45 地の女王
アラクネに案内されてレイニーリング・ブライマーは歩いて行く。次第に洞窟がひんやりとした空気に包まれていくのを感じた。洞窟の壁面が次第に湿気を帯びてじめじめとしていく。
とうとう最奥の間の前に来る。現魔王にして強大な魔力を持つレイニーリング・ブライマーをしてそこにいる魔物の気配は思わず足を止めさせるほどであった。
「歓迎はされていない、か・・・当然だな。入るぞ」
そう言って魔王は最奥の間に入る。そこにいたのはこのコロニーの主にして最強の魔物の一角とされる通称『地の女王』、アラクネマザーである。醜悪としか形容しようのない造形は見るものに強制的嫌悪感と恐怖心を抱かせる。裕に10マートルはあろうかという巨躯は通常のアラクネと異なり蜘蛛の下半身に人型の上半身が合体したような姿である。その顔には中央に大きな目がついており、顔に比べて明らかに大きすぎる顎と口を持つ。
「あらこんばんわぁ。現魔王とやらがこのマミィに何の用かしらぁ」
「地の女王よ」
「マミィとお呼び!」
アラクネマザー、マミィは怒りの形相で現魔王の言葉を遮る。レイニーリング・ブライマーはため息を吐く。
「マミィよ。お前たちには私の傘下に入ってもらおう」
「ギッシシシシシ」
マミィは聞くものを不快にさせるような声で笑う。
「マミィたちが、お前の下に降るだって?ふざけるな、ここで殺してやろうかぁ?」
地の女王の勢力は魔王軍をもってしても簡単には倒せない戦力を持っている。仮に倒せたとしてもかなり大きな犠牲を伴うことはレイニーリング・ブライマーも分かっている。当然地の女王も自身の勢力が魔王軍より勝っているとは考えてはいないが、それでも傘下に降れと言われ黙って従うわけにもいかないのだ。
これは二人の王の、自分の勢力の未来を賭けた交渉なのである。
「私がここへ一人で来たのは敵対する意思がないことを示すためだ。今ここでお前と戦う気はない。もちろんただでとは言わない、人間との戦争が終結した折には十分な報酬を約束しよう」
「いくら報酬があろうとなんでお前なんかに従わなけりゃならないんだい!?お前みたいな偉そうなやつはマミィは大っ嫌いなんだよ!」
「譲歩しているのはこちらだ。・・・もし従わないというのなら仕方がない。ここは一度帰り、改めて魔王軍を連れてまたここに来るとしよう」
ここで更に殺し文句を言う。あらかじめ他の魔物勢力の情報を得るために惜しみない力を使っていたレイニーリング・ブライマーだからこそ得られた秘中の秘の情報だった。
「まあ、帰る前にお前の愛娘ユユくらいは消して行こうか?」
ここで地の女王は初めて現魔王に戦慄を覚える。絶対に外に漏れないようにしてきたアラクネ族の秘密。娘にして次期女王のユユの存在までこの魔王に知られているという事実に。
そしてそこまで知っているということは、この魔王には自分の勢力の情報が筒抜けであり、ユユを殺害される可能性が確かにあることを意味していた。次期女王は女王が生涯で一人しか産めず、決してその存在、居場所を敵に知られてはいけないのだ。次期女王が死んだアラクネのコロニーは原理的に全滅を免れない。逆に言えば、次期女王さえ無事ならばアラクネは再興できる。地の女王がレイニーリング・ブライマーに対して啖呵を切ることができたのも、たとえ彼女自身殺されても一族が滅びるわけではないという前提での行動である。
「・・・分かったわぁ。ユユのことを持ちだされたら仕方がない、お前に力を貸すわぁ。でも、傘下になるのはだめよ、そんなのはマミィだけじゃない、アラクネ族の矜持に反するもの。アラクネマザーとしての誇りに賭けてそれはだめ。同盟関係で手を打って頂戴」
「いいだろう。・・・交渉成立だな」
地の底で二人の王が盟約を交わす。魔王軍とアラクネマザー軍がそれぞれの主権をむやみに侵さないという条件で同盟が結ばれた。形式上互いの立場は平等である。しかし、細かい条件などはやはり魔王軍にとって有利なものとなり、それはそのままレイニーリング・ブライマーと地の女王との力関係を示すものであった。