65 虚無の町⑲
蠅の王が去った後、俺はへたり込んだ。ずっと蠅の王のプレッシャーに当てられ続けて全身に疲労がたまっていた。ナナミとルリリは呆然としていたが、すぐに夢から覚めたかのように正気を取り戻した。
「皆さん、ご無事でなによりです。特にトキワ、あなたが無事でよかった。本当に間に合ってよかったです」
ガブリエールがその端麗な顔にほっとしたような笑顔を浮かべる。
「あ、ありがとうございます。・・・あとほんの少し貴女が来るのが遅ければ俺たち全員やられていました。貴女には借りができるばかりです」
「借りだなんて、とんでもない。私は主から与えられた使命を全うしたにすぎません。異世界の住人が別の世界の住人を傷つけるのはご法度ですから。今回のようにベルゼブブのような者が召喚された場合、私たちは特別な力によって駆けつけるのです。しかし、どうしても私たちが駆けつけるまでにタイムラグがあり、今回のように多くの犠牲が出てしまいます・・・」
心底悔しそうにガブリエールが歯噛みする。正気を取り戻してガブリエールの話をじっと聞いていたルリリは得心がいった顔をする。
「なるほど!蠅の王がこの世界に滞在できる期間が短いのは魔力切れのせいじゃなくて・・・」
ガブリエールは頷く。
「ええ。彼らは魔力切れなど起こしません。私たちがすぐに追い返すからです」
俺は一つ先ほどのガブリエールと蠅の王とのやり取りで一つ引っかかっていることがあった。
「ガブリエール。俺たちを助けてくれたことには本当に感謝しています。だけど蠅の王が俺たちと町の住人を天秤にかけた時、たった4人の俺たちよりも数千人はいたこの町の人たちを助けようとするべきじゃなかったでしょうか」
ガブリエールは悲しそうな顔をする。
「ええ・・・私としてもつらかったです。あの場で戦争を起こせば全員死ぬのは間違いなかったので私は貴方たちか、町の住人のどちらかを選択しなければなりませんでした。貴方たちを見捨てれば確かに蠅の王は町の住人をこちらに引き渡したかもしれません。しかし貴方たち3人は過去にこの町の人々と同じか、それ以上の命を救ってきました。そしてこれからももっと多くの命を救うでしょう。・・・それに、もし町の住人を助けていたとしても結局同じことですから」
「同じこと?どういうことですか」
「私たちが彼らを天の裁きによって断罪します。罪をかぶった者は死刑になっていたでしょう」
俺はガブリエールが何を言っているのかわからなくなった。
「ちょっと待ってください。この町の人たちが一体何をしたっていうんです!?」
ガブリエールが告げた言葉に俺は衝撃を受けた。
「この町の住人こそが蠅の王を呼び出した犯人です」