84 コスモス・ラビット侵略⑧
ドンドンドンッ
「コスモス・ラビット市兵隊長オザスポークだ! エリ―シア殿はいるか!」
オザスポークはエリ―シアのロッジのドアを力任せに叩く。ライトブロード兵に乱暴されていた部下の妻はひとまず自分のロッジに帰しておいた。他のライトブロード軍に見つかることを危惧したのだ。自らは部下の捜索を兼ねてエリ―シアの元へと向かった。
「はい。夜分に何用でしょうか?」
エリ―シアはその金色の髪を若干湿らせ、寝間着であろう白いふわふわとした服のままドアを開けた。緊張感のかけらもないその様子が、かえってオザスポークの怒りを煽った。
「何用かだと!? 貴様達にこの市の民間人が襲われたのだ! 一体どうしてくれる!」
エリ―シアはオザスポークの剣幕に一切表情を変えなかった。
「あら、それは気の毒なことでしたわ。 ふふふ」
彼女の言葉はまさに冷笑そのものであった。それまでの柔らかな顔が急に別人のように冷たくなり、部屋の温度までひやりと下がったようだ。
「貴様! 何を笑っている!?」
「ふふふ。失礼しましたわ。だって貴方が『そんなこと』で怒っているのがおかしくておかしくて」
くすくすと笑う彼女にオザスポークは戸惑う。
「・・・そんなことだと!? もう許せん! 貴様は市兵団が拘束する! すぐに兵舎に来てもらおうか」
そう言うと彼女はもう我慢できないといった風に腹を抱える。
「っふふふ・・・。私を拘束したいのですね。残念ですがそれは無理ですよ。貴方、まだ気付かないのですね。貴方の部下は全員私たちが殺して森の中に捨てておきました。今日追い返したモンスターたちがそろそろ死体を漁りにもどってくる頃でしょう。今、私たちを拘束したら一体誰がモンスターからこの市を守れるのでしょうね」
「そ、そんな馬鹿な! 熟練の私の部下がそう簡単にやられるものか!」
信じられないというより、信じたくないという気持ちでオザスポークは叫んでいた。しかし彼女の表情と、今の状況が、彼にその言葉が真実だと悟らせた。オザスポークは目の前が真っ暗になった。
「油断しきった貴方の部下を仕留めるのは容易いことでした。そもそも魔法小隊と重騎兵、接近戦では相手にもなりませんわ。助けられた相手に殺される時の彼らの顔といったら・・・ああ、本当に最高でしたわ」
その時を思い出すようにうっとりと語るエリ―シアを前に、オザスポークは自身がどうすべきか見失っていた。怒りに任せてエリ―シアを拘束すれば、森からやってくるであろう大量のモンスターにこんどこそ疲弊しきったコスモス・ラビットは滅ぼされてしまうだろう。それにライトブロード軍も敵に回すことになるかもしれない。オザスポークには市民を襲われ、部下を皆殺しにされた怒りをぶつけることも許されないのだ。そんな彼を見てエリ―シアは楽しむように言う。
「ふふっ。今すぐ頭を下げて懇願すれば、私たちがモンスターからコスモス・ラビットを救ってあげましょう・・・。今ならこれまでの『無礼』は許してさしあげますわ」