32 侵攻の跡
「これは・・・」
俺たちは町があったと思われる場所に立つ。そこにはボードケイク町の残骸があった。かつて人々の営みが存在した証に焼けこげあちこち破壊された家々だけが残されており、虫けらが瓦礫の隙間に住みついている。人のものとみられる骨片があちこちに散らばっている。焼けこげた肉の残骸が骨にこびりついている。
「ひどい、ひどいわ」
ナナミは恐怖と悲しみの表情を浮かべる。その手には子供の小さな骨が握られている。思わず身震いする。老若男女関係なく、モンスターの群れに襲われた町はこうなるということだ。しかも死体の多さを見るとこの町は住民の避難すらろくにできなかったのだろう。その結果がこの虐殺である。
ルリリだけはやはり表情を変えず冷静に周囲の状況を確認していた。
「・・・この町を襲ったのは魔王軍でしょうね。スケルトンのように、魔族が自発的に人間を襲ったにしては魔物の種類が多すぎるわ。ゴブリン、オーク、コボルト、弱い魔物ばかりだけど、かなりの数の死体が転がっているわ。魔王軍相手に、相当持ちこたえたようね。それでもさすが普通の人間たちでは防ぎきれない数だったようね」
「ルリリ、その軍がどっちに行ったか分かるか?」
「ええ。・・・痕跡からして、こっちよ」
そう言ってルリリは西を指す。
「追いかけるつもり?」
「ああ。こいつらをこのままにするわけにはいかない。それに魔王軍ならすこしでも戦力を削っておくべきだ」
「私たちのことが魔王に知られるかもしれないわ。そうしたら狙われるようになるわよ」
「それでも良い。遅かれ早かれ分かることだ。それよりこの町のような惨状を作らせないことの方が大事だ」
「・・・そうね。貴方はそうよね。分かったわ、あなたに従う」
ルリリにとって人々が襲われることはどうでもいいのだろうが、それでも俺の気持ちを尊重してくれている。ナナミが口を開く。
「西か、西には何の町があったかしら・・・あっ、レグンド港町!」
ナナミがはっとする。
「まずいわ!レグンド港町が侵略されたら海産資源が途絶えるわ。しかも海路が閉ざされるから他の輸入物資もここらに届かなくなる。このままだと、多くの人が飢え死にするわ!」
「どうやら既にかなりまずい状況みたいだ。すぐにレグンド港町に行って対策をたてないと大変なことになるな」
俺たちは大急ぎでレグンド港町に向かわなければならない。しかし、ここからでは休まず走ってもレグンド港町まで4日はかかる。ボードケイク町の残骸の様子を見ると、魔王軍がここを発ってからそう時間は経っていないようだが、俺たちの足では魔王軍を追い越して先にレグンド港町に着けるかは疑問である。
・・・あまりこの手を使いたくはなかったが仕方がない。
『モンスタークリエイト!』
俺たちの目の前に漆黒の体毛と真紅の目を持ったグレートハウンドが出現する。高ランクのモンスターらしく、今の俺では5頭生み出すだけで体力の限界であった。
昨日から俺がグレートハウンドを生み出して旅をしなかったのは二つの理由がある。一つは、両親の仇であるグレートハウンドを生み出すのがためらわれたから。
「・・・・・・」
ルリリがグレートハウンド達を見ながら複雑な表情をする。そう、二つ目の理由はまさにルリリである。命を狙われた相手、それも同族に乗って旅ができるだろうか。
従って俺はこれまでこのモンスターを移動に使うことをしなかった。しかし、もうためらっている場合ではないだろう。何千人もの人々の命がかかっているのだから。
「ルリリ。辛かったら無理にこいつらに乗らなくてもいい。こいつらは、ルリリの命を狙ったやつらとは違うが、それでも嫌だろうからな。レグンド港町を救ったらすぐに戻ってくるから、一度ニーリ町に戻っていてくれてもいい」
しかし、ルリリは首を振って意を決したように言う。
「いいえ・・・大丈夫よ。トキワやナナミちゃんの身に危険があるのに、私が行かないわけにはいかないもの。一緒に行くわ」
「ルリリちゃん・・・ごめんね」
ナナミが後ろからルリリを抱きしめる。ルリリは悲しい目をしながら黙ってグレートハウンドの一頭にまたがった。
「分かった。ありがとう、ルリリ。じゃあすぐに出発だ!」
俺たちは荷物を二頭のグレートハウンドに乗せ、自分たちは一人ずつ3頭のグレートハウンドに乗って西に進んだ。