71 新たな旅立ち
エンサエヌエー町に残された物資にはなるべく手を付けたくなかったため、わずかな食料と水だけを補給して旅を再開する。
俺達は心身ともに疲れ切っていたが、これ以上この町に留まろうとはだれも言わなかった。憂鬱な気持ちを移したように空までが薄暗くなってきた。乾燥地帯を抜け森に入る。もうすぐ次の町へ到着するというところで、雨がしとしと降ってきて俺達のコートを濡らす。このコートには樹脂が塗られており雨を弾いてくれる。近くに雨宿りできる場所もないので俺たちは雨にさらされながら町へ急ぐ。
道中雨に強いスライムたちに襲われたが、ナナミの魔法により撃退した。それにしても、モンスターに遭遇する頻度が増々多くなっている。幸いにもそのほとんどがスライムやゴブリンのような低級モンスターであるが、偶にオークやガーゴイルも見かける。
「あっ荷物が!!」
突然背後の気の陰から何かが飛び出してきて手荷物をひったくられた。犯人の姿は一瞬のうちに茂みの中に消えたが、あれはモンスターではなく間違いなく人間の後姿だった。
「ちくしょう、追うぞ!あの中には旅費と食料が入っている!逃げられたら終わりだぞ!」
人間のひったくりに襲われたことに少々衝撃を受けたものの、すぐに立ち直り後姿を追う。
「くっ速い。なんて走りだ」
前方の人物はまるで空中を飛ぶかのように木々の上を渡って俺達との距離を広げていく。
『我が内に眠る力よ氷雪となりて我の矛となれ!氷ノ槍!』
ナナミの魔法が発動し、数本の氷槍が空中の犯人に殺到する。今に命中すると思われたが、犯人はあきれるほど軽やかに身を翻し氷槍を躱す。しかし一本だけ避けきれず背中をかすめる。
「うぅっ!」
犯人が一瞬ふらつくがそのまま風のように走り俺達との距離を広げていった。今度こそ俺達は犯人を見失ってしまった。ナナミが悔しそうに言う。
「悔しい!得意な炎魔法さえ使えたらあいつを捕まえられたのに!」
「雨が降っているとはいえこんな森の中で炎魔法は危険だ。仕方ないさ。それに殺さないように手加減していただろう?」
ナナミが頷く。やっぱりか。まあ、こうなってはなるべく早く次の町で金と食料を補給するしかない。俺たちは赤グレートハウンドに乗って一気に森を駆け抜ける。最初から乗らなかったのは、俺の体力が持たないからである。マラソンでの走りで最初から全力を出して走らないのと同じで、あくまで必要な時に使うからこそ効果的なのである。レグンド港町に行ったときのような何日も酷使する方法はなるべく使わないに越したことはない。これから先どんなモンスターにふいに出くわすとも限らないのだから。
赤グレートハウンドに乗って30分ほど走ったところでようやく目的の町に到着した。もう日が落ちようとしているにもかかわらず、まるで町の中だけ昼間のように明るい。数え切れないほどの街灯が石造りの道に立っており、多くの人々が往来している。これまで見た中でも飛びぬけて豊かな町であることが分かる。
「想像よりもずっときれいな町だ。ここがコスモス・ラビット・・・。ついにここまで来た」