38 レグンド港町の死闘⑥
『モンスタークリエイト!』
俺は西門に到着するとすぐに黒スケルトンを500体生み出し、密集させて魔王軍に突撃させる。
「トキワ、いくら強化されたスケルトンでもこれだけのモンスターを倒すのは無理じゃない?」
ナナミが不思議そうに言う。
「倒さなくていいんだ。まずは『圧』で魔王軍を押し返す!」
俺の言葉通り黒スケルトンの波に襲われた魔王軍の一帯は波に流されるように後退する。ひとまずレグンド軍と魔王軍の間に空間が空く。
「第二波だ!『モンスタークリエイト!』」
俺は空いた空間に黒スライム100体を生み出す。時間稼ぎが目的の俺の戦術はとにかく俺のモンスターの壁で魔王軍をレグンド軍と町から引き離すことだ。
ナナミは魔法で敵軍中に遠距離攻撃し、確実にダメージを与えていく。ルリリは飛行モンスターや、俺のモンスターの隙間をすり抜けたモンスターを狩っていく。
そのときだった。急に周囲の温度が数度上がったような気がした。
魔王軍の方から、ブウウウゥゥゥウンと空気が震える音が聞こえた。見ると魔王軍のボスであるキマイラの様子がおかしい。ライオンの頭と蛇の尾が怒りに燃えた形相でこちらをにらむ。その時突然ライオンの口が裂けたかと思うと、けたけましい音を発した。それは鳴き声というよりむしろ意思を持った『声』のようであった。お前を殺す、と純粋な殺意をぶつけられたようだ。しかもキマイラのたてがみが逆立ったかと思うと、一本一本に魔力が欠陥のように張り巡らされ、白から金色に染まっていく。キマイラはその黄金のたてがみをなびかせ前に出てくる。
キマイラは周囲に球状のフィールドを張った。熱で空気がゆがんで見える。黒スケルトンの波がキマイラに襲い掛かるが、炎がチョコレートを溶かすよりも容易く、フィールドに触れた瞬間黒スケルトンたちがドロドロに溶けていく。
キマイラは何事もなかったかのように黒スケルトンの波を突破し、黒スライムの波へと進んでいく。しかしキマイラはそれも意に介さない。その深緑の瞳は静かに俺を捉えたまま離さない。
「黄金のたてがみ、深緑の瞳。あれは・・・キマイラじゃないぞ!キマイラを統べる者、キマイラロードだ!」
俺の後ろで老将が叫ぶ。・・・西方の将だ。確か、名前はバルドだった。
「キマイラロード!?キマイラじゃないのか?」
「ああ。昔、話に聞いたことがある。あいつはキマイラが膨大な魔力を得てより上位の格に進化したものだ。もはやA級モンスターの強さをもっておる。・・・この町に勝てる人間はおらん」
「なんだって!?」
俺がバルドの説明にに驚いている間に、詠唱を終えたナナミのフレイムボールがキマイラロードに直撃する。しかしキマイラロードのフィールドはフレイムボールすらも焼き尽くすほどの火力で押し返し、ついにフレイムボールが消失した。それはキマイラロードのフィールドの魔力がフレイムボールの魔力を上回っていることを如実に示した。
キマイラロードはそのまま黒スライムの波に衝突する。結果は予想通り。黒スライムは中央に巨大な穴を空けたまま絶命する。無人の野を行くが如くこちらへ一直線にキマイラロードがやってくる。
(くっまずい!俺たちの攻撃が全く通用しない。どうする?)
俺は頭をフル回転させるが、目の前のモンスターを足止めする方法が思い浮かばない。
(奴の狙いは俺みたいだ。俺がグレートハウンドで逃げ回れば奴は俺を追ってきてくれるか・・・?)
もはや作戦ではなく希望的観測だが、それに賭けるしかないと俺は目くらましにまたモンスターの壁を創り出そうとする。そのとき目の前が暗転した。
『ドキン』 『ドキン』 『ドキン』
一瞬意識が遠のき激しい動悸が起こり膝をつく。一度にあまりに多くのモンスターを生み出しすぎたのだ。体中が熱くなりまた意識を失いかける。
(だめだ・・・ここで気を失えば俺たちは全滅してしまう、絶対に・・・まだ・・・)
今度は猛烈な吐き気に襲われる。たまらず吐くが、次は体中が寒さで震える。俺は直感的に死を悟る。それでも最後の力を振り絞ってモンスターを生み出そうとする。
そのときだった。
「トキワ!もうやめて!死んじゃいや!」
俺の背中を抱きしめ泣く人がいた。ナナミだった。ルリリもこちらに駆け寄る。
「ナナミちゃんの言う通りよ!大丈夫よトキワ!あなただけは私が守るわ!」
「ルリリちゃん。お願い。黒グレートハウンドに乗ってトキワを連れて逃げて。ここはわたしが時間を稼ぐ」
(何を言ってるんだ、止めてくれ)
「・・・分かったわ」
(俺のせいじゃないか。やめてくれ、二人こそ早く逃げるんだ)
ルリリが俺を持ちあげグレートハウンドに乗せる。キマイラロードは逃がさないとでも言うようにこちらへ走る。
『わたしの血、わたしの魂よ、荒れ狂う炎の怒りとなりて敵を吹き飛ばしなさい!業火竜!』
ナナミの渾身の魔力が込められた業火の竜巻がキマイラロードに向かって殺到する。ダメージこそないがキマイラロードの視界が妨げられキマイラロードが歩く速度を落とす。怒りに燃えるキマイラロードの目がこんどはナナミを捉え、彼女に向かって走り出す。もはや彼女の死は避けられないようであった。
完全に途切れそうになる意識の中で、俺のためにその身を犠牲にしようとしているナナミと両親の姿が重なった。
(お願いだから、もう二度と、大切な人を失わせないでくれ・・・!!)
『ドキン』
その時俺の体から光が放たれた。