誰でも思いつく方法とさむーい美術室
長くなりすぎたので、本来投稿予定だった話を2話に分割しました。後半は明日投稿します。
その日の放課後、私は美術室へと足を運んだ。
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ここで、美術室のある3年館について説明したいと思う。
3年館は3階建ての細長い建物だ。中には、3年生の教室に加え、美術室や工芸室、PC室や家庭科室など――まあ、専科で利用する教室がある。3年館という変わった名前はいつの間にかついた愛称だという。由来はもちろん高校3年生の教室が収められていることだろう。ちなみに、正式名称を知っている人はほとんどいないらしい(私も知らない)。
ここで、3年館の見取り図――といっても分からないだろうから、細長い長方形を思い浮かべてみて欲しい。ああ、長方形は横長な感じだ。
まず、この長方形の右下を見て欲しい。3年館1階のこの部分に出入口がある。高校3年生はここで靴を履きかえるのだ。では、3年館にはここからしか入れないのかというと、そうではない。今度は長方形の右側の辺を見てみよう。この右側、実は隣の校舎(高校1、2年の教室があるところだ)と外で繋がっており、1階だけでなく2階や3階からも校舎同士の行き来が出来るようになっている。
さて、私が向かっている美術室は3年館3階にある。先ほど説明した右側の連絡通路から3年館に入ってみると、すぐ左手に階段とエレベーターがある。それを無視して先に進むとトイレがあり、その先に高校3年生の教室が3つ並んでいる。ちなみに、これらの教室は高校3年4組~6組のものだ。1組~3組は2階にある。
教室のさらに奥に行くと目的地の美術室があり、さらにさらに奥が美術教員室、さらにさらにさらに奥が美術準備室となっている。美術準備室については、美術部がかなり前に乗っ取りを行い、現在は彼らの部室として使われているらしい。ちなみに、右手側には窓と壁しかない。
まあ、3年館3階についてはこんな感じの説明で十分だろう。では、話を戻そう。
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私は美術室に入ると、奥にある教師用の机に座っている金路先生に対し渾身のドヤ顔を決めた。すぐさま怪訝な表情になる先生。
「……なに?」
「ドヤ顔です」
「それは分かるけど……。どうした?」
その言葉に、私は胸を張り、手に持っていた紙を突き出す。
「ジャジャーン!! 9割以上描き終わったのです!!」
「……そうか。じゃあ続きを終わらせよう」
意外とあっさりとした反応に、私は唇を尖らせた。
「なんか反応がなぁ……。せっかく頑張ったのに……」
「他の授業の時間を使ってやっただけでしょう」
ここまで描き上がった理由は単純明快。2時間で終わらないのなら、もっと時間をとってしまえばいい。ミステリでいう所の“困難の分割”だ。
私はその時間を確保するために、内職を行った。といっても、流石に普段の授業だったら私もしていないだろう。考えてみてよ、デッサンなんてめちゃめちゃ目立つじゃない。
だが、今は学期末考査が終わった翌日。授業の内容など、テスト返しと簡単な解説しかないのだ。これを利用しない手はない。
こうして、私は指3本だったデッサンを指5本プラス手の甲ちょっとまで発展させたのだ。ちなみに、この素晴らしい策を思いついた私は歓喜して小躍りしたのだが、友達に話したら「別に誰でも思いつくわ」と一蹴された。
金路先生は、がっかりした様子の私に呆れた目線を送る。
「くだらないこと話してないで、さっさと描き上げな。居残りは君しかいないんだから」
そんなの分かってますよと思いながら、私は一番うしろの席についた。それから鞄をまさぐり、鉛筆入れを出す。そこから鉛筆を3本出すと、一回深呼吸をして気合を入れる。
少しだけ描いてから、私はあることに気が付いた。
「先生、この教室寒くないですか?」
「あ、ばれた?」
前を見ると悪戯に気付かれた小学生みたいな表情の金路先生。
「そりゃあわかりますよ。明らかに寒いですし……。ってゆうか、なんで先生の近くにだけストーブが置いてあるんですか!?」
私は、先生が使う机の前に鎮座しているストーブを指さした。幼稚園とかによく置いてある、上にやかんが乗ってそうなタイプのやつだ。
「ああ、これ? これは寒すぎたから用務員さんに借りたんだ。二限の授業中に空調がやられちゃってさ。で、僕は今日ここで4時間も授業しやきゃいけないんだけど、今日は寒いから暖房設備がないのは辛い。そこで登場したのがこのストーブ――」
「いや、なんで先生だけがあたってるんですか! 私にも暖かいのをくださいよ!!」
先生がさっきした、悪戯がばれた時の表情の意味がようやくわかった。ストーブの独り占めをしていたのである。
「拒否する。このストーブ見かけによらず性能ポンコツだから、君の方に持っていくと暖かいのが来ないんだよ」
先生は悪びれる様子もなく開き直り、
「そんなに暖まりたいなら、前の方に来ればいいんじゃない? ほら、机空いてるし」
と意地悪な笑みを浮かべて前の席を指さした。
「うっ、行きたいけど……。なんだあの笑顔、腹立つ……」
私は小声でぼそりと呟く。
「どうしたの? 早くおいでよ」
「いえ、結構です」
行ったら負ける気がしたので、私は震える手を握りしめて断った。いったい何に負けるのかはよく分からないが。
こうして、私は寒さに身を縮こまらせながら、絵を描く羽目になったのだった。幸いだったのはYシャツの上がセーターとブレザーの重ね掛けだったので、幾分か寒さが和らいだことか。いや、寒いものは寒かったが。