8 成人の儀式
「まったく。儀式の前日にこんなに酔っぱらって帰ってくるやつがあるか」
ビールのにおいをぷんぷんさせて帰ってきた俺に対しダイダイヤ伯父さんはあきれたように言った。
「とにかく今日はさっさとシャワー浴びて寝ちまいな。明日は起こしてやるから」
伯父さんの声が優しい。
「ありがとう。ごめんなさい伯父さん」
「いいって。さあ、さっさと行きな」
俺は言われた通りにシャワーを使わしてもらう。ダイダイヤ伯父さんは鍛冶屋で働いている職人だ。決して楽な仕事でもないのに俺に気を使ってくれて本当にありがたい。
シャワーを浴びると疲れがどっと寄せてきた。今日の疲れを明日に残すわけにはいかない。明日の晴れ舞台への期待と、それと同じくらいの両親に見てもらえないさみしさを胸に俺は眠りについた。
「トキワ。もうそろそろ起きな。朝ご飯食べたら出発するぞ」
ダイダイヤ伯父さんが起こしてくれた。どうやら俺の腎臓は体内のアルコールをきちんと分解してくれたようだ。先にトイレに行き、伯父さんが作ってくれた目玉焼きとパンを食べた。目玉焼きは少し焦げていたがそれでも美味しかった。
顔を洗い身支度を済ませると、仕事を休んでくれたダイダイヤ伯父さんと一緒に成人の儀式が行われる教会へと向かった。この世界には教会というものがある。主神はなんとガブリエールらしい。そう、俺をこの世界に転生させたあのお姉さんだ。本人はたしか天使と名乗っていたが、この世界では神様扱いらしい。
教会の入り口で神官たちが成人の儀式を受ける青少年たちを集めていたので俺も伯父さんと一旦分かれてそちらへ向かった。成人の儀式は年に1度しかないため、キリ町やあたりの村で生まれた18歳の青少年と、数はごくわずかだが何らかの理由で昨年儀式を受けられなかった者がみんな集まっている。1,2、3、・・・、28人もいる。その中に昨日遅くまで飲み明かしていた少女、ナナミもいた。彼女もこちらに気付いたようで近寄ってきた。
「トキワ。おはよう!いよいよ今日が儀式の日ね!どんな職業につくか今からドキドキするわ!できれば魔法の使える職業がいいわね。格闘士なんてなったら最悪よ。パパみたいにあんな筋骨隆々になんてなりたくないもの!」
ナナミはそう言うが、普通に鍛えているだけなら、ゴーホさんのような筋肉にはならずむしろ程よく引き締まったスタイルのよい女性になるのだと思うが。・・・まあ普段からあの姿を見ていればそう思ってしまうかもしれない。
「まあ、そればっかりは自分では決められないからね。俺もどんな職業になるのか今から楽しみだよ」
父のような戦士になっても母のような魔法使いになってもおれはきっと嬉しいだろう。ともすれば格闘士だって。ようやく一人前の大人になれるのだから。
しばらくして、今日儀式を受けることになっている者がそろったらしい。全員で63人になった。大人たちは既に教会の中に入って俺たちが教会へ入場するのを待っている。神官が俺たちを、ちょうど学校の入学式のように2列に並べて教会のドアを開けた。
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教会内に拍手が一斉に鳴り響く。子供たちの親や親せきが俺たちの晴れ舞台を祝福している。中には既に涙目になっている婦人もいる。俺は教会に入るのは初めてだったが、教会奥に巨大な天使像、ガブリエール像が設置してあり、思わず見惚れてしまった。本物の神々しさには劣るが、十分信仰を集めるに足るだけの存在感を放っていた。
「正義、信頼、友情、愛情、勇気、剛健、愛に溢れる主の子らよ。これより汝らは一振りの剣となりて汝らの大切なものを守る力、汝らの敵を打ち滅ぼす力を得る。決して力の使い方を誤ってはならぬ。そなたたちの力はそなたたちの正しいと信ずる道へと進むための力である。それを決して忘れてはならぬ」
年老いた神父の言葉を拝聴し、シスターたちの神聖な歌を聞いた後、いよいよ俺たちに職業が与えられる時が来た。教会内がしん、と静まり返る。この時は最も神聖な瞬間であり自然とそうなってしまうのだ。
神父が自らの手を頭上にかざすと、手に強い光が発生し、徐々に神父の全身を包み込んだ。母に聞いた話によると、これは神父に神の権能が宿った状態であり、神父の前に一人ずつ出て神父がその者に力を授け、その人の職業や能力について簡単に教えてくれるらしい。
一人目の女の子が神父の前に立つ。神父が彼女の頭に手をかざすと彼女の体も光りだした。
「レイチェル。汝の職業は『精霊使い』。得られし絆は『土の精霊ノーム』、『水の精霊ウンディーネ』、『風の精霊シルフ』じゃ。特に相性の良い精霊は、『ノーム』じゃな」
途端に歓声が挙がる。すごい。普通魔法使いや精霊使いが扱える属性は1つか2つである。3つ以上になるとまず食っていくのに困らない。歓声の中彼女の親らしい男女は特に大喜びだった。女の子が嬉しそうに自分の席に戻り、ひとしきり歓声が収まると、また教会内に静寂が戻った。神父は次の名前を呼び、呼ばれた女の子は同じように神父の前に歩いた。
「ケイト。汝の職業は・・・・」
次々と歓声と静寂を繰り返し、成人した男女に職業が与えられていく。中には与えられた職業に少し不満げな者もいたが、おおよそ喜んでいる者ばかりだった。多くの男女は戦士や魔法使い、精霊使い、格闘士といった職業を与えられていた。またレア職業である召喚士や魔法剣士も一人ずついて、それぞれ大喜びでまさに天にも上るような表情をしていた。そうこうしている間にナナミの番になった。
「ナナミ。汝の職業は『魔法使い』。行使し得る属性は『火』、『氷』じゃ。特にお前さんと相性の良い属性は『火』じゃな」
また歓声が挙がった。ナナミは希望の魔法使いに慣れて嬉しそうだ。ゴーホさんの方を見るとこちらも嬉しそうだ。いや、ちょっと涙目になっているぞ?
またしばらく他の人が職業を得ていく様子を見た後、とうとう俺が職業を得る番になった。




