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青風彩春の夢見月  作者: 南後りむ
問題編
3/10

黒板アートの話と事件発生

 私がかじかむ手に鞭を打って絵を描き始めてから20分ほど経った。相変わらず、美術室の中には私と金路先生だけだ。若い男性教師と女子高校生が密室に二人きりだなんて中々危ういシチュエーションだが、先程のストーブの件もあり、特に何も感じない。というか、早く抜け出したい。

 そんなことを思っていたら、美術室に人が来た。ずっと二人きりは気まずいし、嫌だったので、ありがたい。

「あれ、美術部の部員は一人も来てないんでしょうか」

 コツコツと足音を立てながらやってきたのは、正垣琉音しょうがきるいん先生だった。下の名前キラキラネームから察してまだ若そうだが、高校3年の担任を持っている。つまり、それほど優秀な先生ということだろう。

 正垣先生は数学を教えているが、なぜか美術部の顧問をしており、これは『美術部数学美人教師の怪』として桜風高校七不思議の一つに数えられているらしい。この七不思議を作った人は結構頭がイカれていると思う。

 「()()()()き」という苗字から生姜を連想され、よく生姜先生とかガリ先生とか小学先生とか、可哀想なあだなをつけられていることでも有名である。ちなみに、小学先生と呼ばれているが小学生体型というわけではまったくなく、いたって普通な成人女性だ。中々にナイスバディなので、男子からの人気も高いのだとか。確かに、おっとりとした目やふわふわした栗色の髪の毛なんかは、女の私が見てもグッとくる物がある。

「居残りですか?」

 正垣先生は私を見て、優しげな声で尋ねる。すぐに答えようとしたが、その前に金路先生が口を開いた。

「そうです、1人だけ手のデッサン終わってない子がいましたからね。ところで先生は部活に?」

 先生は席を立つと、話しながらこちらへ歩いてくる。

「ええ、まぁ、部活はついででしょうかね。昨日3年の教室に描いてもらった黒板アートをもう一回見に来たんですよ。私が持ってるクラス、3年5組ですから……」

 正垣先生はそう言って、持っていた教室の鍵をこちらに見せる。

「黒板アートって、『卒業おめでとう!』とか描いてあるあれですよね」

「ええ。例年美術部が描いてるんですよ」

「そうそう、毎年人数少ないのによくやりますよね」

 金路先生が口を挟んだ。美術部は部員難らしい。

 せっかく黒板アートの話が出たので、少し気になっていたことを聞くことにする。

「あの、さっき3年5組の教室の前を通った時、中をちらっと見たんですけど、黒板の真ん中にでっかく向日葵が描かれていましたよね」

 正垣先生が頷く。

「あの……なんで5組だけ向日葵がメインなんですか? 他のクラスは普通に桜が描かれていたはずですけど……」

「それは、3年5組にいる美術部の先輩が弁護士を志望していて、今回の受験で法学部に無事入れたからよ」

 質問に答えたのは正垣先生ではなかった。声が聞こえた入り口の方を振り向くと、ポニーテールの女子生徒が。腰に右手を軽く当てるポーズや、ちょっと吊りがちの目からも、気が強そうな印象を受ける。

「え、誰?」思わず呟く。女子生徒は、不機嫌そうに眉をひそめた。

「ちょっと、先輩に向かってタメ口ってどうなのよ」

「えー、先輩!? それは申し訳ありませんでしたぁっ!」

 私は土下座する勢いで謝る。よく見ると、靴の色が一学年上だ(桜風高校はそれぞれの学年に色が割り振られていて、体育着や靴の色で区別されているのだ)。きっと相手も私の靴を見て学年を判断したのだろう。

「それでー、先輩はいったいどなたなのでしょうか?」

「美術部現部長の津山未筆つやまみふで、2年3組よ。まぁ、美術部には私を含めて二人しかいないんだけどね」

 もはや部として成り立っていない気がする。突っ込むと怒られそうなので触れないようにしておこう。

「ちなみに、もう一人の部員は?」

「1年1組の杉土明実すぎとあけみさん。知らない?」

「ええ、聞いたことないですね……。まあ、私が2組だからってこともありますが」

「なるほどね。やっぱり影薄い感じかぁ。あの子内気なところがあるからなぁ」

 本人がいないからってストレートに言い過ぎではないだろうか。

 津山先輩はしげしげと頷くと、今度は私を舐めるように――は流石に言い過ぎか。じーっと興味ありげに見る。

「ところであなたは? 入部希望者?」

「あ、いえ、そういうわけでは……」

「いつでも歓迎よ!」

「いえ、それはちょっと違って……」

「あ、結構上手く描けてるじゃない。これなら合格よ!」

「だから、入部ではなく――」

 というか合格ってなんだ? 入部試験みたいなものがあるのだろうか。部員が少ない原因ってもしかしたら高すぎるハードルだったりして。

「津山さん、彼女は居残り中なんだよ」

「なーんだ、そうだったんですか」

 金路先生の言葉に、津山先輩はあからさまにがっかりした表情を見せた。

「でも、いつでも歓迎ですよ。潰れかけですからね」

 正垣先生は優しい笑顔を向けてくれる。美術部入ろうかなぁ――いや、何考えてるんだ!

 一瞬心が傾きかけるが、ぶんぶんと頭を振って意識を戻す。美術部にいたって、ミラクルな事件はおきやしない。いや、フラグじゃなくて真面目な話ね?

「でも惜しいなぁ。君、結構丁寧に描いてるから引き入れたかったんだけど……」

「まあ、その話はまたの機会にお願いしますね。

 それより、なんで向日葵かって話ですけど……」

 津山先輩からの再度の勧誘をやんわりと断ってから、私は聞きたかったことを尋ねる。

「だいぶ話が戻るね。うーん、詳しく話すと……そうだな、向日葵が弁護士のバッジに入ってるのって知ってる?」

「ええ。向日葵の真ん中に天秤があしらわれているんですよね」

 この私の推理小説愛を舐めないで欲しいですね。これくらい常識常識。いや、弁護士のバッジってドラマの方が出てくるかも。――じゃあ推理ドラマ愛で。

「で、弁護士志望の先輩へ、夢が叶いますように……と思いを込めて、向日葵を描いたの。わかった?」

「えー、わかった……のかな? いや、それクラスの黒板でやることでしょうか?」

 私が素朴な疑問をぶつけると、目を細めて睨まれた。

「いいじゃない、何描いても」

「え……これって典型的な公私混同……いえ、なんでもありません」

 先輩から手が飛んできそうだったので、慌てて口を噤んだ。

「でも、たかだか一人の先輩に対してそこまでしますかね……。てか、そもそも気づいてもらえるんでしょうか?」

「気付いてもらえなくていいのよ。ただ、自分のメッセージというか、痕跡というか、そんな感じのを残したいだけね」

 ちょっとうっとりとした表情になりながら先輩は語る。それはまるで恋する乙女――いや、まるでじゃなくて恋する乙女か。

「ふふ、章造しょうぞう君は優しい子だったからね」

 津山先輩を見て優しげな笑みを浮かべる正垣先生。

 ――というか、章造ってなんか古い感じが漂う名前だ。叔父さんとかに一人はいそうである。

 ぽっと頬を赤らめていた津山先輩は、我に返って恥ずかしそうに顔を赤くする。いや、結局同じ赤だからよくわからない。

 先輩は誤魔化すように笑って、ブレザーの右ポケットから鍵を取り出した。

「じゃ、部室行ってきますね。そこの君――名前なに?」

 津山先輩は私を指さす。そういえば名乗っていなかった。

「青風彩春です。新聞委員会に入ってます」

「そう。新聞辞めて美術部来てもいいのよ?」

「考えておきます」

 まあ、考えないんだけど。

「楽しみに待ってるわ」

 津山先輩はそう言うと、美術準備室(という名の美術部部室)に近い方のドアから美術室を出て行った。

「じゃあ、私もそろそろ戻りますね。教室開けっ放しにしてたので……」

 正垣先生はスタスタとドアのところまで歩いて行く。

「あ、そこのドア開けたままでいいですよ。室内も廊下も大して温度変わらないですし」

 すぐ近くにいる金路先生を横目に見ながら私は言った。当の先生はどこ吹く風というように目を逸らす。言われた正垣先生は律儀に頷いて、ドアを開けたまま出て行ってくれた。

 金路先生は正垣先生を見送って、「寒い寒い」と言いながらもとの机に戻る。

「さあ、私も最後の仕上げにかかろう!」

 ようやく静かになったので、ラストスパートをかけるべく鉛筆を握りしめた。と、そこに鳴り響く足音。誰かが駆けているようだ。駄目じゃない、廊下を走っちゃ。

 音がこちらに近づいてきているようだったので、私は廊下を走る不埒な輩を見ようとドアの方を向く。

「た、大変です!」

 不埒な輩は、正垣先生だった。私は驚いて席を立ち上がる。

「ど、どうしたんですか!? 廊下を走ってくるなんて、正垣先生らしくない……!」

「け、消されてたんです! 5組の黒板に描かれていた、黒板アートが!」

「え、ええ!?」

 先生の言葉に、私はもう一度驚いた。

今回から本格的に事件が始まってきました。

ツイッターヒントも増やしていきたいと思います。

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