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男は拳で語るというが、器物破損はいかがなものだろうか。①

 男は拳で語るというが、器物破損はいかがなものだろうか。



「はいっ! 到着っ!」

 ジクスは腕に上着のように引っかけていた相方を、遠心力を利用してぶん投げた。レキの身体は吹っ飛び、両開きの扉に激突してごろりと転がる。

 悲鳴が尾を引いたが、ジクスは当然、無視した。

「終点は傭兵ギルド・ベルネ支部だよ。お代はまけておいてあげるから」

 笑って相方を投げたジクスは自分も扉の前に立つ。

 街の中心区画からやや外れた場所にあるギルド支部は、古びた図書館のような外観をしている。しかし公共施設の開放的な雰囲気とは逆に、窓には格子が入り、両開きの扉は固く閉ざされていた。

 大通りからひとつ外れているので日が落ちた通りに人の気配はない。酒場など終夜にかけてにぎわうような施設はまた別の通りに集中している。

 そんな、がらんとした周囲の静けさなどものともせず、ジクスは扉をがんがんと激しく打ち鳴らす。だが中から応答はない。

「あれ、開けてくれないね」

「そりゃそうだろ……ギルドの窓口は鐘五つ目で閉まるからな……」

 レキは床の上でぐったりと伸びきっていた。

 そもそも、レキが扉に激突した音でも内部から反応はなかったのだ。もう職員は帰宅したか、あるいは音が聞こえていても無視しているのかもしれない。

 この暴走傭兵に関わり合いになりたくないと思うのは、正常な判断だとレキは思った。

「さっき賞金をもらいに来たとき、ついでに言えばよかったね」

「ついでに言っても、相手にはされなかったと思うぞ」

 打ちつけた個所をさすりながら、レキはどうにか起き上がる。小荷物のような扱いにかなりの理不尽さを覚えたが、街の端からここまで引きずられている間に怒鳴り散らす気力はなえていた。

「もう明日にしろよ。どうせ弾丸の補充がすむまでここにいるんだ、別に急がないだろ」

 急ぐ急がないの問題ではないのだが、レキとしてはさっさと相方の興味をよそに移したかった。それに嘘は言っていない。ジクスはこの街の鍛冶屋に弾丸を注文している。弾丸が仕上がるまで街に滞在する予定なので時間の猶予はある。明日、レキはもう一度、窓口が開いてから出直せと説得にかかった。

「ここで叫んでいるより、明日の方が確実だぞ」

 レキの常識的な言葉に一応は考えを巡らせているのか、ジクスは閉ざされた扉の前でうなっている。

「でもさ、僕としては思いついたその日に実行したいんだけど」

 だからその唐突な思いつきを取り消してくれとレキが叫ぼうとしたとき、扉は内側から開かれた。



 扉は開いた。そして、扉を開けた者たちは逃げていった。

「開けてくれたのは嬉しいけど、なんで逃げるんだろ」

「逃げるくらいなら、開けるなよ」

 これで帰りそこねたと、レキは首を傾げているジクスの後ろで息を吐く。

 ばたばたと廊下を走って奥へ消えて行く男二人組が見えたが、声をかけようにも逃げ足の早さはなかなかのものだった。

 二人は開け放たれた扉の前で互いに無言で顔を見合わせていたが、それも長い時間ではなかった。

「とりあえず入ろうよ。早くしないとまた閉められちゃうかもしれないし」

「やっぱりそうなるんだな」

 ジクスを先にして石造りの堅牢な建築物の内部へと侵入する。ひんやりとした空気と音の反響する薄暗がりが奥へと続く。

 内部は天井を支える高い柱の列が並び、受付所は二階までの吹き抜けになっている。昼間の窓口が開いている時間帯は窓から射しこむ陽光でそれなりに明るいのだが、いまはランプの明かりもなく、月明かりが物の輪郭を浮かび上がらせているだけ。内部は外観同様、古い建築物特有の湿っぽい臭いが満ちている。ただ人が頻繁に出入りするせいかほこりはたまっていない。

 入ってすぐの待機場所には長椅子が並び、両脇の壁面には様々な依頼書が貼り付けられた掲示板や、閲覧用の資料がつまった本棚がある。奥に受付用のカウンターが並び、その向こうが職員用の詰め所となっている。

 普段はそれこそ係と仕事を求める者や、報奨金の受け取りに来た者たちでごった返しているのだが、今は人の気配はなくがらんとしている。

 レキは人気のない広い空間に放り出されたことに、奇妙な圧迫感を覚えて呼吸が速くなる。対してジクスの方は、何のためらいもなく歩を進めるので慌てて後を追った。

 二人分の足音が石造りの建築物の中に響く。レキは半日前に訪れた様子とは様変わりした待機場所を落ち着かない気分で見まわす。装飾のない無骨な作りの施設内は、それだけで重苦しい雰囲気を発し、濃い闇が迫ってくるようだ。レキは追いたてられるように走って長椅子に足をぶつけそうになった。

 吹き抜けの施設内を進むジクスが唐突に足を止める。不審に思ったレキが顔を上げると、視線の先に男が一人、立っていた。

 両脇を長椅子にはさまれた中央の通路をふさぐようにして大柄な男がいる。歳は六十を幾つか数えたあたりだろう。白髪に、口元には髭を蓄えている。だが男はその年齢にありがちな衰えを感じさせなかった。しっかりと自分の足で立ち、自分の視界に入るものすべて理解しているような自信にあふれている。男を老人とひとくくりに呼ぶのははばかられる、そんな迫力に満ちていた。

 しかも、男は幅広の長剣を携えている。

 不穏な雰囲気にレキは思わず腰に差した剣に手をかけたが、ジクスは構わず歩を進める。レキがその背にかける言葉を見つけられずにいると、相方は老剣士に向かって透き通った笑みを浮かべる。

「久しぶりだね、ナザル」

 ナザルと呼ばれた男は、一瞬、言葉につまったような反応を見せる。そこに立って、ジクスが歩いて来るのを見ているのに、声をかけられたのが心底意外だったような、そんな驚き方だった。

 老剣士はわずかな間、迷うように口ごもる。やがて観念したのか息を吐くとジクスに向き直った。

「確かに。こうしてジクス、おまえの顔を見るのは何年ぶりになるかな」

 ジクスは男まであと数歩の距離で足を止めるとさらに笑みを深める。

「うーん、しっかり数えてないから覚えてないや。それにしても、ナザルはずいぶんと老けたね。一瞬、誰だかわからなかったよ」

「おまえは、変わらないな」

 感情をにじませない、半ば反射的にも聞こえる切り返しにもジクスは動じることなく話題を変える。

「うん、まあね。それはそれとして、唐突な再会だよね。僕としては、まさかこんなところで会うなんて、とでも言いたいところだよ」

 まるでご機嫌うかがいをする子供のように、ジクスは上目遣いにナザルを見上げる。対して老剣士は落ち着いているというより、感情を押し隠すような平板な声音で告げた。

「いや、むしろ俺も会いたいと思っていたところだ。おまえはひとつところに留まらないからな、噂を聞きつけた頃には影も追えない。今回は、運がよかった」

「そうかな。むしろ僕に会えてうれしいっていうより、面倒ごとが増えたみたいな顔をしてるけど」

 ジクスは無邪気に笑う。それを見ているナザルは眉根を寄せて押し黙ってしまう。ジクスの言うことが正解だとわかっても、手放しで誉めることもできず、かといって、怒り出すこともできない。そんな相反する感情が入り乱れた結果、不愉快そうな顔になってしまったのだろう。

 眉間に寄った皺に気づいたのか、ナザルはため息のような笑声を漏らし、目を伏せた。

「おまえの言う通りだよ、ジクス。おまえに会わなければ、俺は問題を先送りにできたんだ。できれば、死ぬまでおまえの顔なんか見たくはなかったよ」

「ずいぶんな言われようだね。ま、当然か」

 言葉の後半に自嘲的なものを含ませながら、それでもジクスは笑った。

「で、ナザル。用件は何なの。その様子からして昔話をするために僕の相手をしてくれているわけじゃないんでしょ」

 ジクスの問いかけに、ナザルはじっと、無表情ですべてのものを見回した。開け放たれたままの扉。明かりが届かず、闇がわだかまっている天井。

 そして、視線をジクスの背後に向ける。

 そこには会話に割りこめずに立ち尽くすレキがいた。

 視線の行く先に気づいたのか、ジクスはああ、と口を開く。

「後ろにいるのは野次馬じゃないよ。僕の連れだから。気にしないで話を続けてよ」

 ジクスの言葉に、ナザルは少し驚いたように目を見開いた。

「連れ、か。まさかおまえの口からそんな単語が出て来るとはな」

 これほど場違いなことはない、と老剣士は初めて表情を緩ませた。

「僕が誰かと一緒にいるのがそんなに意外かな」

「自分自身の道程を振り返ってみろよ」

 ナザルに指摘され、ジクスはぱちぱちと目を瞬かせる。

「うーん。そうだね、考えてみれば、初めて、なんだよね」

 ひとりごちるようにつぶやくと、ジクスは振り返って笑う。だが、レキにはその言葉と微笑みの意味が理解できない。それでも彼から質問できるような雰囲気ではなかったので、当惑気味な表情を浮かべただけで口をつぐんだ。

「とにかくさ、レキを部外者扱いしないであげてよ」

「連れでも何でも構わんが、手出しは遠慮してもらおうかい」

 言いながら、ナザルは軽く足を開き、半身を退く。両腕は身体の横に沿わせるように下げたままだ。

 自然に攻撃と防御、どちらにも転換できる構え。そこに迷うような雰囲気はなく、長い年月の間に身に付いた慣れをうかがわせる。

「あれ、もしかしてやる気なの」

 少し戦いに身を置いた者ならそれこそ、なんらかの手段を講じようとする状況に陥ってもジクスの反応はかなり抜けていた。

「争うのはやめようよ。だって、僕が面倒だし。あ、もしかしてナザルも僕の賞金狙いだったりするのかい」

 ありゃりゃ、と空をあおぎ、緊張感なしの態度で後頭部をかく。

「賞金か、そりゃあ欲しいさ。なんせ、手配当時の傭兵ギルド年間予算だからな。暴力で金銭を稼ぐことに忌避感を抱くやつでもぐらりときちまう金額だ」

「まったく、よくそんな馬鹿げた金額を提示する気になったよね」

「そりゃあ、手配書に金額を書くだけならタダだからな」

「払うつもりなかったのかい。それじゃあ詐欺もいいところだよ」

「違うな、ギルド側に支払いを行う意思はあったさ。けどよ、その高額賞金首がいつまでたっても逃げ続けているからな。おかげで今の幹部連中は、その手配書が現在も継続中だってことすら忘れてやがる」

「ま、無理もないよ。生まれた子供が立派に成人するくらいの年月だからね」

「その間、逃げ続けたおまえもどうかと思うがな」

 ジクスは軽く表情をゆがめる。笑う時ではないが、笑み以外の顔が出せないとばかりに。

「それにしたところで、傭兵ギルドも無茶をしたと思うよ。誰も僕に叶うわけがないのに、無関係な人間をあおり立てるような賞金をかけて僕を襲わせるなんて。ナザルだって、この手配がむやみに死人を増やすだけだって思わなかったのかい」

 ジクスはどこか悪戯っぽく相手の反応をうかがうように瞳をのぞきこんでくる。

「死なない相手に賞金かけるなんて、どうかしてるよ」

 言って、ジクスは鮮やかに笑った。だがナザルはさらに渋面になる。

「ジクス。おまえは自分で不死身じゃあないって言ってただろ」

 嘘をつくな、とナザルは大きく首を振った。

「不死じゃあないけど、死ににくいのは本当だよ」

「おまえさんが無駄に頑丈なのは認める」

 やれやれと言いながら、ナザルは首を回し、身体をほぐすように動く。

「認めてやるから、そのおきれいな顔を殴らせろ。それが最初の用件だ」

 ナザルは不機嫌そうな表情を崩し、にんまりと楽しそうに笑ってみせる。どこか子供っぽい顔つきだが、なんとなく見る者を不安にさせるような表情だ。

 その不穏な空気を悟ったジクスは困ったように小さくなる。

「えーと。もしかして、怒ってるかな」

 恐る恐るといった様子の声に、ナザルは口の端をつり上げて笑う。

「そりゃあもう、とんでもなくな。この馬鹿ガキが、こっちに面倒ごと全部なすりつけて行方くらましやがって。何度その金髪頭をこいつで叩き割ってやるって考えたかもうわからんぞ」

 ナザルは広刃剣を勢いをつけて振り回す。対するジクスは風圧よりも老剣士の発する雰囲気に押されたか、やや腰を引いてしまう。

「あー、その。いきなり消えたのは悪かったよ。でも、あの状況でそのまま居残りするほど僕の神経は太くなかったんだって。ていうか、どう考えても出て行くしかなかったじゃないか」

 僕だってそれなりに悩んだんだぞ、とジクスは叫ぶが、ナザルはいかつい顔に、にやにやと人の悪い笑みを浮かべている。ジクスを慌てさせるのがさも楽しいと言わんばかりだ。

 振り上げた剣で肩を叩くと、ますます笑みを深める。

「ま、前置きがとんでもなく長くなったが、俺のことは言った通りだ。おまえをぶちのめす。続きはそれからだ」

 ジクスは天井を見上げて嘆息する。肩を落としてしぼむほど深く息を吐いたあと、背後を振り返った。

「レキ、僕の手配を取り消すにはあのじいさんを倒さないといけないらしい」

「倒すって、おまえ……」

 ジクスは片手を掲げる。

「手出しはいらない、って格好よくいいたいんだけどさ、正直、君と連携する余裕はないと思うんだ」

 あと、と言ってジクスは笑う。あの老剣士と同じ、どこか人の精神を不安にさせるような禍々しい笑みだった。

「まあ、こっちの用件とか向こうの建前とかそんなことは置いといて、僕は久しぶりに本気で暴れたいんだよ」

 とんでもない本音を告げられ、レキは半歩引いてしまう。ジクスの本気と聞いて、全身から汗が噴き出した。

 待てやめろ、せめて俺が逃げるまで、と叫びたかったが喉がふさがったように声が出せない。だが自身の欲求に忠実な相方は、レキの焦燥など意に介さず軽快に歩き出す。

「じゃあ、遠慮なく行くから。祈るなら時間をあげるよ」

「それこそ時間がもったいない。さっさと来いよ」

「はいはい」

 返事の最後には、互いが駆け出していた。


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