31 魔王レイニーリング・ブライマー
「魔王。ピネヒールを陥落した。我々の領土はこれで前魔王のころの1.5倍にまで拡大している」
ケンタウロスにしてはめずらしい赤毛の魔王軍師団長ドレインが魔王に吉報を報告する。数多の魔族の中でも気高い戦士の一人であり、以前一騎打ちの末敗北した相手である魔王に忠誠を誓っている。
「そうか。次はレグンドを落とせ。あそこは良い港があると聞く。陸生の同胞を運搬するのに絶対に必要となるだろう。ピネヒールの要塞化と人奴隷の運用は任せる。補給路は確保しておけ。人間との戦争は近いからな。弱い同胞たちは大挙して人間の村や町を襲っているようだから、しばらくは時間が稼げるだろうが」
魔王レイニーリング・ブライマーは部下に指示を下す。弱肉強食を基本方針とした魔王軍の大幅な強化により、ほぼ無敵と化した魔王軍は周辺の町や都市を次々と撃破していった。魔物たちにとって現魔王の治世は厳しいものであったが、結果を伴っているためになかなかどうして多くの魔物の支持を得ていた。
魔王軍の中でも最強の部隊の一つと言われるのが、前衛ミノタウロス・ケルベロス、後衛ケンタウロスのA級モンスターと言われる魔物のみから構成される部隊である。この軍は魔王直轄の護衛軍であり、開拓軍と呼ばれる人間の町に侵攻するための軍は各師団長が統率している。
レイニーリング・ブライマーは息を吐く。彼は魔王として実に順調であった。しかし、彼は常にどこか冷めた目で自らを見るタイプであった。
「順調だ。まったく滞りない。計画通りにいけば王都ライトブロードが陥落できるようにわが軍の増強が完了する。・・・だが、順調すぎないだろうか。人間の都市をこれだけ簡単に落とせるのであればあの弱い前魔王ですら同じことが可能であっただろう。やはり、今後人間たちの反撃があるとみて備えたほうがいいだろうな」
そういってレイニーリング・ブライマーは兵糧の確保と練兵を徹底させる。勝利による驕りは弱肉強食の頂点に位置する魔王には微塵もなかった。
「前魔王は弱いながらもほぼ全ての同胞の統制はできていた。私のやり方は弱い者にとって不満の出るものだから、反乱は警戒すべきだろう。人間の反撃と、弱い同胞の反乱。もし不安要素があるならこの二つか・・・?」
レイニーリング・ブライマーは自己にとって障害となり得る要因を慎重に分析する。しかし、どちらも彼にとって最悪多くの犠牲を払いこそすれ、致命的な傷を負わせ得るものではない。驕りも慢心もしないが、事実彼にとって本当に脅威となることなどないはずであった。
―――彼が『勇者』の存在を知るまでは。