59 虚無の町⑭
「いたっあそこよ!」
いち早くルリリが店主を見つけた。店主は依然と同じ場所で店を構えていた。俺たちは客を装って近づいた。
「すみません。オレンジジュース3つください」
俺たちは周りから見て不審に思われないよう商品を注文すると、いかにもジュースが用意されるのを待っているかのような仕草をしつつさりげなく店主に話しかける。
「・・・おじさん、この町で異常が起こっていることがわかりますね?」
そのとたん店主の顔が驚きの表情に変わったが、はっとしたようにすぐに元にもどる。俺たちにジュースを渡した後、平静を装った声音でさあ、今日はこれで店じまいだ。と出店を片付け始める。何も言わずに帰るのかと思いきや、小声で俺に話しかけた。
「ついてこい」
俺たちは静かに彼の家について行く。店主の家は割と新しい感じの家で、落ち着いた外装をしていた。彼は何かを警戒するように周囲を見回し、自分が入れるぎりぎりだけドアを開けて中に入る。ドア越しに俺達に言う。
「お前らも俺みたいに入れ。絶対に蠅を入れるなよ」
やはりこの店主はこの町の異常に気がついているらしい。当然俺たちも家の中に蠅を入れないように注意して入った。
家の中は外側からは想像がつかないほど異質な空間だった。家の隙間と言う隙間に土と粘度が詰められ、徹底して密閉された空間であった。俺たちがあっけにとられていると、店主が俺達にオレンジジュースを持ってきてくれた。
「まあ、中に入って座りな」
店主はテーブルにオレンジジュースを置くと椅子の一つにどかっと座った。俺たちも席に着くと、店主が早速俺たちに質問を投げかける。
「おう、まずは自己紹介しようか。俺はサンバム。お前らはちょっと前にこの町に来たんだよな。俺の店に来てくれたこと、覚えてるぜ」
「俺はトキワ、こっちはナナミとルリリです。やはりサンバムさんもこの町が蠅の王に支配されていることにお気づきなのですね」
「蠅の王?確かにこの町はおかしくなっちまったがよ。そんな名前聞いたことないぞ」
人間の間では蠅の王は知られていないので、サンバムさんが知らないのも無理はない。俺たちはかいつまんでこの町に起こった出来事を説明した。
「なるほどな。お前らこそ、よく生き残れたな。新しく町に入ってきた人間はみんなマークされてすぐに肉にされちまう。この町の人間はみんないかれちまったよ。あいつらまるで別人のように人を食らいやがる」
「・・・おそらく体内の蠅の幼生のせいでしょう。町中の人間がすでに体を支配されているようです」
「幼生っていうと・・・蛆が体にいるってのか?・・・おいおい、一体何の冗談だよ」
そう言ってサンバムさんは背もたれに体を預け、両の手のひらで顔を覆った。
「サンバムさんは操られていないようですね。どうしてあなただけ正気なのですか?」
「ああ、・・・ついこの間のことだ。俺は冒険者なんだが、依頼を完了して町に戻ると、町中の人間が倒れてるんだ。いったいどうしたことだと思っていると、倒れた人の耳から町中をとんでいるあの蠅どもが出てきてどこかへ飛んで行ったとたん町の人達が何事もなかったように起き出したんだ。・・・それからというものみんなおかしくなっちまった」
「サンバムさんが帰ってきたときちょうど町が襲われていたのでしょうね。早く帰っていても遅く帰っていてもサンバムさんの命は無かったでしょう」
「ああ、なるほどな。遅く帰っていたら俺の中に蛆が入っていないことが分かるからか。・・・畜生!絶対にあのでかい蠅のせいだ!よくも俺の町をめちゃくちゃにしやがって!!」
サンバムさんは怒りをあらわにして机を叩く。
「でかい蠅?蠅の王を見たのですか!?蠅の王にはチャーム効果があるようなのですが」
「あ、ああ。俺は召喚士だからな。モンスターからの誘惑にはある程度耐性があるんだろう。まあ、一目でやばいやつだと分かったからすぐに逃げたのがよかったんだろうがな」