69 虚無の町㉓
「そして」
サンバムが話を続ける。
「アークスターが呼び出したのが、悪魔の中でも最上級の一人、『蠅の王』だったわけだ。蠅の王はアークスターの望み通りスリーエイト村から生き物を消し去った。ところが、だ。悪魔ってのは願いをかなえるために対価を支払うものだろう?蠅の王ともなれば当然その代償はでかい。通常ならアークスターの存在そのものすら対価にならない。だがアークスターは研究によって触媒と独自の魔法体系により不可能を可能にした」
サンバムは天才だろ?と言わんばかりに誇らしげにアークスターの業績を語る。確かに善悪を抜きにして考えればアークスターの成しえたことは偉業と言う表現すら小さく思えるほどのものである。
「どうやったのかって?アークスターは召喚の際に自分と蠅の王とのつながりをあえて弱くして召喚したんだ。まあ、本来難しいことなのだが、多くの希少な魔石やアーティファクトを触媒に用いることで可能にしたわけだな。しかも誰にでもできるわけじゃない。召喚士としてのレベルが4以上ないとそもそも異界への交信ができないからな。奇跡みたいな才能で己の願いをかなえたんだ!」
ただし、とサンバムは続ける。
「いくら天才アークスターでも一人では不完全な召喚士しかできなかった。どうしても魔力が足りなかったのだ。だからスリーエイトという小さな村一つ消し去っただけで終わった。まして俺はアークスターほどの才能もないから、蠅の王を召喚するためにはちょっと工夫する必要があったわけだ。最近、魔王軍があちこちの町を侵攻しているだろう。俺はそこに目を付けた。モンスターから守ってくれる神獣を呼び出す儀式と言って、町長にとりいった。傑作なのは、誰も俺のいうことを全く疑いもしなかったことだ。A級冒険者の言うことだったこともあるが、よほど魔王軍に襲われることが不安だったのだろう。ははは。ありがとう、ありがとうと言ってすぐに皆が飛びついた。そうして俺は蠅の王の召喚に成功したというわけだ。」
サンバムは興奮して頬を紅潮させて熱く語った。ナナミが体を震わせる。
「く、狂ってるわ・・・。あなたも、アークスターも。・・・スリーエイト村に、エンサエヌエー町に、どれだけの人がいたと思っているの!?アークスターがどれだけ苦しんでいたのかは分からないけれど、あなた達は多くの人の幸福を理不尽に奪ったのよ!この町だって、何も知らない子供たちが悪魔に食い物にされて・・・ストントとヤーサだって、これからどんなに幸せな未来が待ってるかって、きっと夢見てこの町に来ていたのよ!それを・・・許せない!」
サンバムは道端に落ちている空き缶を見るような目でナナミを見る。
「ナナミちゃん、どうやら君は少しずれているよ。君は多くの人の命が失われたことに憤っているようだが、俺は『人が多いから』人を消したいんだ。さっきそう言っただろう。俺は君達も含めて他人のことなんて全くもって興味ないんだ。だから何人死のうが全く心は痛まないね。君だって、モンスターを殺すときに心を痛めないだろう?俺はそれが人間も同じなだけさ。アークスターもきっと俺と同じ考えの持ち主だったんだと思うぜ」
「・・・わたしには、あなたの考えを理解することは出来ないみたいね。ただ、あなたがこの世界にいてはいけない人間だということは良く分かった」
話は終わりとばかりにナナミが魔法を発動させる。
『わたしの血、わたしの魂よ、荒れ狂う炎の怒りとなりて敵を吹き飛ばしなさい!業火竜!』
途端にサンバムの周りにナナミの怒りをそのまま顕現させたように巨大な炎の竜巻が出現しサンバムを包み込む。ナナミがギュッと拳を握りしめると、竜巻がサンバムを中心にその渦を狭め火力が増大する。
「ナナミちゃん、聞いていなかったのかい?」
渦の中からサンバムの声がしたのかと思うと強烈な冷波が炎の渦を吹き飛ばす。