考えさせられる私と先生の推理
解答編スタートです!
まだ考えたい! という方は、お戻りくださいませ。
「は、犯人がわかったって……本当ですか!? 誰なんですか!? 根拠はなんですか!?」
「こらこら、慌てないの。ゆっくり話してくからね」
論説先生は興奮気味に捲し立てた私をなだめる。
「ほら、なんか過呼吸気味だよ。落ち着いて、スーハースーハー」
先生の声に合わせて深呼吸をした。――ふう、ちょっと静まったかも。
「じゃ、じゃあ、早く教えてくださいよ!」
「まだ落ち着いてないみたいだけど……。まあ、いいや。話し始めようか」
論説先生は目をちょっと細めた。まるで空飛ぶ鳥を撃ち落とさんとするハンターのように――いや、実際に見たことないからわからないけど。
「まず、どこから話そうか……。そうだね、青風ちゃんは黒板の絵が消された理由を、羽川っていう男の子に対する怨恨だと考えたんだったね?」
「ええ、その通りです」
頷く私に、先生は「なんで?」と問うてくる。
「そりゃあ、向日葵が消されていて、左側にある桜が残っていたから……羽川先輩へ宛てられていた向日葵を狙い撃ちして消したってことでしょう?」
「本当に」先生は手を組んで、その上に顎を乗せる。「本当に向日葵を狙い撃ちしたのかな」
「え、ど、どういう意味ですか!? 桜が残ってたんだから、犯人の狙いは向日葵ってことになるんじゃ……」
「でもその桜、黒板の右側にもあったんじゃなかったかい?」
「え……」
私はそれだけ呟いて、体を硬直させる。
「津山部長が言ってたんだよね、『真ん中の向日葵に左右の桜』って。つまり、桜の花が描かれていたのは左だけじゃなかったんだよ。となると、犯人は桜も向日葵も見境なく消したってことになる」
柔らかな笑みとともに、先生の伊達っぽい眼鏡がきらりと光った。
「じゃ、じゃあ、どうして左側の桜だけ犯人は残したんです!?」
「左側だけ残ったのは意図的ではなかったのかもしれないね。つまり、犯人はホントは全部消すつもりだったけど、何らかの理由でそれが不可能になってしまった」
「何らかの理由って……いったい何なんです?」
私はちょっと不満げに口をとがらせた。ぼかさないで、最初からストレートに言ってほしいものだ。
「それはたぶんね……」
先生はそこで区切って、私の方を見てくる。
「絵を消している最中に、誰かが近づいて来たことだと思うよ」
「はい?」
首を傾げた私に、論説先生はよどみなく続ける。
「おそらく、近づいて来た人の足音を聞いたんだろうね。だから、黒板を一心不乱に消していた犯人は慌てて消すのを止めたんだよ。だけど、足音はどんどん近づいてくる。今この状況で教室の外に出たら、その人と鉢合わせてしまうかもしれない。さて、ここで、青風ちゃんが犯人だったとしたら、どんな行動に出るかな?」
突然質問が飛んできて、私はびくりと体を震わせた。
「そ、それは……教室の中に隠れて、やってきた人をやり過ごすとか?」
「その通り」先生の口元に、また笑みが浮かべられた。
「犯人はやってくる人物をやり過ごそうと、教室内に隠れた。じゃあ、廊下を通る人から見えないように隠れるのには、教室の中のどこがいいと思う?」
またも質問だ。私は少し考える。
「むむ……。窓側の机の陰に身を潜めるとか……」
「それよりもっとばれない方法があるじゃないか」
論説先生は、一瞬だけ、眼光を鋭くさせた。
「掃除ロッカーの中だよ。小学生がふざけて隠れたりしてたろう? あそこなら、中に掃除用具が入っているけれども、人ひとりが隠れるのには十分なスペースがとれる。まあ、これは僕の憶測の域を出ないんだけれども……でも、これなら教室の後ろの扉が開いていたことにも説明がつくんじゃないかな?」
それから私に視線を送ってくる。これは答えろということなのだろうか。さっきから思うのだが、この人は大事なところを私に考えさせようとしているみたいだ。
「うーん……掃除ロッカーと後ろの扉、何の関係が……。あ、そうか、掃除ロッカーは教室の後ろ側にあるから……心理的に、一番近い扉から出たくなったんですね!」
「その通りだね。犯人からしてみたら一刻も早く現場を立ち去りたかっただろうから、より近くの出口を目指すのは当たり前のことだと思うよ」
私は自分で答えられた嬉しさに思わず手を叩いていた。
「あれ、でも、結局その隠れていた人って誰だったんです? それと、さっき足音が聞こえたからって言ってましたけど、その足音は誰のものだったのかわかりませんよね」
私は少し怪訝そうに眉をひそめた。
「わかるよ」
先生に即答される。
「君たち生徒が履いてる運動靴って裏にゴムがついてるから、そんなに大きな音って出ないよね。それくらいの足音だったとしたらたぶん犯人も気付かなかっただろうし、もし気付けたとしても足音の主がだいぶ近づいてから。ロッカーに隠れるほどの時間なんてなかったと思うよ」
「つまり、近づいて来たのは生徒ではない、ということですね。となると……」
「おそらく、正垣ちゃんだよ」
先生までちゃん付け……。まあ、正垣先生のふわふわした雰囲気はまさしく「ちゃん」って感じだけど。
「彼女、歩くたびにコツコツと靴音を鳴らしてたんでしょ? だったら、犯人が早い段階でそれを聞きとることも可能だったはずだよ」
そして、と論説先生は急に神妙な面持ちになる。
「注目すべきは正垣ちゃんが5組の教室に戻ったタイミングだ。16時15分頃――この時、津山美術部長は美術室の隣の隣にある準備室にいたんだったね。もし準備室から5組の教室に向かおうとしたならば、必ず美術室の前を通らなくちゃいけないから、中にいる君たちに気付かれるリスクが高い。仮に準備室にいたっていう証言が嘘だったとしても、彼女が出たのは美術室の準備室側のドアだったから、教室に移動する時に気付かれてしまうリスクがあるのは変わらないね。それに、彼女は隠れた後に再び準備室に戻ることは不可能だ。正垣ちゃんが美術室の前にいたし、後ろからは杉土ちゃんが来ている――“挟み撃ち”だったんだよ。つまり、津山部長は犯人ではない。
じゃあ正垣ちゃんが? 残念ながらそれも違うね。彼女が犯人なら、どうやって自分の足音に気が付いてロッカーに隠れたりなんかするんだい?」
「そ、それじゃあ……」
徐々に驚きが差し込んでゆく私の表情を満足げに見て、論説先生はその口をゆっくり開いた。
「黒板を消した犯人は、杉土明実ちゃんで決まりだね」
*改稿の記録*
2018/4/27 杉戸→杉土に訂正




