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男は拳で語るというが、器物破損はいかがなものだろうか。②

 ジクスは鮮やかな手つきで太股に吊った拳銃を抜き放つ。真っ直ぐに伸びた手元から、猛々しい咆哮が連続して轟いた。

 彼らが立っているのは直線の通路。周囲を長椅子に囲まれているため行動範囲が限られる。老剣士が弾丸を避けて攻撃を繰り出すにはあまりにも狭い。

 だがナザルは掲げた広刃剣を斜めに掲げてで銃弾をすべて弾き返し、さらにジクスに向かって突進する。

 逃げ場がないのはジクスも同じ。彼は初手を弾き飛ばされたことにも慌てず、弾倉に残った銃弾をありったけ撃ち尽くすとギリギリまで老剣士を引き付け、軽く飛んで長椅子の背を蹴って一気に跳躍した。そうやって互いの距離を稼ぐと空中で排莢、弾丸の再装填を行う。空薬莢が床を叩く頃にはジクスは長椅子の背に着地。器用にバランスを取って細い背もたれ部分を駆け抜ける。そうやってナザルの視界の外まで一気に移動し、転身しようとする老剣士に銃口を向ける。

 銃声が幾重にも重なる。しかし、ナザルは身体を傾けながら銃弾を回避し、剣を振った勢いで体勢を立て直す。老剣士の代わりに背後に並んでいた長椅子が打ち抜かれ、無惨に砕け散って破片をばらまく。

 長椅子から飛び降りたジクスはカウンター前の広い空間に躍り出ると、通路を疾走する影に向かって轟然と銃弾を放つ。

 老剣士はすかさず床に身を伏せるような格好で射線上から回避し、その体勢のまま滑るように疾走する。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

 悲鳴を上げたのは、ちょうど銃弾の進行方向に立っていたレキだった。銃弾は彼をかすめて壁を砕く。飛び散った壁石の破片を浴びながらレキは真っ青になっている。

「このっ! ちっとは周りを見ろよこのあほガンマン!」

 反射的に叫んだレキに向かって椅子が一脚飛んできた。

 レキは椅子の直撃を避けると、なるべくジクスの射線上に入らないように身を低くする。

(今度文句つけたら、絶対にわざと撃たれる)

 例え戦闘中だろうと、ジクスは自分に対する悪口は絶対に聞き逃さない。

 隠れることしかできないのは非常に情けなかったが、この確信だけは覆せなかった。

 このやりとりの間にナザルは上体を低く沈めたまま、床を飛ぶような速度で駆け抜け、ジクスの足下で剣を振り上げる。

 ジクスは後ろに倒れるようにして剣先をかわし、代わりに大きくひるがえったマントの端が切り裂かれる。そのまま背中から倒れ、片腕で傾いた身体を支えると、腕の力だけで上体を起こし、一瞬の動作で宙高く飛び上がる。

 だが、そこにぬっと伸びてきた手がジクスの足首をつかんだ。

 ナザルは捕らえた身体を振り下ろすようにして放り投げる。放物線を描いて飛んで行った先は、無人のカウンターだった。ジクスの身体は背中からカウンターに突っ込む。受付と待機所を分けるカウンターは、部屋を横切るほどに長い。机は倒れはしなかったが、位置は大きくずれ、衝撃で机上に残っていた筆記具や用紙が転がり、宙を舞った。

 ジクスは背中をカウンターに預けたまま、ずるずると崩れ落ちる。

 折れたように下がった頭部。意識を失ったのか、微動だにしない。

 しかし老剣士はそこで遠慮したり、様子を見るような真似はしなかった。

 ジクスを放り投げた直後にはその身体を追って疾走し、くずおれた相手に向かって容赦なく広刃剣を振り下ろす。

 次の瞬間、一刀の元、ジクスの身体は斬り伏せられる。

 はずだった。

 大上段から振りかぶった刃は、途中で止まっていた。

 ナザルが止めたわけではない。彼自身は、虚を突かれたような表情を見せている。

 ジクスの肩口へ正確に振り下ろされた刃は、彼自身が止めていた。

 左腕一本で。

 ナザル自身は年齢のせいもあって、体格はいいがそこまで筋骨たくましい体躯をしているわけではない。それでも、ジクスに比べれば腕の太さは丸太と小枝ほど差がある。それなのに両腕で上から押しつける力に対して、ジクスは片腕だけで拮抗していた。

 さらに、じりじりと押し返しつつある。

 老剣士の表情に、初めて焦燥の色が浮かぶ。

 と、そのあせりを読み取ったように、ジクスの右腕が別の生き物のように動くと老剣士に向かって発砲する。

 ナザルはとっさに大きく身体を傾けて避ける。弾丸は老剣士の頬をかすめ、壁に当たって火花を散らした。

 ジクスは剣が離れた瞬間、跳ねるようにして起き上がる。勢いを付けて床を蹴ると、長椅子の背を踏み台にして、それまで以上に高く跳んだ。剣を突き上げても届かないほどの高所に舞い上がり、二階通路の手すりを蹴ってさらに跳躍。中空で反転。天井を蹴った勢いで急降下する。その間も、高所から連続で銃弾を叩き込む。

 ナザルも直上からの攻撃はさすがに分が悪いと判断したのか、広刃剣を盾のように顔の前に振り上げ、器用に弾丸を弾き、あるいは身をさばいて避ける。

 そうやって銃撃に耐えると、老剣士は落ちてくるジクスの胴体めがけ、広刃剣を槍のように突き出す。

 串刺しになるか、避けたとしても体勢は崩れ、まともに着地はできないだろう。

 しかし宙を飛ぶようにして動くジクスの行動は、そのどちらにも当てはまらなかった。

 中空のジクスは突き出される刃に左手を添え、そこを支点に身体をひねる。猫が高所から落下する際に見せるような鮮やかな動きで刃の上に乗ってみせた。全体重とかかる衝撃のすべてを膝で受け流し、羽毛のような軽さで着地する。

 停滞は一瞬だったが、瞬きの間に拳銃使いは狙いを定める。

 引き金を引くよりも半瞬早く、足場にしていた刃が大きく横に振られる。飛び出した弾丸はジクスの身体がぶれたことで見当違いの方向に飛び去り、その先にあった長椅子を破壊した。

 ジクスは刃から振り落とされるよりも早く跳躍すると、老剣士の頭を高跳び選手のような格好で乗り越える。だが選手とは違い、わざと足を相手の肩に残すとナザルの首に引っかけて上体をひねった。

 いくら体重差が歴然としているとはいえ、後ろに引かれると人体は割と簡単にバランスを崩す。彼自身も耐えようと踏ん張ったが、結局、肘をついて背中から落ちるのを防ぐのが精一杯だった。

 ジクスは倒れこむ間に体勢を入れ替え、床に転がった老剣士の上にのしかかる。相手の腹の上に尻を乗せ、両膝を肩に乗せて動きを封じる。その時には、拳銃の銃口は相手の眉間に向けられていた。

 引き金にかかる指に、力がこもる。

 撃鉄の落ちる音が、奇妙に大きく響いた。

 だがそこに、銃声が重なることはなかった。

 鋼の凶器は咆哮を忘れた獣のように沈黙している。

「……残念」

 ジクスはひとつ息を吐くと、あっさり銃を引いた。シリンダーを操作して空薬莢を排出。床に落ちた薬莢が、乾いた金属音をたてた。

 そして芝居がかった動きで両手を掲げてみせる。

「弾切れだね」

「……弾切れ、だと?」

 いまだに組み伏せられた格好のままの老剣士は、いぶかしむような声を上げる。

 当人は平然としたもので、シリンダーを元の位置に戻すと、拳銃を器用に手の中でくるりと回す。

「うん、そう。元々さ、予備の銃弾がほとんどなかったんだよ。いま鍛冶屋に注文してるんだ」

 言って、武器として振り回すにも、鈍器がせいぜいの鉄塊をホルスターに戻して立ち上がる。

「惜しかったね、あと一発残ってたら僕の勝ちだったのに」

「おまえが残弾数も数えられなくなるほど状況を見失っていたとは思えなかったが」

 皮肉の混じった声音にも、ジクスは平然とした様子で受け流す。

「安心してよ。手を抜いたわけじゃないし、あせってもいなかったよ」

 ただ、とジクスは顎で脇を示す。

「昼間にさ、あそこでぼんやり突っ立ってる犬に一発撃ったの忘れてたんだ」

 指さされたレキは、剣を抜くこともできずに立ち尽くしていた。半壊した受付所の様相にものも言えなくなっている。

 ナザルは上半身を起こすとへらへらと笑っているジクスと、すっかり固まっているレキを交互に眺めやる。

「あの青年は、おまえの何なんだ」

「だから、犬だよ。ちょっと前から一緒に組んで色々やってる」

「それは世間的に相棒とかいうんじゃないのか」

「世間はそうでも、僕にとっては犬という認識が一番しっくり来るんだけどね」

 ジクスはどこかのんびりと言葉をつむぐ。つい今し方まで目の前の男と戦っていたとは思えないほどその態度は落ち着きはらっていた。むしろひと暴れしてすっきりしたと言わんばかりだ。

「とにかくさ、勝負はどうなるわけ。僕は弾切れだけど、ナザルはまだやれそうだし。このまま続ける? それとも一度引き分けにして、僕の弾丸ができたらまた改めて勝負しようか」

 なんなら拳で、と握った両手を掲げてくるが、大型の拳銃をつかむのにも苦労しそうな小さな手を見てナザルは嘆息する。老剣士の表情からも、いつの間にか険が取れていた。

「おまえが引き分けにしてくれるなら、こっちはありがたい。久々に派手に暴れ回ったから正直言うとかなりきつい。このまま続けてもこっちが先にぶっ倒れるだろう。なんなら、おまえの相棒に判断させるか」

 ナザルは倒れても離さなかった広刃剣を支えに立ち上がる。妙に重そうな動きだった。体力が尽きかけていたのは本当らしい。

「んー。別に、殺し合いをしたかった訳じゃないから、引き分けでいいよ。だからさ、ナザルは僕に目的を話して、僕も用事をすませる。この辺が妥当なんじゃない」

「おまえさんの判断に甘えるとしよう」

 ナザルは剣を収めると眉根を寄せる。

「けどよ、おまえさんはどうしてまたこんな時間になって支部に顔を出したんだ。職員におまえが玄関口で騒いでるって訊かされた時は驚いたぞ。昼間に銃泥棒の賞金を換金した件でなんか不服だったのか」

 でなければ、明日にでもこちらから探しに出ようと思っていた、とナザルは告白する。

「いや。それとこれとは別件」

 金はどうでもいいと前置きすると、ジクスはあっさりと当初の目的を告げる。

「僕の指名手配、取り消して欲しいんだ」

 明日の掃除当番を代わって欲しいというくらい気軽な物言いに、ナザルは一瞬言葉を失う。視線をさまよわせ、台風の過ぎ去った後のように崩壊した待機所を眺め渡す。その中にいたレキに目で問うと、彼は本当だと強く首を縦に振ったので、老剣士は顔を戻して苦笑する。

「相変わらず唐突なやつだ。だが手配の件は俺の一存では取り消しできない。委員会の承認が必要になる。時間も少しかかるかもしれん。それで、よかったら先に俺の話を聞く気はないか」

 ナザルは太く笑った。それにつられたようにジクスも笑みを漏らす。

「それでいいよ」

 告げると、ジクスは振り返る。

「レキ、行こう」

 あっさりと同行を求められ、レキは目を丸くする。

「俺が行くも何も……部外者じゃないか」

 ようやく硬直が解けたレキは、長椅子の破片が散らばった廊下を横切って彼らに近づくが、会話をするには少し離れたところで足を止めた。

「そいつが昔の仲間なんだろ。俺が混じっていいわけないだろうが」

 別に、レキも気を利かせたわけではない。言ったように、明らかにレキは部外者で、ついて行ったとしても居心地の悪さを味わうだけだ。

 余所者がいては話せないこともあるだろう。

 レキは当たり前にそう思ったのだが、相方には通じなかったらしい。

「いいよ、別に。おいでよ。レキも仲間はずれは嫌でしょ」

「あのなあ、嫌とかそういう問題じゃねえだろ」

 がっくりと肩を落とす。

 ジクスは不思議そうな顔で、透き通った瞳をまん丸にする。

「聞きたくないならそれでもいいけどさ」

 ただし、と付け加える。

「この後、僕が戻っても、ここから先の話は一切しないからね」

 知りたければついてこい。でなければ、一生説明はしないということらしい。

 レキ自身、正直に言えばかなり好奇心がそそられていた。この相方と連れだってずいぶんたつが、初めてその過去に触れる機会なのだ。

「おまえな……少しは遠慮とか、気を利かせる人間の気持ちを考えろよ」

 思わずため息も一緒に出てしまう。

 すると、青緑色の瞳がこれまた悪戯っぽく笑う。

「なんだよ、僕だってレキのこと考えて言ってるんだよ。だってさ、どうせ君のことだから、話しても秘密にしても気にするでしょ。それなら僕と一緒に来て話を聞いた方が色々とお得だと思うんだけど」

 ね、と小首を傾げてにっこりと笑う。

 レキは逆に、笑みを失う。

 どうやら、相方は相方なりに自分のことを考えて提案してきているようだ。

 もっとも、レキが思うほど相手は何か考えて話しているのではないのかも知れないし、もっと、それこそ妙な理由をふくんでいる可能性もある。

 考えたところで相手の思考が読めない以上、想像するしかない。ただジクスはそんなレキの葛藤すら見抜いているような気もした。そう思うと、しまいにはどうでもよくなってくる。

「おまえこそ、秘密にしようとか、隠しておきたいとか、そんな感情はないのかよ」

「悪いけど、そこまで神経質で繊細じゃあないよ」

「その通り。こいつに気配りとかいう細やかさなんて求めても無駄だ。むしろ、意地の悪い策略家だからな」

 ナザルはそこで言葉を切ると、少しばかり皮肉な笑みを口元に乗せ、言った。

「こいつはな、俺たちの口からおまえさんの知らないこいつ自身の話を聞いた後、それでも側にいるかどうか試そうとしているんだ」

 試されている。

 レキは思わず、弾かれたように顔を上げる。

 彼の相方は、レキの問いかける視線を受けてもどこか作り物めいた微笑を浮かべているだけで何も答えはしない。

「ジクス……?」

 逡巡するレキに、ジクスはふわりと溶けるような笑みを見せると、まるで誘うように手を差し出す。

「難しく考えないでよ。要は、君が知りたいか、知りたくないか。それだけさ」

「おいおい。ものすごく自分の話を聞いて欲しいみたいだな」

「そりゃそうだよ。だってこの話をするのは、二十五年の間でレキが初めて。他人がどう反応するのか気になるじゃない」

「俺が話を聞かずに回れ右をする可能性は?」

「それはないよ。だって、あんなに毎日頭を抱えて悩んでいたんだし」

「俺が気になってるのわかっていて、あえて今まで黙っていたな」

「当然だよ。だから、秘密って言うんだし」

 さあどうする、と言外に問いかけられたレキは顔を伏せる。

 今さら、尋ねられなくともレキの腹は決まっていた。

 知りたい、この、目の前にいる存在が何者なのか。

 二十五年前の賞金首。同時に、業界に名を馳せる傭兵。

 そのジクス自身が自分に関する話をしようとしている。それさえ聞いてしまえば、あれこれ思い悩む必要はなくなる。それに案外、秘密なんていう代物は、聞いてしまえば大したことなかったりするものだ。

 自分を安心させるようにレキはそう考えると、ついと顔を上げる。

「一個だけ、先に質問させろよ。答えたくなかったら答えなくていい」

 ジクスは返事の代りに、レキの言葉をうながすように沈黙する。

 どこか面白そうな顔をしてレキが何を言うのか待っているジクスに、彼は常々思っていた最大の疑問を口にする。

「おまえ本当に、その、手配されるような真似をしたのか」

 ジクス自身、一度も否定はしなかった。それどころかはっきりと肯定すらしていた。

 レキの問いかけに、ジクスはきっぱりと言い切った。

「したよ。僕は彼を殺した」

 短い返事。その態度は揺るぎもしない。むしろ堂々と胸を張って宣言している。

「でなきゃ、この僕が冤罪をかけられていつまでも大人しくしているはずないよ」

 すがすがしいほどの告白に、レキの顔に自然と笑みが浮かぶ。

「で、返事は? 断るならそこから出て行って、今日はゆっくり寝てね」

 試されている。ナザルの先ほどの言葉が脳裏をよぎる。老剣士は二人のやり取りを遠巻きに眺めているが、どこかレキを気遣うような気配があった。視線だけで、来ない方がいい面倒事には関わるなと告げているが、レキはこの二年、我慢し続けたのだ。

 眼前の存在が、危険極まりなくて物騒な思考を持っている存在だということは身にしみている。

 それでも知りたいと思ってしまうのだ。

 笑い返したレキにジクスは同じ表情を返す。

「じゃあ、おいでよ」

 差しのべられた手に導かれるようにしてレキは歩き出した。

 二年前と同じように。


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