1 プロローグ
どうしてこうなってしまったのか。
「あぁ・・・どうしよう・・・」
29歳童貞無職ニート。満貫である。20代のころはまだ人生に希望がもてた。俺の人生まだこれからなのだ。有名人の○○も、偉人の××も、俺くらいの年齢では苦労していたみたいだし、俺にだって可能性はあるさ・・・なんて考えていたこともあった。
・・・今はもう先のことは考えたくない。明日30歳になる。
大学まで真面目に勉強してきたし、就職だって上手くいったのだ。こうなったきっかけは会社での些細なミスだった。その時の俺は会社に入って間もなく、些細なミスであったが動転して上手く弁明することができなかった。
このミスをきっかけに上司に目を付けられてしまった。上司に「俺はできないやつ」というレッテルを張られてしまったのを感じた。どんな行動をしても上司に否定されるようになった。次第に会社内で俺が怒鳴られ、批判される姿が日常的に見られるようになると、その空気がなんとなく他の社員にも伝播し、会社で俺が孤立していくのを感じた。いじめというほどのことではない。どの社会にもよくある現象である。
毎日が辛かった。家に帰っては悔しさと情けなさで涙が止まらなかった。その内自分が「できない」ことが当たり前だと思えてきて涙すら出なくなる。俺の存在価値がわからなくなって、電車に乗るのが、家を出るのが苦しくなっていった。会社の友人などいない。学生のころ仲のよかった友人は仕事をするようになって互いに忙しくて会わなくなった。親はいるが、一緒には暮らしていない。俺のために何かをしてくれる親であるとも思わない。
限界だった。
ある日、課長に退職届を出した。引き止められることはなかった。
今、電柱にぶつかっただろうか。痛みがない。これは自己防衛かもしれない。心だけでなく体の痛みも感じたら、きっと俺が壊れてしまうから。
「あれ・・・?」
電柱にぶつかったからか、体からこぼれるようにして涙が溢れた。明日から再就職先を探さないとな。ハローワークに行くか。それともどこかアルバイトでもしようか。
「・・・そうだ、明日は誕生日じゃないか」
俺は小さなショートケーキを買いに洋菓子店に入った。抹茶ソースにチョコチップが乗ったケーキを買った。これを食べてまた明日からがんばろう。そう思ったらなぜかどっと全身を疲労感が襲った。・・・もう早く家に帰った方がいい。
それは足というよりもむしろ体を引きずるようにして帰宅していたときであった。
カーンカーンカーン・・・・
ふとそばを走っている線路で電車が向かってくる音が聞こえた。そのときなんとなく、何かを目でとらえた気がして、線路に目を向けた。
その光景にはっとして一気に目が覚める。
なんと老婆が線路の上にうつぶせに倒れているではないか!電車がとても停止しきれそうにない速度で迫ってきている。電車が老婆を轢くまであと10秒も残されているだろうか。
俺は走った
何も考えていなかった。瞬間的に、「助けなければ」、そう思った。
「うおぁぁぁああ!!」
線路に飛んでいき、渾身の力で老婆を引っ張る。しかし動かない。その時、老婆の服が線路に引っかかっていることが分かる。死に物狂いで服を外すが電車は目の前だった。いわゆる火事場の馬鹿力でなんとか老婆を線路の外へ押し出したところで巨大な鉄の塊が俺をつぶした。
ガッズズズズズズズグググ・・・!!!
うめき声すら上げる暇もなく、なすすべもなく体が引きちぎれ、恐怖と痛みを味わいながら俺は死んだ。