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青風彩春の夢見月  作者: 南後りむ
問題編
6/10

ちょっとだけ変わった先生と私の儚い希望

 それから10分くらいが経って、私はようやくデッサンを完成させた。

 やっぱり胸の内にはモヤモヤしたものが残っている。それでも、流石に和気あいあいと絵を描いているところに乱入して空気をぶち壊す勇気はなかったので、とぼとぼと、部室棟へ向かった。

 部室棟は校舎の脇っちょに建てられた白い巨――でもない塔――というか棟で、字面のまんま、数多の部活の部室がある。というか、美術部みたいに校舎内に部室がある例の方が珍しい。校舎の隅という立地故なのか常にじめじめしており、非常に陰気臭い場所だ。この湿気は運動部員たちの汗のせいではないと信じたい。

 重い足取りのまま新聞委員会の部室(というか委員会室?)に訪れると、鍵が開いていた。入ると、当然ながらそこには先客が。

「やあ、青風ちゃんじゃん。遅かったね」

 そう言ってこちらを向いたのは、国語科で新聞委員会の顧問である、勿来説論なこそときさと先生だ。――先生である。にもかかわらず生徒をちゃん呼びって中々に狂っている、というか下手すれば免職ものだが、何故か未だ解雇されずに学校にいるから不思議なものだ。一部界隈では『辞めない論説先生の謎』として桜風高校七不思議(またか)に語られているらしい。ちなみに論説先生というのは勿来先生の下の名前を入れ替えたあだ名だ。ちょうど国語科だしピッタリである。なお、本当にごく一部の人たちには、苗字と名前から一字ずつとって「勿論先生」と呼ばれているらしい。正垣先生と同じく、妙なあだ名が多い先生である。

 先生は室内のパイプ椅子に腰かけた私を見ると、首を傾げて尋ねる。

「どうしたの、居残り? ――さては美術だね?」

「ええ。――って、なんでわかったんですか!?」

 さりげなく指摘されたので、一瞬流しそうになった。が、私は今一言も美術の居残りだなんて言ってないし、居残りの事は一部の人を除いて誰も知らないはずだ。論説先生が知ってるわけがない。

 驚く私を見て先生は満足げに頷くと、話し始めた。

「なあに、簡単なことだよ、青風ちゃん。君は今日の15時半からここで新聞の編集作業をすると言っていたね? だけど、今は17時だから――1時間半も遅れている。これは、普段から何故か新聞に熱意を注いでいる君にしてみたらおかしなことだ」

 先生のメガネ(伊達っぽい)が不敵に光る。

「青風ちゃんはただの用事よりも委員会活動を優先する傾向があるね。てことは、君が遅れた理由はただの用事ではない。

 では、その並々ならぬ用事とはいったい何なのか? 青風ちゃん、君は成績をすごく気にしているよね。だから、我々教師から頼まれたことは基本的には断れない。まあ、権力に屈しているわけだ」

 いや、ちょっと待て、なんだその言い方は! まるで私が権力に媚びへつらう悪人みたいじゃないか!

「まあ、教師たちがこの時期に生徒に課すことと言えば、基本的には居残りとかぐらいしか考えられない。そう、君は居残りをしていたんだ。さて、ここで、君の右手を見てみようか」

 そう言って、先生は私の右手を指さした。

 私は自分の右手をよく見てみる。小指側の側面が煤にまみれたかのように黒く汚れていた。

「黒く汚れていますね」

「そう。これって、鉛筆を使って作業をしていた証拠だよ」

「なるほど、だからデッサンをしていたと? でも、黒鉛の汚れならデッサンじゃなくてもつきますよ? 学年末までの課題が終わってなくて残されていたかもしれないじゃないですか」

「え、青風ちゃんは課題忘れるの?」

「そうじゃないですけど!」

 そこでツッコむのか!? というか、私は課題なんて忘れたことは一度もない。断じて、ない!

 論説先生はへらへらとした笑いを浮かべて、それからまた説明を始めた。

「まぁ、デッサンをしてたって断定したのは、手の側面のじゃなくて、指の腹にある汚れを見たからだよ」

 私は右手の人指し指を見る。確かに、ふっくらとした腹のところが黒く汚れていた。側面と同じ、鉛筆の汚れだ。

「普通に勉強してたら、そんなところに黒鉛はつかないんじゃない? それがつくとしたら――デッサンで黒く塗った箇所を指でこすって、ぼかす時じゃないかな。自然な感じを出すときによく使うテクニックだよね」

「なるほど、だから私が美術の居残りをしていたと分かったんですね」

 素直に感服した。それから手の汚れと聞いて側面のものしか見なかった自分に猛省する。

「はは、これじゃあ名探偵は当分無理だね、青風ちゃん」

 論説先生はそう言って笑う。この人はどういうことか、私が将来名探偵になりたいことを知っているのだ。

「ぐすん……」

 しかし、自覚はしていたが、ストレートに言われると心に刺さるものだ。先ほどの推理ミスがなおさら私をネガティブにさせる。

「ふん、どうせ探偵なんて無理だったんですよ。そもそも現実世界に私の憧れる探偵なんていないんだ……ぐすん」

「そ、そんなにへこむの!?」

「だって、今日だって“消された黒板アートの謎”が解けなかったんですよ……。学校の中での犯人探しも出来なくて探偵になりたいだなんて、赤面ものですよ」

 ああ、自分で言ってて泣けてきちゃうよ。だめだめ、この先生の前で涙でも流したりしたら、どんなおちょくりを受けるかわからないもんね。ほら、見てみなさい、このへらへらした瞳。――真面目だ。

「ねぇ、その話、詳しく聞かせてくれない?」

「せ、赤面ものの話を!?」

 真剣な顔して傷口を抉る気か!

「いや、黒板アートの方」

 なんだそっちか。見ると、「僕を何だと思ってるんだ」と不機嫌そうな顔。

「まあ、わかりました。お話ししますよ。一語一句、細かな動作まですべて覚えてますからね」

「それ逆にすごくない? 青風ちゃんの意外な才能だね」

「確かに……!」

 やだ、素晴らしい記憶力。あれ、だけどなんで勉強には活かせないんだろう。

 これ以上考えると自身の自信が喪失しそうなので、とりあえず咳払いをして誤魔化す。

「コホン、では、お話を始めます」


  *


「とまぁ、こんな感じなんですけど……」

 なんと、先ほど見たことすべてを話しきることが出来た。何という才能。我ながら神がかっている。

「1つ言っていい?」

 論説先生は私に質問のようだ。

「いいですよ。完全完璧に覚えてますから!」

 ふっふん、と鼻息を鳴らしてふんぞり返る私。どうだ、この記憶力の前にひれ伏すがよい!

「なんでここまで手がかりが提示されていて、その先に進めないんだい?」

「うわあっ!!!!」

 自分の才能に酔いしれようとした途端にこれだよ!

「私の希望が……希望が儚く……」

 ……あれ? というか、そんな言葉が返ってきたってことは……。

「もちろん、犯人がわかったよ」

 そう言い切った先生の瞳は、まだなお真剣で、鋭かった。

*改稿の記録*

2018/4/27 論説先生のあだ名の部分の修正

2020/4/21 論説先生のあだ名と名前を修正

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