62 虚無の町⑰
まず目に入ってくるのは真っ赤なイチゴのような色をした大きな目だ。深黒の体躯からまるで浮いているように見える。3マートルほどの虹色の翅が淡い光を発している。王を守る迎撃蠅の音がブブブブブブブと周囲に響く。あまりにも予想外の光景に俺たちは絶句する。蠅の王が俺達に語り掛ける。(蠅の王に声帯があるかはわからないが、とにかく言葉が俺達に『伝わった』)あまりにも優しすぎる声色はかえって恐怖を煽る。
「サンバムさん。お久しぶりです。挙動が少しおかしかったので調べてよかったですね。以前から怪しいと思っておりましたがやはりあなたはまだ私の子を『入れて』いないのですね。・・・かわいそうに。すみませんね、すぐに入れてあげますからね」
口調は優しいが俺たちの恐怖を心底楽しんでいるのが伝わってくる。表情はないがその目が笑っているのが分かる。
「そして、そちらの方々はずいぶんと変わった組み合わせですね。・・・ファントムモンスターと、人間2人ですか。おや?そちらの男性はずいぶんと変わった力を持っているようですね」
蠅の王が俺達に語り掛けるたびに俺は目の前の巨大な蠅に心酔したくなる気持ちが強まっていく。俺だけではなく他の3人も同様のようで、抵抗しているようだが警戒の気持ちが弱まっているのが分かる。
俺は理性を振り絞って蠅の王に向かって言う。
「どうして・・・。赤スケルトンに目を向けているはずじゃ・・・」
蠅の王は相変わらず優しい声色で話す。
「そうですか。貴方の力であの魔物たちを生み出していたようですね。あのスケルトン達ならもうとっくに殲滅済みです。たとえ戦闘方法が変わっても、同じ相手なら一度戦闘経験を積んだ私の子たちの方が強かったようですね。前回の襲撃で何者かがこの町を攻めてきているのはわかりました。自然発生的な戦闘にしては抵抗がなさ過ぎましたからね。問題は誰が、というところですが、最初は現魔王かと思いました。しかしまさか人間の仕業だったとは予想外でしたよ。素晴らしい力をお持ちですね。是非その力、私がもらい受けたい」
俺は愕然とする。赤スケルトン達が負けるのが時間の問題であることはわかっていたがまさかこれほど早いとは計算外だった。
「・・・っ!ルリリ、ナナミ!逃げるぞ!」
そう言って二人の方を見ると、二人は完全に戦闘態勢を解いて棒立ちしていた。
「残念ですが、そちらの方々はすでにチャームに掛けてあります。貴方とサンバムさんにはもう少し聞きたいことがあるのであえてチャームを抑えていますが」
蠅の王の声は相変わらず優しく慈悲に溢れていた。