93 虫けら
「こんな夜遅くにいったい何用でしょう」
突然部屋の中から女性の声が聞こえた。瞬間暗殺の失敗を悟る。どうやら俺の潜入に気付かれたようだ。撤退するか!?いや、この瞬間を逃してもうチャンスはない。
バタンッ
俺はロングソードを構えて部屋に流れ込んだ。部屋の中には大きなベッドに腰かけたネグリジェ姿の女性がいた。彼女がエリ―シアで間違いない。
「・・・一体どなたかしら。衛兵やトラップにかからずここまで進入されるのは初めてよ」
エリ―シアはこの状況でも余裕の表情を崩さない。無駄話をする気もないため俺はただ黙って剣を構えた。
「あら、そんなものを向けてひどいじゃない」
そう言いながら彼女は傍らに置いてあった小刀を抜く。俺は突進し、中段から剣を突く。
ギィンッ
信じられないことが起こった。エリ―シアの腹部を狙ったロングソードが無造作に払われた小刀に『薙ぎ払われた』。打ち合わせた瞬間万力の如き抗い難い力によってロングソードの軌道が変わった。急速に軌道を変えたロングソードの勢いに俺が大勢を崩した隙をエリ―シアは見逃さない。彼女はフッと息を吐き、俺の腹に掌打を繰り出す。
グフッ
瞬間俺は数メートル吹き飛ばされ床に転がった。体が裂けるように痛む。猛烈な気持ち悪さに襲われ血を吐く。そのままうずくまる。
「暗殺者なんていつ以来かしら。ほら、捕まえた♪」
エリ―シアは俺の襟をつかむとまるでぬいぐるみでも持つかのように軽々と持ちあげた。体術の類ではなく、その細腕には絶対にありえない力が宿っているのを感じ、彼女の力の正体に気付いた。
「その力、・・・自分自身を強化したんだな」
エリ―シアはちょっと驚いたように眉を上げると俺を持ちあげたままふんわりと微笑んだ。
「ご明答。普段は見せない奥の手よ。ユニークスキル『指揮者』。自分も含めたあらゆる生き物の身体能力を一時的に高めることができるわ」
そう言って彼女は俺の喉元に小刀を突き付ける。
「素敵でしょう?私は生まれた時から栄光が約束された存在なの。全ての人は私に従うために存在するわ。それなのにどいつもこいつも・・・私の思い通りにならない虫がこの世界には多すぎると思わない?思うわよね?そうでしょう?」
小刀が皮膚を突き破り食い込んでいく。歯を食いしばるが、既に逃げることすらできない。
「貴方がどうやって入ってきたのかは聞いておかなくちゃね。安心して。素直に話してくれたらすぐに解放してあげるわ」
―――嘘だ。虫けらにかける情けなど、一体どうしてエリ―シアが持ち合わせているのだろう。話したらすぐに小刀が俺を裂くに違いない。
しかしながらこの状況を脱することができない。モンスタークリエイトを発動させようとすれば有無を言わず俺は殺されるだろう。まさに万事休すだった。