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青風彩春の夢見月  作者: 南後りむ
問題編
1/10

探偵を志す私と突きつけられた問題

 濃すぎず、かといって薄すぎず。鉛筆一本(ないしは二、三本)で濃淡を演出するのはなかなかに難しいものだ。

 私は白い画用紙を睨みつけながら、鉛筆でしきりにその上をなぞっていた。画用紙には今現在、三本の細長い棒が。なんだかよく分からないかもしれないが、これは指である。

 その指の一つ一つに丁寧に陰影をつけていく。この陰影付けが非常に難しく、少しでも濃くするとそこだけ浮いてしまうし、かといって薄めにすると指に落とされた影が曖昧になってしまう。その微妙なラインの見極めが厳しいため、私は時折唸りながら作業をしてしまっている。そして、隣の子からは時折冷たい視線が。――大丈夫、もう慣れた。


  *


 私は青風彩春あおかぜいろは、私立桜風高校に通う高校一年生だ。ごく普通な学生生活を謳歌しているように見えながら、実は警察御用達の名探偵である――なんてことは残念ながらまったくなく、その実態は平凡でどこにでもいそうな、ミステリ好きの新聞委員である。普段は女子高校生として真面目に勉学に励み、日々推理小説を読み漁り、いずれは警察御用達の名探偵になることを夢見る活発な少女。それが私こと青風彩春だ。

 新聞委員になったのは名探偵になるという大きな夢のためである。なぜ新聞委員かというと、新聞の記者になれば、取材という名目で校内で起こる謎めいた事件に関われそう――なんて、子供染みた期待を抱いているためだ。が、今までで一度もそんな事件に関わったことなんてないし、そもそもこの学校が平和すぎて事件なんて聞いたためしもない。その結果か、現在制作中の新聞の一面トップは「一年一組、インフルで学年末考査つぶれる」という、どーでもいい記事だ。決して、1組が羨ましくて妬んでいるわけではない。考査最終日の数学がつぶれたことが羨ましいだなんて、そんなことあるわけ……ない……じゃない。うん、ないはずよ。


  *


 さて、そんな私が現在何をしているかというと、試験明け最初の授業である美術で作品を仕上げていた。作品のお題は『手』で、鉛筆で自分の手を自由な構図でデッサンする。構図から精密・緻密さ、陰影の付け方まですべて評価の内に入るため、私は先ほど唸りながら作業していたのである。

 ちなみに美術の授業は三学期中に全部で6回あるのだが、私は構図決めに2時間、下書きに1時間、指を1本書くのに1時間ずつ使ってしまった。その結果、今回が最後の授業なのに、本番描きが5割も終わっていないという非常にまずい状態である。

 いや、誇張ではなく普通にまずい。これで居残りなんてなったら成績が微妙に落ちること間違いないし、そうなったら今までとってきた美術評価連続10の記録が途絶えてしまうかもしれない。これはなんとかして終わらせないと……!

 私は鉛筆に力をこめる。だが、それと同時に、悪魔の言葉が教室前方より発せられた。

「はーい、今日の授業はここまで。帰るときに前に提出してねー。終わんなかった人は今日の放課後居残りでー。今日中に終わらせてねー」

 声の元である若い男性教師――金路大雅かねじたいが先生は、事も無げに言って手をたたくと、「じゃあ号令お願いー」と級長に声をかけた。

「気をつけー、礼」

「ありがとうございましたー」

 え、今日中……? 居残りは覚悟してたけど、今日中!? いつものように間延びした口調で礼をしながらも、私は内心でかなり焦っていた。そんな私を嘲笑うかのように、私のもとへやってくる金路先生。

「おおっ、無駄にリアルだね。だけどこれ終わるかぁ? 今日の放課後使っても間に合わん気もするが……」

 うん、私もそう思う。指1本1時間ペースで描いてた人が、たったの2時間かそこらで残りを書き上げることなんて不可能だ。クオリティーを落としても出来るかどうか分からない。

 ――というより、今日の放課後は忙しいんだった!

「先生、あの、そのぉ……。本日15時半より新聞委員としての活動があるんですが……」

「うん、居残り来ようね」

 知ってた。うちの学校は(というかどこの学校も)基本的に勉強>委員会>部活だから委員会活動が優先されないのは知ってたよ。

「まったく、精密さを求めるのも良いけど、ちゃんと時間内に終わらせられるようにしないと。これ今日中に描き上がらなかったら大減点だよ」

「だ、大減点!? それだけは勘弁してくださいっ!!」

「じゃあ、早く描かないとね」

 なんと無慈悲な。この教師には生徒をいたわる心はないのか。私は意気消沈しながら美術室を後にした。


  *


 それにしても、一体どうしたものだろう。減点は免れたい。けれども2時間では終わらせられない。むむ、難しい……。こりゃあ不可能犯罪ばりに難解だ。この2つを両立させることなんて果たして可能なんだろうか……。

 いや、まだ策はあるハズ! 考えなさい、青風彩春!! あなた、伊達に推理小説を読み漁っているわけじゃないでしょう!

 私は自分の頭をフルに回転させて、必死に記憶をたどる。

 ええっと、不可能犯罪が行われた場合、トリックは大体物理ごり押しか裏をかいた心理的なもの。今回は物理ごり押しは不可能だから、何か裏をかくようなことをしなければ……。いや、何関係ないこと考えているんだ。美術作品相手に誤認やら錯覚やら困難の分割やらをしたって意味がない――

「あ……」

 はたと閃いた私は、急いで美術室へ踵を返した。

*改稿の記録*

2018/3/21 一年A組を一年一組に変更しました(後々挟む図の影響)


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