30 グレートハウンドとの戦い
「次に向かうのはボードケイク町だ。このペースなら明日には着くだろう」
地図を確認して俺は言う。ニーリ町からボードケイク町へは山と山の間にある森林地帯を通過しなければならない。俺たちは黒ホーンラビットとゴブリンを周囲に展開して歩いている。白装束の女と出会ってからは俺たちは細心の注意を払いながら歩いている。
「白い服の女、いないわね」
ルリリがふーっと息を吐きながら言う。
「それにしても、一体何者だったんだろう。グレートハウンドの間で何か知らないか」
「いいえ。あんな女聞いたこともないわ。私が南下してきたのもここ最近の話だから。ただ、あんなに目の前の敵を怖いと思ったのは初めて。あの女がその気ならきっと全滅だったでしょうね。もう二度と会うのはごめんよ…」
ルリリは暗い顔で身震いした。
「でも、わたしたちは運よく生き残ったわ。どうして逃げきれたのかわたしも分からないけれど」
ナナミの言葉に頷く。
「そうだな。やつは人型だったが普通の人間には見えなかった。もしかしたらルリリのようにファントムモンスターだったかもしれないな」
俺の言葉にルリリが同意した。
「そうかもしれないわ。もしそうならあの女は間違いなく私より格上の魔物ね。少なくとも、今の私には絶対に勝てない」
少し暗くなった雰囲気を紛らわせるようにナナミが言う。
「まあ、これ以上考えても何も分からないでしょうし。トキワの索敵もあるから、とりあえずは大丈夫よ。それより今日は少し豪華な食事にしようかしら。みんな疲れたでしょうから、精のつく料理を作ろうかしら。」
「おおっそれは楽しみだな!」
俺たちはその日も歩き続けて、日も落ちてきたので森の少し開けた場所で野宿することにした。
薪の火が周囲を照らす中、俺たちは夕食を食べる。
「ナナミちゃんが作ってくれる料理はいつも美味しいな。私この肉料理大好き」
ルリリはそう言ってバターのかけらを乗せて焼かれたシカ肉にかぶりつく。バターのとろけたいい香りがシカ肉のジューシーな食感と絶妙に会う。これは本当に美味い。ナナミは持っている料理のレパートリーが広くて食材が少なくても飽きにくく美味しい料理を作ってくれる。もともと宮廷仕えなどを目指していたこともあり、料理の腕前は俺よりもはるかに高い。旅の道中の料理が美味いことがどれほど良いか、旅に出るまでは考えたこともなかった。
そのとき周囲を警戒していた黒ホーンラビットが俺に異常を知らせる。ルリリも何かを察知し警戒をする。
「トキワ!ナナミちゃん!気を付けて!」
俺たちはついに白装束の女が現れたのかとすぐに警戒態勢に入る。しかし、暗闇に目を凝らすとすぐそれが違うことが分かった。森の奥から見覚えのある目が除いている。あの赤い目だ。木の陰から赤い目がこちらを覗いている。月の明かりに照らされたその姿を見て確信した。間違いようがない。グレートハウンドだ。
グレートハウンドたちは暗がりから20体ほど現れ、俺たちをあっという間に取り囲んだ。これはどうやら逃げきれないようだ。グレートハウンドの中でもとりわけ大きな一頭がこちらに話しかけてきた。こいつが新しい長なのだろう。どうやら怒りに染まっている様子だ。
「ルリリ!ようやく見つけたぞ。こんな所までやってきているとはな!俺様の女になることを拒んだばかりか、よりにもよって人間と一緒に暮らしているなど我が一族の恥さらしが!もう貴様など同胞とは思わん!そこの人間と一緒に八つ裂きにして骨も残さぬわ!」
ルリリはしゃべりかけたグレートハウンドに冷たい視線を向ける。
「お前たちと私はもう関係ないわ。私は命を救ってくれたトキワたちの仲間。お前たちが私たちに危害を加えるというのなら、こちらこそ同胞とは思わない。遠慮なく敵として戦うだけよ」
どうやら、こいつらは元ルリリの仲間らしい。だが、それ以上に俺にとっては大事なことがある。
「おい!お前らは最近キーリ町の近くの森に居たグレートハウンドか?」
グレートハウンド達が俺の方に視線を向けた。その中の一匹が思い出したように話す。
「ああっ!お前は、あの時の人間の子供か。ハハハ、お前の親に足止めされたせいで逃がしてしまったがこんなところで会えるとはなぁ。せっかく命がけで逃がしたのに残念だったなあ?親は美味かったぞ。すぐにお前も腹の中で会わせてやるよ。」
その言葉に俺は怒りで我を忘れそうになる。もうその言葉で十分だ。絶対に許さない。皆殺しにしてやる。
ナナミもルリリもそれぞれ怒りの表情で戦闘態勢に入る。ナナミが先手をとった。
『わたしの内に眠る力よ氷の守護を持ってわたしたちの敵を退けなさい!氷ノ長盾!』
ナナミが俺たちの周りに複数の氷塊を生み出す。氷塊を背にすることで俺たちの死角が狭まる。ナナミは続いて呪文を唱える。
『我が内に眠る力よ氷雪となりて我の矛となれ!氷ノ槍!』
氷槍がナナミの前に発現し、前方のグレートハウンドに殺到する。しかし、グレートハウンドは難なく避ける。グレートハウンドはニヤニヤしながら言う。
「そんなのろまな攻撃など俺たちにはかすりもせんわ」
「くっ」
ナナミは悔しそうに唇を噛む。B級モンスターに囲まれるといかにレベルアップした魔法使いでも一筋縄ではいかない。ルリリも単独の戦いならまだしも、これほど多数の敵相手は勝ち目がないだろう。俺が生み出せるどのモンスターもこれだけの数のB級であるグレートハウンドに勝てるものはいない。まさにお手上げだった。
・・・いや、ニーリ町を窮地に陥れたあのモンスターの力ならこのピンチを乗り越えられるかもしれない。
『モンスタークリエイト!』
俺は1500体の黒スケルトンを生み出す。雑魚モンスターだけあって他のモンスターとは比べ物にならない規模の数を生み出せた。俺は黒スケルトンたちに一斉に周囲のグレートハウンド達に襲い掛かるように命令する。黒スケルトンたちは数の暴力でもってグレートハウンドをその波に飲み込んでいく。しかし、いくら数が多くても所詮雑魚モンスターであるのでいずれ突破されるのは見えている。少しくらい手傷を負わせてもすぐに回復してしまうからだ。だが、黒スケルトンたちはまさにその身を壁にするようにグレートハウンド達の動きを止める。俺は直ぐにナナミの方を向く。
「ナナミ!今だ!最大火力の魔法を打ち込め!」
「わかってるわっ」
ナナミはそう言うが早いか詠唱に入る。
『わたしの内に眠る力よ業火となりてわたしの敵に鉄槌を下しなさい!炎撃!』
今までに見たことのないほど巨大な炎の塊が黒スケルトンごとグレートハウンド達を焼き尽くしていく。スケルトンにまとわりつかれながら焼かれていき次々とグレートハウンド達が絶命する。いや、さっきの体の大きな一頭だけが黒スケルトンたちを振り払い怒りの目でこちらに飛びかかってきた。不意を突かれたため回避が遅れた。死を覚悟した時、ルリリは横からそいつに飛びかかっていきその喉笛を切り裂く。ルリリは息を吐く。こうして、俺とルリリは因縁に決着を着けることができた。
ルリリが俺たちの方を向いて言う。
「ついにやったわ。トキワ。ナナミちゃん。どうもありがとう。貴方たちがいなかったらこいつらに私は殺されていたわ。改めて、二人は命の恩人よ」
「いや。俺は自分の因縁もあったからな。俺の方こそルリリとナナミに助けられたよ。ありがとう」
「よし!これで後顧の憂いなしね!心置きなくボードケイク町に向かえるわ!」
こうして俺たちはまた一つ障害を乗り越えてライトブロードへと歩みを進めた。