37 レグンド港町の死闘⑤
「トキワ!」
俺達が左方の魔王軍を削っている時、上空から声が聞こえた。見上げるとグリフォンにまたがった前軍の将軍であるメイルハントさんであった。俺は空へ声を張る。
「どうされましたか!何か異変でも!?」
「ああ!実はキマイラ含む魔王軍の一部がレグンドの西から攻めてきている!君たちにすぐ向かってほしい!後軍からも援軍を寄越すが、そっちは時間がかかる!」
俺ははっとする。確かに魔王軍の手ごたえがなさすぎると思っていたからだ。ボスがいないのならそれも頷ける。
「俺たちに足止めして欲しいというわけですね!分かりました!すぐに向かいます!」
「感謝する!私は一度前軍へ戻って隊列を整える!」
そう言ってメイルハントさんは前軍の方へ駆けていく。将軍が長い間持ち場を離れるわけにはいかないのだろう。緊急事態でなければこうして彼が飛び回ることなどあり得ない。
俺たちは一瞬顔を見合わせ、戦場を逆走して行く。左翼の将である暗黒騎士ガランとすれ違いざまに声をかける。
「すみません!一時ここを離れます!」
「おう!事情はさっき聞いてたぜ!すぐに行ってくれ!俺たちの町を頼む。こっちは任せろ!」
――――――
俺達は風のように戦場を駆け抜けレグンド港町の中に入り西へと黒グレートハウンドを走らせる。
町の中から大勢の人々の悲鳴が上がっている。多くが老人や子供たちだ。人々が避難してくる流れに逆らって俺たちは走る。もはや一刻も残されていないようだ。
――――――レグンド港町西門―――――――
「隊列を整えるんじゃ!戦士と格闘士は楯を持って敵の攻撃に備えよ!弓兵、魔法兵は敵を十分に引き付けて撃て!」
齢68になる老将の戦士バルドは西軍に指示を出しながら、前方の魔王軍と自分の軍には大きな力の差があることに気がついていた。こちらの数は1000人ほどしかおらず、魔王軍と対峙するにはあまりに小さな軍であったからだ。戦術云々の話ではなく、単純に個々の力で上回られるため魔王軍の数に圧殺される。
さきほどバルドが遣わした伝令を聞いて、あるいは前線の誰かがキマイラがいないことに気付いて、アリ―シアが急いでこちらに援軍を寄越してくれるのを期待するしかなかった。・・・援軍がここまで間に合うとは到底思えないが。
それでも、町の人々が避難するまでの時間稼ぎならできるかもしれない。
(まさか、よりにもよって前線にも配備されないわしのような老兵のところに攻めてくるとは。じゃが、あきらめるわけにはいかん。ここが突破されれば町の子供たちが皆殺しにされてしまう。子供たちのためなら、わしの残り少ない命などいくらでもくれてやる)
「・・・それならば、この命捧げること、本望じゃ」
そっと独白したまさにそのとき、魔王軍が押し寄せてきた。
バルドは戦士らしく最前列で敵を迎え撃つ。
「ガシュッ!」
彼のバスタードソードが前方のオークを切り伏せる。老いたとはいえB級冒険者らしくモンスター達を次々となぎ倒していく。
しかし、ハーピーとガーゴイルが2匹まとめて彼に襲い掛かる。頭上から攻撃され、さらに前方から押し寄せる敵からの攻撃に対応しきれなくなる。次第に生傷が増えていく。前方からオーガが石斧を振り下ろす。バルドは死ぬ気で剣を上げ、奇跡的にそれを受けきるが、その衝撃にたまらず膝をつく。間髪入れずそこにガーゴイルが攻撃を仕掛けバルドの片目をえぐった。
「ぐっ」
熟練の戦士らしく悲鳴こそ上げなかったが思わず苦悶の声がもれる。前方からゴブリンとオークがバルドに止めを刺しに来る。バルドはそのとき死を覚悟した。
そのときだった。
『モンスタークリエイト!』
突如大量のスケルトンが波となって目の前のモンスター達を押し返す。見るとバルドの目の前に6頭のグレートハウンドと、それに乗る青年達の姿がそこにはあった。
自分たちの前に立ち、魔王軍を迎え撃つその姿はバルドが幼いころ憧れた、『勇者』そのものだった。