76 治癒
裏路地から呼びかけた男について怪しいパブのような店に入っていく。(グレートハウンドは町の外へ出るよう命令した)薄暗い店内にはガラの悪い男女が溜まり、俺たちをにやにやと薄ら笑いながら眺めている。呼びかけた男は俺たちを先導し、店の奥の部屋に招く。その部屋に入ったとたん、外の喧騒がぴたりと消えた。どうやら防音の魔法がかかった部屋の様だ。男が振り返る。色黒で、賢そうで上品な雰囲気をまとった若い男であった。
「すぐに彼女を治しましょう。その代わり、貴方には私達に協力してもらいたい」
有無を言わさぬといわんばかりにまっすぐ俺の目を見据えて男が言う。俺に選択肢は無かった。
「ああ。何でもする。頼む、ナナミを助けてくれ」
男は頷くとナナミの腕に青く輝く宝石をかざした。
『魔石に秘められし生命の風よ、今彼女に眠る原初の血潮を醒まし起こせ。マーブルヒーリング』
実体を持たない星のような光が宝石から出たかと思うと、ナナミの腕に吸い込まれていった。すると青白かったナナミの体に生気が戻ってきた。か細かった呼吸が回復し、男が言葉の通りナナミを治癒してくれたことが分かった。
「もう彼女に命の危険はありません。もう半日も寝ていれば目も覚ますでしょう」
男がふぅ、と額の汗をぬぐう。
「ありがとう・・・ありがとう!感謝します」
俺はナナミが助かったことと男への感謝で涙をぼろぼろと流した。
「いいえ。こちらも貴方を利用するつもりですから、感謝される筋合いはありません」
「ああ。俺にできることなら何でも言ってくれ」
男は緊張した顔になる。
「・・・まずは自己紹介しましょう。私はオザスポーク、賢者です。貴方はトキワ、こちらの女性はナナミですね。もう一人、ルリリという少女も一緒ですね。私はこの町の腐敗を正すために活動している『ワクチン』という組織のリーダーです」
「『ワクチン』!?要はレジスタンスですか。・・・俺達にその一員となれというのですか」
「ええ。貴方達の噂は我々の耳に届いています。既に複数の町々の危機を救っているそうですね。貴方達、いえ貴方の力を見込んで我々に協力してもらいたいのです」
俺は心の中で呻いた。いつの間にか俺達の話が伝わっているらしい・・・。魔王にももう俺達の存在が知られているかもしれないな。
「・・・その前に教えてほしい。どうしてお前たちは俺がその『トキワ』だと分かった?名札を背負っているわけでもない。いくら何でも見つけるのが早すぎないか?」
「・・・我々は貴方達がやがてこの町に訪れると踏み、この町にやって来る冒険者の情報を高値で買い取っていました。マッチという少女に覚えがあるでしょう。彼女はよく貴方達のように町に来た冒険者とパーティを組んで、情報を聞き出し我々にその情報を売ってくれました。彼女は我々の仲間ではありませんが、近頃はそうして生計を立てているようでした」
「・・・なるほど。つまりマッチは俺たちを売ったというわけか」
「そう考えるのも無理はありませんが、そうでもしないと彼女のような弱い者は食べていけないほどこの市が腐敗しているということなのです」
「俺達がこの町に来るときに荷物を盗られた。どうやらコスモス・ラビットの治安は相当悪いみたいだな」
「ええ。強盗、放火、暴行、賄賂、強姦、殺人。あらゆる犯罪の温床です。今となっては旅人は一刻も早くこの町から出ていかれた方が賢明でしょう。しかし、ほんの数年前までは少々ガラが悪い程度で、陽気で活気のある素晴らしい街でした。観光で訪れる老夫婦などの旅人も多かったのです」
「一体どうして今のような状況に?」
オザスポークはちらりと部屋のドアが閉まっていることを確認し、息を吐いてコスモス・ラビットが腐敗した経緯を説明し始めた。