4 期待の道中
「よう、ただいま!トキワ、エリー!元気にしてたか?」
大柄の筋肉質な男が馬車に乗ってこちらに向かってくる。ちょっと悪そうな顔をしたこの男が俺の父レイモンドだ。エリーというのは母の名である。
「おかえりなさい。あなた。こっちは変わりないわ」
そういって母は父と軽く抱擁を交わす。父は俺の方を見て、嬉しそうに目を細めた。
「トキワ、ただいま。18歳の誕生日おめでとう。お父さん嬉しいぞ。キリ町でダイダイヤ伯父さんもお前を待ってるから、向こうに着いたら誕生会しような」
キリ町とはこの村(チュウ村という)から最も近いところにある町で、俺の成人の儀式が行われる予定の町だ。
「お父さん、おかえりなさい。久しぶりにダイダイヤ伯父さんに会えるのが今から楽しみだよ!」
「じゃあさっそく出発しよう!準備はいいか?」
「いつでも平気だよ!」
「よしっ!」
父がぴしゃっと鞭を振るい馬車を走らせる。町へ通じる道をなぞるように俺たちは町へと向かった。
この世界の文明は地球でいうとおおよそ中世ヨーロッパといったところで、高度な科学技術のようなものは発達していない。科学が発達していない分魔法が発達しているということなのだろう。
例えば電子文明がないため、冷蔵庫はこの世界に存在しないが、氷属性の魔法で代用できる。冷蔵庫と氷魔法はそれぞれ一長一短あるが、この世界ではそれによって生活している。氷属性の魔法が使えない者は冷蔵庫の代わりに天然の氷や川の水を使って冷やすしかない。そのため氷魔法使いはそれだけで商売になったり、メイドや結婚パートナーとしてかなりの需要がある。
俺が電子文明を広めるのはどうだろうか?・・・いや、冷蔵庫を知っているのとそれを作れるかはまるで別の話で。
―――――
「ちっスライムの群れがうろついていやがる。数が多いな。エリー、頼めるか」
「わかったわ。あなた」
母は呪文を詠唱する。
『我が内に眠る力よ雷となりて我の矛となれ・・・雷撃!』
ズッガガガーンッ!!
激しい閃光が母の手元から飛び出しスライムの体内のコアまで到達し、それをまとめて打ち砕く。コアを砕かれたスライムたちはゼラチン状の体が溶けてドロドロの液体となった。
母エリーの職業は魔法使いであり、スライムのような物理攻撃に強い軟体のモンスターと相性が良い。逆に戦士である父レイモンドは相性が悪い。スライムを倒すためにはスライムのコアにダメージを与えなければならないが、そのためにはスライムのゼラチン質の体に剣を突き立てコアまで到達させる必要がある。それがなかなかに難しいらしい。父曰く、
「倒そうと思えばできるが、群れとなるとちょっと骨が折れる」
らしい。そこでこのような場合は魔法使いがまとめて倒してしまった方が危険が少なく簡単である。
一方俺はというと、情けないが馬車の荷台で両親の戦いを見ていた。というのも、職業を得ていない人間は戦闘力皆無といってよく、スライムのような下級モンスター一匹すら倒すことはできないからだ。むしろ戦闘に参加でもすれば確実に父や母の足手まといになる。父や母がスライムの攻撃を受けたところでほぼ無傷であるが、職業を持っていない今の俺は、スライムの攻撃を一度受けただけでも致命傷を受ける。それほど職業を得て能力が向上した恩恵は大きく、得ていないのと雲泥の差なのである。例えるなら一般人とボクシングのヘビー級世界チャンピオンくらいの差がある。
父レイモンドはゴブリンなど道中のモンスターをほとんど一人で倒していた。C級冒険者としての能力を遺憾なく発揮し道中危険は全くなかった。時折さっきのようなスライムなどが出た時は母エリーの魔法により倒した。とはいえこの調子で移動すると町までは丸二日かかるため、この先の森の中で野営しようということになった。
夜になり森で野営中に父が話しかけてきた。
「トキワも成人したらこんな風にモンスター退治を手伝ってもらうからな」
母も笑いながら言う。
「そうね。トキワならきっとすごい冒険者になれるわ。小さなころからとっても頭がいいんだもの。きっとすごい魔法使いや精霊使いになれるでしょうね」
「いやいや、わからないぞ。俺の子だから戦士になるかもしれない。ははは、もしそうなったらお父さんがトキワに戦士としてのイロハをみっちり叩き込んでやる」
そういって父は笑いながら夕食の干し肉を食らった。母はあまり肉を好まないので少しの干し肉と、蒸かしたいもをたくさん食べていた。俺も父に倣って干し肉をちぎりながら食べていた。干し肉はこの世界では馬の肉がポピュラーであり、ビーフジャーキーのような味で俺はこの味が好きだった。
俺は冗談めかして言う。
「でも、できれば召喚士や賢者のようなレアな職業に付ければ一生安泰な生活ができるんだけどなあ」
「ははは、お前がもし召喚士にでもなれば、それこそ引っ張ってでもお父さんと一緒に冒険について来てもらうぞ」
父は笑ってそう言ったが、本当にもし俺がそんな職業についたらきっと両親は俺の好きにさせてくれるのだろう。父も母もそんな性格なのはよくわかっている。逆に俺は本当にレア職につけたら、この両親の助けになりたい。きっと父と同じ冒険者になるだろうと思う。俺は前世の家族よりも断然今の家族が大事だった。前世の家族から冷たくされていた分、今の家族がどれほど幸福なものか実感していた。
「お父さんについていったらきっと武闘派召喚士になっちゃうよ!」
「みっちり鍛えてやるから覚悟しておけ」
母は二人を見てにこにこしながら揚げいものスティックをかりかりと食べていた。
野営により父と母が交代で不寝番をした次の日の朝、森林の中を進んでいる中ついにそのときが来た。がらがらと馬車を進めていた父が突然何かを察知して顔が険しくなる。
「これは・・・まずいぞ!グレートハウンドだ!!」