85 コスモス・ラビット侵略⑨
「ぐっ、貴様・・・!」
オザスポークは怒りでどうにかなってしまいそうだった。顔をゆがめ握った拳からは血が滲んでいた。
「さあ、どうしますの?」
余裕の笑みでエリ―シアはオザスポークに迫る。たとえ目の前の女が部下たちの仇であろうと、オザスポークに選択肢はなかった。
「も、申し訳ありませんでした。・・・どうかコスモス・ラビットをお守りください」
いっそ死んでしまいたいほどの屈辱に体が震える。涙が出そうになるが、目の前の敵にそれだけは見せまいと必死になってこらえた。エリ―シアはにっこりと微笑んだ。その顔は普段の柔らかな少女のものに戻っていた。
「ふふふ。いいでしょう。貴方の返答にかかわらずモンスターは私たちが追い返すつもりでしたけど。市兵団としてここで頭を下げる貴方に免じて市民には一切の被害を出さないことを誓いましょう」
そう言ってエリ―シアは鎧をつけ、ロッジから出ていった。オザスポークは自身の無力感に打ちひしがれた。
「キャー! エリ―シア様~!! 素敵っこっちを向いて~!!」
老若男女問わずライトブロード軍に向けられる市民の声援を、オザスポークはうんざりして聞いていた。一度ならずに度までも危機を救ってくれたライトブロード軍や、その指揮官であるエリ―シアは市民たちにとって英雄同然の扱いを受けるに十分であった。
オザスポークは市長にライトブロード軍の所業を訴えたが、市長は残念だが何もできないといった。今コスモス・ラビットに内部のライトブロード軍を取り締まる力はない、取り締まったところで今度いつまたモンスターが攻め込んでくるか分からない。そんな状況に一人の市民と一小隊のために、ライトブロード軍と戦争するリスクは負えないという。そもそも英雄扱いされている彼らと戦えば、市民から反発があるのは必至である。市民を守るためとは言え、コスモス・ラビットを分裂させては元も子もない。
その日のうちにオザスポークは市兵団を脱退した。もう市兵団にいてもライトブロード軍からコスモス・ラビットの市民を守ることはできないと感じたのだ。ライトブロード軍はこうして誰にも咎められることなくコスモス・ラビットに居ついた。
それからしばらくして市長が事故死した。オザスポークは間違いなくエリ―シアの謀略であると踏んだ。そして予想通りというべきか、彼女は市民の熱い支持に押されて(暫定的とはいえ)コスモス・ラビットを統治するようになった。表向きコスモス・ラビットは市兵団によって管理されていることになっているが、実態はライトブロード軍が支配していた。オザスポークが何より憂鬱であったのは、そうした実情をコスモス・ラビットの市民も理解していながら抵抗なく受け入れていることであった。寧ろ、ライトブロード軍の支配に疑問を持つ者は非難の対象にすらなった。ライトブロード軍は、わざわざ自分達を守ってくれているのだから、彼らを追い出そうというような輩は頭がおかしいというように扱われた。市民の強姦や部下たちの虐殺も、知る者は当然いたが、大多数の市民にとっては所詮他人ごとにすぎなかったのだ。
そんな中、ライトブロード軍への復讐に燃えるオザスポークは部下の遺族や、市兵団員時代の仲間らと共にレジスタンス『ワクチン』を設立し、いつの日かエリ―シアからコスモス・ラビットを取り戻すため地下へと戻った。