2 死後
気がつくとそこは俺の部屋だった。毎日寝起きするベッドから体を起こす。どうやら気絶していたようだ。しかし・・・なんだかいつもと部屋の様子が異なる気がする。違和感の正体はすぐに分かった。
『白』、『白』、『白』
部屋中すべてが真っ白なのである。ベッドも家具も服もすべて真っ白である。
(・・・・・?)
俺の目がおかしくなったのだろうか。わけのわからない状況に呆然とする。その時、突然ベッドのすぐそばから目もくらむような大きな光源が出現した。あまりの眩しさにたまらず目をつむってしまう。光源はすぐに収束した。目を開けるとそこには長い銀髪の麗しい女性が立っていた。
見た目年のころは20代後半のお姉さんといったところで、そのすべてを包み込むような優しげな瞳は(見た目は年下にも関わらず)思わず相手に母性を抱かせた。この女性は俺をその瞳で見つめながら透き通った美しい声で話し始めた。
「初めまして。主の御子よ。私は第4位天使ガブリエール。主の人差し指にして転生と終焉を司る者。・・・ええ、すみません。とまどっていますね。まずは現状をご説明します。結論から申し上げると、貴方は残念ながら命を失ってしまわれました。・・・あなたの世界に換算すると21時間前、貴方は帰宅途中で列車に轢かれ人体断裂によって即死しました」
今何といった・・・?天使?死んだ?
ショックで頭が話についていかない。ガブリエールと名乗るこの女性が語る言葉はにわかに信じ難い。当然だ。天使など、絶対にありえない存在ではないか。しかし、俺の中の常識が音を立てて崩れていく気がした。眼前の白一色となった自室と天使という異常な光景が、ガブリエールの語る言葉が真実であることを雄弁に物語っていた。ガブリエールは続ける。
「しかしながら、選ばれた人間は私の権能により転生、つまり生まれ変わらせることができます。というわけで、おめでとうございます。このたびあなたは転生者に選ばれました」
よ、よくわからないが、どうやら俺は生まれ変われるらしい。転生というのが良いことなのか悪いことなのかよくわからないが、おめでとうございます。というからにはたぶん良いことであるに違いない。しかし、ここで一つ疑問が生まれた。
「あ、ありがとうございます。でもどうして俺が選ばれたのでしょう」
自分でいうのもなんだがお世辞にも天使にわざわざ選んでもらえるような素晴らしい人生は送っていなかったと思うのだが。
「はい。まずは転生のルールについてご説明しますね。私たち天界の役割はあらゆる世界に善、公平、愛を満たすことです。そこで転生の資格を持つことができるのは、三つの条件を満たした人間のみであります。
一つ目、前世での人生に満足していないこと
二つ目、前世で善行の量が悪行の量を上回っていること
三つ目、前世で利害無しに一人以上の人間の命を救うこと
この三条件にあてはまる者を私が転生させます。善人であり、なおかつ前世で幸福な人生を送らなかった者こそ、転生にふさわしいと私は考えています。ここまでよろしいですか?」
「えっと、俺がその条件を全て満たしていたということですか?」
「はい。あなたは前世で自分の人生を悔やんでいました。また、他人の目を気にして生きてきた結果といえるかもしれませんね。これといった悪行は行っていません。むしろ日常の中で善行を積み重ねてきたといえるでしょう。そして最後に、あなたは老婦人の命を救いました。それも利害関係がないにも関わらず。以上からあなたは転生に値すると判断されました」
「善行や悪行は、時代や地域によって、いやそれどころか人によって基準が違うのではないでしょうか?」
「その通りです。その人にとって善行であればなんでも善行であります」
「それじゃあ、極端な話殺人を犯しても本人が善行だと思っていればいいのでしょうか?」
「はい。そのように基準を設けております。実際はそのような人はほぼいませんが」
「転生者は他にどのくらいいるのですか?」
「ここ10年間で転生者は3人です」
「たった3人!?そんなに少ないのですか?」
「はい。亡くなった方の中で、約半数の方は前世での人生に程度の差こそあれ満足されています。満足されていない方の中で20%ほどの方が善行をよく積んでおられる方となっています。その中で利害関係無く他人の命を救った方は1%もおられません」
なるほど、確かに3条件すべてを満たすよく考えると難しそうだな。利害関係なく他人の命を救えて、悪行より善行を積むような人が人生に満足しないのはあまり考えられないよな。
「よろしいですか?それではあなたを転生させますが、いくつか注意点があります。まず初めに、貴方が転生するのは貴方が元いた世界ではないこと。つまり異世界です。次に転生に当たってあなたの来世の才能はほかの一般人と比べてかなり異質なものとなります。転生者は我々天界の者にとって特別な存在ですので、大きな恩恵を与えられます。その才能を存分に発揮なさってください」
「もし俺がその力を悪用しようとしたら、そちらにすれば不都合なのではないでしょうか?」
「私たちの使命は主の御子である貴方たちがそれぞれ満足した一生を迎えることであります。貴方の力の使い方が『貴方にとって』悪用でも、それによって満たされると仰るのでしたら、それはあなたにとっては悪行でも私たちにとっては善行とされます。見たところ、あなたはそのような力の使い方をするようには見えませんが。」
「そんなものですかね」
「ただし、転生は二度はありませんのでどうか来世では悔いのない生き方をされることをお勧めいたします。それと、前世の記憶はそのままで転生されますのでご安心を」
「本当ですか!それは嬉しいです」
「記憶や自我を保っておられないと、転生させる意味がありませんからね。それではそろそろ転生のお時間です。心の準備はよろしいですか?」
そういって目の前の天使はゆっくりと俺の頭に優しく手を乗せた。慈愛に満ち溢れた手であった。すると俺の体が薄っすらと光を発し、だんだんと透けてきた。まるでこの世から存在が消えていくようだった。
痛みはまるで感じない。むしろこの世から解放され体が軽くなりとても心地のよい爽快感を覚えた。
―――――そして俺は転生した。




