だから、消された黒板を見て向日葵が描いてあったと断言したのは不自然だということになる。なるほどなるほど」
私はしきりに頷いてから、
「でも、気になって見に行った可能性は完全にないわけじゃないですよね」
「君もなかなか面倒くさいね」
だって他人の推理の粗って見つけると突きたくなるんですもの。日頃私を弄っている論説先生相手だとなおさらにね。
「でも、まだ根拠はあるよ」
「まだあるんですか……」
私は若干あきれた表情になるが、同時に気付けなかった自分に対して不甲斐ない思いが胸に渦巻く。この有り様で名探偵になろうだなんてちゃんちゃらおかしくて笑っちゃいそうだ。
「で、3つ目の根拠――根拠はこれで最後だ。その3つ目というのが、彼女のブレザーさ」
「ブレザー? そういえば、美術室に入ってきたときに脱いでましたね。私もちょっと引っ掛かったんですよ。美術室は空調が壊れて寒かったのに、どうして脱いだんだろうって……」
私が言うと、先生はちょっと面食らったような顔をした。
「なんですか?」
「いや、そこに気付けたのがすごいなーと」
「バカにしてますね!!」
茶化すように言われたので、私は憤る。
「そんな訳ないじゃないか。青風ちゃんの考えすぎだって」
先生は釈明するが、ニヤついた顔を見るとどうも嘘臭く感じられてくる。
「まぁ、その話は置いといて、続きいくよ。
杉土ちゃんが教室が寒かったのにブレザーを脱いだのは何故か? この答えは、その直前まで彼女がしていた行動を考えるとおのずとわかってくるはずだ」
「彼女がしていたこと……? そりゃあ、黒板を消していた……であってますよね」
少し不安になったので確かめる調子になってしまった。論説先生は「あってるよ」と返す。
「彼女がブレザーを脱いだのも、それに関連していると思う。つまり、『直前に黒板を消していた』とわかる痕跡がブレザーに残っていたんだ。だから、彼女はそれを隠すためにブレザーを脱いだ」
「痕跡、ですか。それはいったい……」
「チョークの粉、だよ」
先生はメガネを光らせて言葉を紡ぐ。
「黒板を消すと、チョークの粉が周りに舞うよね。そして、その粉は手や服に付着する。制服にチョークの粉をつけちゃって、お母さんに怒られた――なんてことを経験した人も少なからずいるはずだよ。
さて、チョークっていうのは黒い黒板に映えるように、基本的に明るい色が使われているよね。対して、君たちが来ているブレザーは紺色だ」
「そうか、紺はやや暗めの色だから、明るいチョークの粉が付くとよく目立ってしまうんですね!」
私は机をたたいて叫んだ。先生は軽く頷いて話を進める。
「たぶん、美術室に来た時に杉土ちゃんはこのことに気が付いたんだと思う。確か、彼女が美術室に来たタイミングは、ちょうど正垣ちゃんが事件について話しているところだったね。だから、もしチョークの粉なんかがついていたら誰かに突っ込まれるかもしれない。彼女はそれを恐れて、わざわざブレザーを脱いだんだよ」
論説先生はそう言ってから、「もう一つ」と人さし指を立てた。
「彼女がスケッチブックを取りに行くと言って美術室に戻り、それから5組の教室に引き返す時、確かブレザーを着ていたんだったよね?」
「そういえば……そうですね。ブレザーを着て、スケッチブックを抱えて走ってました」
「その時にスケッチブックを抱えていたのは、ブレザーについたチョークの粉の跡を隠すためだろう。で、問題なのは杉土ちゃんがさっきまで脱いでいたブレザーを着ていたことだ。考えてみて欲しいんだけど、普通黒板にチョークで何か描くとき、わざわざブレザーを着るかい?」
私は首を横に振る。
「それなのに、彼女はブレザーを着用した。なぜか? ――ブレザーについていたチョークの粉の跡がいつ付いたのか、分からなくするためだったんじゃないかな」
「そうか――! 黒板にチョークで絵を描けば、当然衣服にチョークの粉が付く。杉土さんはそれを狙っていたんですね!」
先生は私の反応を見て満足そうに頷いた。
「どう、これで僕が杉土ちゃんを犯人と指名したわけがわかったかな?」
「ええ、ばっちりです」
私の答えを聞いて、先生はすっと口に笑みを浮かべた。
*改稿の記録*
2018/4/27 杉戸→杉土に訂正




