そして、その展開もまた予想通り
そして、その展開もまた予想通り
捕まえた銃泥棒を傭兵ギルドに突き出した後、少ない報酬を手に元いた食堂兼宿屋に戻ると店主にあっさり追い出されてしまった。
あれだけ騒ぎを起こしたのだ、逆にギルドかこの街の治安機構に通報されてもおかしくはなかったが、昼時の喧噪に紛れていたので誰もことの詳細を理解しておらず、そして銃器に対する認識の薄さからそこまで大事には至らなかったのだ。
幸運にも、先払いした二泊分の宿代も戻ってきた。出て行ってもらうのだから、料金はいらないというのが主人の言い分らしい。
主人の男気にはいたく感謝したが、結果として、日も暮れかけているのに宿を失った二人だった。
そして、太陽も地平線の向こうに隠れ、夜空に星が瞬く頃までかかってようやく見つけた郊外の宿は、その値段や古びた外観に比べて清潔で快適だった。ただ、狭い部屋に無理矢理ベッドを二つ突っこみ、天井がかなり低いことで、中にいる人間は相当程度の圧迫感を覚えたが。
その点を無視すれば、この宿は「当たり」だった。しかし、街の中心から離れた宿に押しこめられる羽目に陥ったのも、ベットの上であぐらをかき、神妙な顔で腕組みしているジクスのせいだ。
レキはそう強く確信していたが、傭兵業界で一目も二目も置かれているような相方に、面と向かって文句を言うほど無謀ではない。相方の機嫌を損ねれば、その瞬間に鉛玉が飛んでくる。昼間のように自分に銃弾が飛んでくるのは特に珍しくもなかった。
むしろ仕事よりもレキに対する威嚇射撃に弾丸を消費している方が多いのではないかと思う。
(何で俺、こいつと組んでるんだ)
毎日朝昼晩と浮かぶ疑問だったが、今のところ答えは出なかった。
それを思うのは、常に泥のようにくたびれ果てた時と相場が決まっている。
しかし今日は、相方の一言で打ち切られた。
「賞金首って、面倒だよね」
「……はあ?」
レキは相方の言葉に、あからさまに渋面を作る。
その言葉が出て来る経緯は理解できなかったが、ジクスが突然、何の脈絡もない発言をする時は、決まって何かが起こる。しかもレキの相方は、いついかなる時でも、もうごめんだと思っている時に限ってトラブルを持ちこむ天才だった。
レキは嫌な予感を覚えながらも相方の唐突な発言にうんざりとした顔をしながら振り返る。我ながら律儀だとは思うが、ここで無視したとしても強制的に聞かされる羽目に陥るだけだ。そうやってあきらめてしまう自分が少しばかり悲しかったが。
「今度は何だ」
当たり障りなく訊くと、ジクスは腕組みしたままうーん、と首を傾ける。
「さっき、久しぶりに賞金稼ぎが僕を狙ってきたけど、そろそろ対応するのが面倒だなーとか、いい加減にあきらめるって言葉知らないのかなーって思うわけだよ」
ジクスが昼間のように自身を狙う賞金稼ぎを相手にするのは別段珍しいことではない。毎日というほど頻繁でもないが、一ヶ月に何度かは顔を見せる。
連れだって旅をするようになった当初はレキも驚いていたが、最近はそのあしらいも慣れたもので、自分に矛先が向かってこなければ積極的に手助けもしない。
もっとも、手助けが必要だと感じた試しもなかったが。
「そりゃあ、賞金がかかってれば追いかけて来るだろ。それが仕事なわけだし。しかも、報酬は他の賞金首とは桁が違うからな」
ジクスという名は二十五年前に傭兵ギルドが発行した最初の手配書に名前が記載された。年月が過ぎ、ギルド側が何人もの賞金首を追加し、捕縛や死亡が確認されて名簿から削除。もしくは捕縛は無理だと判断してなかったことにされていく中、その名前だけはいつまでも残っていた。
そんな二十五年前の賞金首は、レキの目の前でうんうんとうなっている。
「そう、問題はそこなんだよ!」
びしっと指を突き出すが、レキの反応は薄い。しかしジクスは気にならないのか即座に先を続ける。
「二十五年……に・じゅ・う・ご・ね・ん・だよ! 最近なんて、僕から例の賞金首ですって言っても誰も信じないんだよ。大抵の反応が、ああ、あの手配の人と同じ名前なんですねときたもんだ。世間の認識がその程度なんだよ! だからギルドもさーそろそろ僕の存在を忘れて欲しいんだけど」
それは無理だろう、とレキは思ったが口には出さなかった。
この手配は、もはや忘れるとかそういう問題ではないのだ。
ジクスが殺害したとされる人物は、十人委員会の幹部だった。
十人委員会とは傭兵ギルドを立ち上げた男女含む十人の集団で、彼らは自分たちをそう呼称した。現在、幹部は年月の間に入れ替わり人数も年度で増減しているが、その名称は引き継がれている。
殺害されたのは、その最初期構成員の一人。
現在のギルドの基盤を構築した者の一人が無惨にも生半ばで命を絶たれてしまった。
傭兵ギルド側からすれば、世間が忘れようと、時間的に無理が出てきているとしても、もはや面子の問題なのだろう。
ジクスの手配は何度名簿の更新がかかろうとも削除されることはなかった。
しかしギルドの努力もあながち無駄とは言えない。当の賞金首はこうして元気いっぱいに過ごしている。今でも充分に捕縛できる状態だ。
ジクスは考えるのが面倒になってきたのか、ぐしゃぐしゃと金髪をかき回す。
「あー、もう。昔はそれこそ朝昼晩で違う賞金稼ぎが襲ってきたものだよ。いや、別に襲われまくりたいわけじゃないんだ。寝ていてもご飯食べていても着替え中でも賞金稼ぎに狙われているなんて、精神衛生上非常によろしくない状況なわけ。だから最近の、賞金稼ぎとの遭遇率の低さはむしろ歓迎すべき事態なんだよ。でもっ、忘れた頃にやって来るってなんか残った宿題を突きつけられてるみたいで嫌な感じなんだよ。どうせならまんべんなく襲って来るか、一生来ないかどっちかにして欲しいんだ」
ジクスは大仰な手振りで自分の主張を展開させる。
「おまえさ、自分がとんでもなくわがままで自己中心的なことを口にしてるって気づいてるか」
ジクスの主張を要約すれば、犯罪は犯したが賞金稼ぎを相手にするのが面倒だから、手配を取り消して欲しいということになる。
手配した側が耳にすれば、怒り狂って暴れ出しそうな要求だろう。
(賞金首、ねえ)
そもそもレキは、相方が本当に二十五年前の賞金首かどうかいまだに判断を付けかねている。
二十五年。
言葉にすれば一言だが、昼間ジクス自身が言ったように、その頃レキは生まれてすらいなかった。
相方はどうにも年齢の判断を付けかねる容貌をしているが、それでも自分と同じか少し上くらいだろう。精神的には時々、幼児ではないのかと疑いたくなるような瞬間があったが。
(色々と、無理があるよな)
勝手気ままな発言を延々並べ立てている相方をレキはそれとなく観察する。
くるくるとよく動く表情。それに合わせるように、瞳は光の干渉具合で緑にも青にも見えた。子供っぽい、女のようだとよく表される顔のどこにも拳銃という武器を掲げて荒事に立ち回るようには見えない。
もっとも、あくまで「そうは見えない」というだけで、レキ自身その意外さに何度も驚かされた。
穏やかに微笑みながら、相手を悲鳴も出ないほど殴っていたこともある。
レキは相方とは対照的な、少々きつい目を伏せる。瞳の色は髪に比べるとかなり薄い琥珀色。黙っていると、怒っているのかとよく訊かれた。
いつもどこか砂糖菓子のような雰囲気を漂わせている相方とはどこまでも正反対だ。
そして、正反対の相方は、どれだけ襲撃されるのが面倒だとこぼしても、一度として賞金首であることを否定したことはなかった。逆に相手を挑発するように高らかに宣言して泥沼に陥ったことが何度もある。
賞金首本人かどうかは保留だが、関わっているのは確かだろう。
レキの考えは、いつもそこで停止していた。
「どうしようかなー。襲われても撃退して身ぐるみ剥げばいいだけなんだけど、なんか面倒なんだよねー」
レキの内心など当然、何も知らないジクスは相変わらず勝手気ままな話を繰り広げている。
「あのなあ、自分の命が狙われるのを面倒で片づけるな。あと、狙ってきた相手の身ぐるみ剥ぐのはやめろ。手配に強盗の項目が追加されても知らんぞ」
レキはジクスが襲ってきた賞金稼ぎたちの懐からこっそり金品を抜きとっているのを知っている。わかっていて見て見ぬふりをしていた。
「なんだよー、相手を殺さないだけありがたいと思いなよ!」
枕を取ると、それを抱えてジクスはベッドをごろごろと転がる。子供じみた仕草を見せながら子供っぽい愚痴を垂れ流している。
「もうっ、僕に敵意を向ける人間なんて皆殺しなんだから!」
時々、かなり危険な発言を交えつつ。
その様子を、レキはぐったりとしながら眺めていた。無視しようにもあいにく部屋はものすごく狭い。隠れる場所もないし、出て行く気力もない。
無視して寝るか、実力で黙らせる、は、無理そうなので、やはり出て行くのが建設的か、と思い始めた頃、急にジクスが起き上がる。
バネ仕掛けのような勢いで上半身を起こすと、ぱぁっと顔を輝かせる。
「そうだよ、手配されてるのが面倒なら、取り消せばいいんだよ!」
なんてすばらしい思いつきだと自画自賛している相方を、レキはとろんとした目で眺めながら、一度外した剣を腰に下げて所持品に手をかける。これ以上、相方の愚痴には付き合っていられない。これなら酒場の喧騒の中で夜明かしした方が精神衛生的によさそうだと立ち上がる。
「ったく。確かに手配を取り消せば賞金稼ぎも追っかけては来ないだろうけどよ、そんなのおまえがいくら止めて下さいってギルドに言ったところで無駄だと思うぞ」
上着を片手に部屋から出ようとすると、相方のきらきらした丸い目にぶち当たる。この狭い部屋でどうやって動いたのか、レキの目の前に回りこんできたのだ。
「そんなの、大丈夫だよ!」
ジクスはまるで「きっと将来、僕は空が飛べるようになる」と子供が夢を語るのと同じくらい、まったく根拠も何もなく言い切ってみせる。
「その自信はどこから来るんだか」
もう本当にどうでもよくなり、レキはジクスを押しのけて部屋から抜け出す。この時間帯、開いているのは酒場か娼館くらいだ。問題は、レキは酒が弱いし懐具合も寂しいときている。その点を考慮すると、どこかの安酒場で一杯の酒をちびちびとなめるくらいが関の山だ。
情けない妥協案を浮かべながら歩き出したレキの背に、相方の声が投げつけられる。
「話せばわかってもらえると思うんだけどなー。だって、僕に手配をかけた人、僕の昔の仲間だから」
「は……? 仲間……?」
手配書は、傭兵ギルドが作成する。当然、誰でも申請できて好きに配布できるというわけではない、相応の地位を得た、たとえば、十人委員会に名を連ねるような者が内容を審議し、承認したうえで配布される。
どういうことだとレキが振り返ると、爽やかな笑みを浮かべた相方が、軽やかな足取りで廊下を疾走して来るところだった。
「さぁっ! そうと決まれば行くよ!」
にこやかな顔のまま、ジクスは速度を緩めず爆走し、廊下に呆然と立ち尽くしていたレキを腕に引っかけ暴走する牛のような勢いで階段を駆け降りる。
宿屋の主人が苦情を言いに顔を出した頃にはもう通りの角を曲がった後だった。
そして、引っかけられたレキは相方の腕に首を締め上げられ、悲鳴も苦情も訴えることもできずに引きずられていった。