53 虚無の町⑧
「町の人たち・・・何とか助けられないのか?」
俺はルリリに尋ねる。不気味だと思っていた町の人々だが、事情が分かれば何とか助けたいと思った。ルリリは深く考え込む。
「・・・残念だけれど、卵を産み付けられた人間を助けることは不可能ね。今頃あの子たちの体中に蠅の幼生が這いずり回っているでしょうから。あの町全体はもう蠅の王の領土も同然よ。諦めた方がいいわ」
「そんなのって・・・!」
ナナミが悲痛な声を上げる。ルリリもそんな彼女を見て辛い顔をした。
「何だってそんなことになったんだ!くそっ・・・神獣?そんなのどうしたらいいんだ!?」
ルリリは以外にも簡単に答えた。
「『何もしない』。これが一番よ」
「何もしないだって!?どういうことだ?」
「言葉通りよ。まあ、正確に言えば、『何もできない』だけどね。神獣は本来この世界の住人じゃないわ。だから神獣がこの世界に留まるには膨大なエネルギーが必要なの。彼らがこの世界にいられるのはせいぜいあと1~2日ってところね」
「そうか、ならばこの町以外に被害が広がる心配はしなくていいのか。・・・ちょっとまってくれ、この町の人たちはどうなるんだ?」
ルリリは沈黙する。その沈黙は言葉よりも雄弁であった。
「・・・そこまでは分からないわ。でも、間違いなく不幸なことになるわ」
やはりそうか。愚問だった。蠅の王の幼生が体内にいて無事に済むわけもない。
「くっ知れば知るほどとんでもないな・・・蠅の王は何が目的なんだ?」
そこでルリリが首を振る。
「蠅の王は自分の勢力を増やそうとしているだけ。問題は蠅の王を召喚した奴の目的よ」
「召喚した!?そ、そんなことが可能なの?」
ナナミが驚いて聞き返す。俺も耳を疑った。あの強大な存在を召喚などできるのかと。
「私が知っているのは、通常の召喚とは違って従属関係を作るものではないってこと。神獣を従えるなんて、できっこないもの。召喚士はあくまで異界門をつないだだけ。それだって並みの召喚師にできることではないでしょうけどね」
「ゆ、許せない!町中の人をよくも・・・絶対に犯人を捕まえてやるわ!」
ナナミが唇を噛みしめる。
「ええ、そうねナナミちゃん。でも、今は待つ時よ。蠅の王が異界へ消えるまでこの辺りで待ちましょう。」
ルリリが言う通り、ここで蠅の王が消えるまで待つのが安全で正解の道だと思う。だが、俺は町に居るはずのある人物を思い浮かべた。
「・・・まだだ、まだやれることがある」
「どういうこと!?」
ナナミが尋ねた。
「覚えてるか?俺たちがインサエヌエーで会話した人のことを。ストント、ヤーサ、あと一人いたよな?」
ルリリとナナミが記憶をたどる。
「ジュース売り場の店長!」
「ああ、あの人は確かに正気だった。だから、まずはあの店長に会いに行こう。ひょっとしたらあの店長はまだ卵を産み付けられていないかもしれないし、召喚士のことを知っているかもしれない」
ルリリとナナミが頷く。ルリリが加えるようにつぶやく。
「・・・もしくは、あの人が蠅の王を召喚した犯人かもしれないわね」