29 迷い
「それにしても、あんなに多くのスケルトンが襲ってくるなんて新しい魔王は本気で世界を変革しようとしているみたいね」
ルリリはそう言った。彼女が「侵略」ではなく「変革」と表現したのは、人間と魔族の立場の違いをよく表している。ナナミが同意するように言う。
「そうね。こんな規模で魔物と人間が争った記録なんてここ数十年なかったわ。しかも、町長が言うには北方から魔物たちが次々と南下しているらしいから、この先の町の状況も心配ね」
「ああ。今回は俺たちでなんとかできたが、これがスケルトンでなくもっと強いモンスターだったらと思うとぞっとする」
俺は自分の言葉に何か引っかかるものがある気がした。ルリリも何か思うところがある様子でしばらく歩いていたが、俺の方を見て言う。
「トキワ。・・・もし、スケルトンよりも、もっと強い魔物の大群が町を襲っていたら、それでも、その町を助けに行くの?」
俺はどきりとした。
「知らない人間のためにトキワやナナミちゃんが命を危険にさらすのは・・・いや」
「・・・」
俺はすぐには答えられなかった。ルリリの気持ちも正しいと思ったからだ。俺だって、ナナミとルリリを命を落とす可能性が高い戦いに巻き込むのは、絶対に嫌だ。そもそも俺自身、本当にそのときになって死地に飛び込むことができるのか?見ず知らずの他人のために。・・・何のために?俺はいつからそんな格好のいい奴になったんだ・・・?
(・・・いつから?)
そのとき、俺が前世で生きていたころを思い出す。誰にも必要とされない、なぜ生きているのか分からない日々。俺は、もう・・・
「俺は、助けに行くよ。もちろん、ナナミもルリリも巻き込まれて欲しくないからそのときについて来てほしいなんて絶対に言わない。でも俺は、この人生を賭けて、本当の勇者のような生き方がしたいんだ」
そう。そうなんだ。ここで逃げちゃいけない。必ず後悔する。二度と、そんな生き方をしちゃいけないんだ。前世とは違う、自分が正しいと思う生き方をしたいんだ。
(どうせ一回死んだ命だしな)
「トキワは凄いわ。そこまで言いきれるのね。・・・わたしはそのときどうするか、分からないわ。ニーリ町の時だって、命がけじゃない、いざとなればわたしたちなら自力でスケルトンの群れから脱出できると思ったから戦いに加わった部分が、正直に言ってなかったわけじゃないわ。トキワについていっただけ・・・それなのに英雄扱いされて。我ながら、ずるい女ね」
「いいえ。ナナミちゃんがそう思うのは当然よ。私はニーリ町がどうなってもどうでもよかったわ。知らない人間の町が魔物に滅ぼされたところで何も思わないわ。人間が魔物の群れを大勢で殺しているのと同じことよ。私もトキワが助けようとしなければ間違いなくあの町を放っておいたでしょうね」
「そうだな。ナナミの気持ちも、ルリリの言っていることも良く分かる。俺は決してナナミが言うほど良い人じゃない。それにルリリの言う通り、ナナミは決してずるい人じゃないと思う。現にナナミはそう言いながら、危険を顧みずあれだけ多くのスケルトンと戦ったじゃないか。ナナミは本当の意味で強い人だよ」
ナナミこそ俺なんかよりよほど人間ができていると本気で思う。俺は一度死んでいるから開き直ってそう思えるだけなのだ。18歳の女性が他人のために命を張ることが、当たり前のことなわけがない。ナナミのような素敵なが女性が彼女でいてくれて心底幸せに思う。
「ルリリも、その気持ちはよくわかる。見ず知らずの、それも自分たちと敵対している生き物のために自分の命なんて投げ出せるものじゃないだろう。それは当たり前だと思うし、だれもルリリを責めようなんて思わないさ」
「それでも、これだけは言っておくけど、私はトキワのためなら命を捨てられるわ。あなたはグレートハウンドである私の命を救ってくれたもの」
「ありがとう。俺もルリリのことを本当に大切に思っているし、優しくていい子だと思ってるよ。この話をしてくれてありがとう。おかげ俺の中の迷いが晴れたよ」
俺たちはそれぞれの思いを抱きながら、ライトブロードへの道を進んでいく。これから先迷うことも逃げ出したくなることもあるだろう。それでも、ナナミとルリリが傍にいれば、俺は本当の勇者らしくなれるような気がした。
俺は物語に出てくるような、根っからの勇者というわけじゃない。そんな上等な人間じゃないだろう。それでも、だからこそ、少しずつでいい。前世のような無気力な自分からは少しずつ変わっていきたいと思う。それでこそ、またいつか俺が終わる時、二回目の人生を送ってよかったと、前世では生きている意味すら分からなかった自分がそう思えたらいいと思う。