第三話:不安まみれ
「クッチャ…クチャ…クッチャ…ペッ」
シャンタクの口から吐き出されるゴブリンヘッド。うん。もう慣れたから。
ただ、返り血を浴びた化け物が、仮にも人型のモンスターを惨殺する様子は、あまりにも正気を削られるものだった。
だが、同時に分かったことがある。シャンタクに守ってもらえば、ひとまずの身の安全は確保されるだろう、ということだ。
我ながら情けない話だが、仕方がない。とにかく人のいるところに辿り着いて、今後の事をじっくりと考えなければならない。
って俺はなんでこんな冷静なんだ!?目の前で!化け物が!人型の化け物を!食い殺したんだぞ!?
そうだな。食い殺したな。正気とは思えんな。怖いね。
ダメだ。どうしても危機感というか、混乱できない。
そういえば、神と話してた時もそうだったな。なんか、普通じゃない自分がいるのは分かるんだが、別にそれを恐ろしい事だとは…
「ギィ!!!」
「うひゃぁぉぁぁ!?ビビビビビビるからいきなりデカイ声だすなよ!!
そうだ。こんな事をしている場合じゃない。とにかくどこか、人のいる場所へ…
「ギギギ…」
シャンタクは、体を低くした。そして、何か言いたげにこちらを見ている。「乗れ」と言わんばかりに。
そうじゃん!最初から乗りゃ良かったんだ!
「じゃ、じゃあ失礼して…」
「……」
え〜っと、乗ったはいいが、どこ掴めばいいんだ…?耳かな?
耳を掴んだ瞬間、シャンタクの体は地面と垂直状態になった。
「うぉぉぉぁ!?えぇ!?」
どうやら木を登っているようだが、唐突すぎるから。登るなら「登りますよ〜」って言ってから登って欲しかった。それはそれでキモいけど。
木の天辺に登ったシャンタクは、跳躍すると同時に、その巨大な羽で空に飛び立った。
空飛んだの初めて!楽しーなー!
なるかボケ。耳離したら即死だぞ。手に力入れないとダメなのに手が震えるんだぞ。
「行き先!行き先は人のいるところ!!」
「ギィ」
真上じゃねぇ!ちょ、死ぬ死ぬ死ぬ!!クソ、もう俺が操作する!
右耳を引っ張ったら、右へ旋回した。単純な操作だ。操作性バッチリだね。
「ハァ…ハァ…うわっ、こえぇ…」
下を見ると、かなりの高度に達していること、そして、さっきいた場所の周辺は、鬱蒼とした森で覆われていることが分かった。
周囲を見渡すと、明らかに地球上とは思えない幻想的な景色が広がる。実に綺麗だ。出来ることなら、こんな景色はパソコンの中だけで見ていたかった。
だれがこんなイカれた世界に行かせて、なんて思うかよ。何が神だ。何が「なんと慈悲深い!」だ。あんな愉快犯じみた真似する奴に慈悲もクソもあるか。
シャンタクは強いけど、正直警戒しておくべきだろう。なんせあの神が俺に渡したものだ。きっとロクなものじゃない。
他にもプレゼントがどうたらこーたら言っていたな。そっちもヤバイ香りがする。
…ん?あそこの辺り、なんか拓けてるな。ちょっと行ってみるか。
シャンタクの耳を前に倒すようにして、降下する。村があったとして、このまま行くと混乱を招きそうなので、ひとまず近くの木の中に降りた。
シャンタクと共に更地らしき場所に向かっていると、人の声がする。
「…ぉい!こっちだ!こっちの方に何かが降りてきたぞ!」
どんどん近づいてくる声。多くの不安が頭を過る。
もしかして、「お前、このバケモノの仲間なのか!死ねぇ!」とかになったりしないよな…?
すると、木々の間から何名かの武装した屈強な男たちが現れる。
そして彼らはこう言うのだ。
「りゅ、龍神様だ…龍神様が降臨なさったぞぉぉぉぉ!!」
「おい!村に戻ってもてなす準備をしろ!」
どうやら、この馬面モンスターは信仰の対象だったらしい。