20 赤眼の少女
女の子が倒れている。黒髪で、薄汚れた格好をした13,4歳くらいの子だ。肩に大きな爪痕がつき、そこから出血していた。女の子は苦悶の表情を浮かべている。俺はすぐに彼女に駆け寄り、町へ連れていこうとする。しかし、彼女は拒否のしぐさをした。
「だ、だめ。やめて、町に連れていかないで」
「何言ってるんだっ、すぐに病院に行かないと死んでしまうぞ!」
「大丈夫・・・肉、肉を頂戴・・・」
はあ?と、俺は困惑する。
「お願い!早く!」
あまりの勢いで訴えられたので、俺は携帯食料の燻製肉を小さくちぎって少女の口元にあてた。その瞬間少女は燻製肉を咀嚼もそこそこに飲み込む。
「ま、まだ・・・もっと頂戴・・・」
俺は再び彼女に燻製肉を与える。少女はそこで少し楽になったように呼吸を整えた。苦痛に耐え、ぎゅっと閉じていた目を開き、こちらを見た。その目は大きく真紅であった。どこかでその赤色に見覚えがあるような気がした。そしてその思わず吸い込まれそうな瞳が、もっと。と俺に訴えかけているのが分かる。
結局燻製肉だけでなく俺の持っていた全ての食料が彼女の口へ吸いこまれた。途中から気付いていたが、食べ物が彼女の口に入るたび傷口が塞がっていく。俺は彼女の正体に気付く。
「君は・・・ファントムモンスターだな?」
沈黙。無表情の彼女情からは何を考えているのかさっぱり読み取れない。
「―――はい。私たちは人間からモンスターと呼称されます。私たちの間では魔族と呼びますが」
モンスターには、稀に他の種族の姿をした個体が生まれることがある。この個体は幻の存在、ファントムモンスターと呼ばれる。ファントムモンスターは同種族である仲間のモンスターの姿にも変身することができるが、生まれついた他の種族の姿が「本当の姿」であり、仲間のモンスターの姿は「変身した仮の姿」である。加えてファントムモンスターは仲間のモンスターの特徴と他の種族(つまり自分の生まれ持った姿の種族)の特徴を併せ持ち、大抵の場合他の個体よりも強くなる。しかしながら、ファントムモンスターに生まれついた以上、2つの真逆の道のどちらかを歩むことになる。一つは仲間から迫害される道、もう一つは仲間から神聖視される道である。
「仲間からその姿で迫害されたのか」
「・・・いいえ」
違うのか。神聖視されたにしては身に着けている衣類はぼろぼろで傷だらけだったが。
「じゃあ、どうしてこんなところに倒れているんだ?仲間はどうした」
「私は、以前は仲間からとても大事にされていました。私も自分がファントムモンスターであることを理解し自分がそうであることを嬉しく思っていました」
どうやらこの子は神格視されていたようである。でも、あの日すべてが変わりました。と少女は続ける。
「あの日は私がメスとして成獣になった日でした。突然群れの長が私にいいました」
俺の子を産め、と。
「私は嫌でした。あの粗暴で野卑なあの長が嫌いだったからです。生まれつき他より強かった長は群れのきれいなメスたちを強引に手籠めにしていきました。私は特別だったので乱暴されることはありませんでしたが、そのやり方ははっきり言って嫌悪感しかありませんでした」
少女は思い出すだけで不愉快というように眉をひそめながら語り続けた。
「私が断ると、長はついに我慢の限界に達したのか私を痛めつけ屈服させようとしました。私は何とか長から逃げ、追ってから逃れ、ここにたどり着いたのです」
「ちょっとまって、おかしくないか?ファントムモンスターである君は神聖視されていたんだろう。長はともかく、他の者たちはどうしんたんだ」
「私たちにとって重要なのは何より強さです。私が大事にされたというより、あくまで私の遺伝子が大事にされたといったほうが正確でしょうか。私が長より強ければ別ですが、やはり群れとしては一番強い者に従うものです。次に彼らに見つかれば群れから逃げた私は確実に殺されるか長の子供を生まされるでしょうね」
「そうか・・・。ひどい長だな。じゃあ、もし良かったら俺と一緒に来ないか。人間の町に入るのは怖いと思うが、さすがにこのあたりのモンスターが町にまで入ってくることは不可能だろうから、他の人に君がファントムモンスターであると悟られなければ大丈夫だろう」
モンスターとはいえ、彼女に害意は全くないと感じ、この少女をこのまま見捨てて一人ぼっちにさせることはできないと思った。
「・・・私が生き残るためにはそうするしかないでしょうね。願ってもないことです。人間の町に入るのは気が進みませんが、よろしくお願いします」
「人間を襲うのはやめてくれよ」
「もちろんです。私自身人間の姿をしているせいか、人は食料になりません。人間の肉は受け付けないのです」
「分かった。じゃあ町に帰るから、俺の背中に乗りな」
と、まだ体力が回復していない少女をおんぶする。
「そういえばまだ君の名前と元の種族を聞いてなかったな」
歩きながら訪ねる。
「私の名前はルリリ。種族は、グレートハウンドです」
俺は固まった。彼女の黒い髪、赤い瞳が、両親を失ったあの日、木陰から俺たちを除くグレートハウンドの姿と重なった。