私とドーラル
朝、眠る命が目をさます。
私もそっと、目をさます。
小鳥の囀り、心地よい。
遥の潮騒、打ちしおれ。
流れゆく雲、何処へ向かうか。
私は布団に体を入れたまま、窓から覗ける雲を見つめる。
秋空の巻き雲は、広大な青空に一人いる旅人のように、青に一つだけ染まらない。
遠くから、汽車の汽笛が微かに聞こえる。
きっと初発が町に来たのだ。朝だ、朝だ。私は自分に言い聞かせ、寒い朝には重く感じるこの身をひょっと、ベットから出す。
色の深い木製の床に足をつけると、きしきし軋む音がする。私が住まう家は古い。言わずもがな、そうである。
ここ数年、私を取り巻く景色とやらは、子供の成長のように変わってしまった。
さいあいの友は、しびとになり、
見える風景は、しんでいき、
私を守るため、母は犠牲となった。
私を逃がすために。
どこか、どこか、遠くへこの身を逃がすために。
フクロウのお面をかぶった使いに、母は虚しく連れ去られた。
これは確か三年前、
あの日は清々しい程の快晴だった。
まずはこの話からしようか。
私を三年前、王都に住んでいた。今は遥か南に位置する、フランという海辺町に住んでいる。
王都にいた私は、14歳であった。
王都に住んでいた頃、たった一人、女性の友がいた。名をドーラル・コーラス・チィリスチィーチィアと言った。不思議な女性で、いつも虚ろな瞳をしていた。
何か言えない大きな悲しみを背負っている雰囲気があった。私はドーラルについて何も知らなかった。
私はドーラルを知ろうとしなかった。闇に触れようとはしなかった。
ドーラルはよく空を眺めていた。流れる雲を見るのが好きだった。
私は鳥でも見ているの?と間抜けた質問をしていたが、ドーラルは優しそうに笑顔を見せ、
「そうかもしれない」と曖昧で、拍子抜けな返答をしていた。
鳥になりたい。と大なり小なり考えていたかもしれない。ドーラルにとって、地上は行きずらかったのかも知れない。地上には窮屈な空気が満ちていた。そんな空気にドーラルは死にたいと思っていた。
ドーラルは14歳という若さにして、大人に負けず劣らずの魔法を使えた。周りの人はドーラルを褒めた。
すごい、すごい。貴方は天才……と。その言葉に意味はなかった。ドーラルが一番知っていた。
私はドーラルと二人きりで日向の草原に座った日を思い出す。
「ねえ、貴方。みんなの言葉に意味がないの分かる……」
私は少し悩みに老ける
「どういうこと…… ドーラルはみんなから褒められて、褒められて。すごいじゃない。羨ましい、私は誰にも見向きされないんだもん」
ドーラルは首を左右に振る。
「すごくないの、私は。みんながすごいからって言うからすごいの」
「結局すごいんじゃない」
「そういうことじゃないの。みんな、みんなが言うから私を褒めるから、褒めるの。誰も私を見てくれない。私に着せられた実績だけを見ているの」
「よくわからない…… けど、ドーラルは自信をもっていいと思うの」
「私はね、退屈なの。貴方がいなかったらこんなつまらない世界に、さよならを告げているわ」
「ドーラル。私のどこが気に入ったの…… 周りの人と変わりないじゃない」
「あはっ。あはは」
ドーラルは口をお淑やかに隠し、無邪気に笑う。そのドーラルは非の打ち所がないのない美しさであり、お人形のようであった。ドーラルは私の頭を触る。
「だってここに角があるじゃない。それだけで違うのよ」
私の頭には羊のように渦巻いた、龍の角が左右に存在する。
「ドーラル。それじゃ貴方の言う『私を見ている』に反しないの……」
「うん。きっと反してる。反してやまない。だけど、私は貴方が好き。好き好き大好き超愛してる、けど少し嫌い…… みたいな」
「どういうことよ」
「噓偽りもなく正直に物事を話しただけよ」
「余計分からないじゃない……」
「そういう素直なところも好きなの」
私は一拍置いて、
「そう」と答えた。
そんなドーラルの死に様はあまりにも儚い。
そう。忌まわしき日、3月10日。ドーラルは魔女狩りにあった。
その日、私はドーラルの家にいた。たわいもない話と共に、お茶をしていた。
なのに、悲劇は私を笑うかのように襲い来る。
玄関から3回、ノックが聞こえるのだ。ドーラルは扉を開けに玄関へ行く。
扉を開くと、そこにはフクロウのお面をかぶった、黒い不気味なコートを着た使いがいた。
ドーラルは一瞬身構えるが、すぐに諦め、ため息をつく。使いは腰にかけたリボルバーをドーラルへ向ける。使いの声は無機物的であった。
「手を上げろ。せねば殺す」
ドーラルは両手を上げ、無条件に降伏する。使いが乱暴に細いドーラルの腕を掴む。そして、ドーラルは椅子に座る私に、いつもの優しい微笑みを見せ、連れ去られるのだ。
私は何もできなかった。、ただ呆然としていた。
ドーラルの微笑みが脳裏に浮かぶ。そして、私は敵わぬ敵だと百も承知で追いかけた。
外へ向かうと、あまりの必死さに靴を履くのを忘れ、裸足で街を駆け抜けた。
王都は石畳の道路で、足の裏は傷だらけになった。でも、そんなものは関係なかった。
ドーラルは王都の広場に連れられていた。広間にはドーラル以外にも、三人の女性が使いに連れられ、座らされていた。ある女性は狼のような瞳で使いを睨み、ある女性は恐怖ゆえに涙していた。その中にもドーラルだけは、いつも通りの、朝の海のように穏やかであり、感情一つ見せず目を瞑っていた。
広場は何が始まるのか…… と騒然としており、民衆が一目見ようと集まっていた。
ある一室から若き国王、ピエール ド ポプキンスが現れる。民衆の歓声が巻き起こった。ピエールは民衆に向かい、爽やかな笑顔を見せ、腕を振っていた。
そして、広場に座らせた女性の前に立つと、静かになるのを待ち、静かな声から演説を始めるのだ。
「ああ、父が死んでどれだけの月日が経ったか。知っているだろう。先代国王、我が父を。
無念にもこの国を思いながら死んでいった。この国、トゥーランドット王国は我が父あらずに成り立つことはなかっただろう…… その偉業も、栄光も、ある一人の暗殺者に終止符を打たれたのだ」
ポプキンスは声を突然高ぶらせ、大きく右腕を振るう。民衆はポプキンスの演説に魅入っていた。
「そう! 暗殺者とは魔女のことだ!」
広場が騒めき出す。あるフクロウのお面をかぶった使いが、
「静粛に」と清らかに言う。
ポプキンスがもう一度、演説を始める時には、喧騒は静まり返っていた。
ポプキンスは演技くさく、声を小さくする。
「……そう。魔女だ。この国の魔女が我が父を殺し、クーデターを起こしたのだ。
父の無念は私こと、ポプキンスが晴らさねばならぬ。魔女はこの国の敵だ」
ポプキンスは指を鳴らす。使いは木々を十字架に組み立て、藁をひいた。
「魔女は裁かねばならぬ。よって始まるのだ。魔女裁判が」
使いは座らせられた女性の腕を掴み、無理やり立たせた。
十字架に手首を縄で縛られる。もちろん、その中にドーラルはいた。
十字架に縛られ、足を空中で悶えさせる女性たちに、使いは手のひらに釘を打った。
広場に痛ましい叫びが響く。
そして、ドーラルの手の平にも釘を打たれる。なのに、なのに。ドーラルは穏やかであった。
私は小さいながら、涙で潤んだ声で訴えたのだ。民衆は一斉に私を見つめる。
「私のドーラルを離して!」
穏やかであったドーラルは見せたことない張り詰めた声で、私に言い返す。
「あなたは逃げなさい! ここにいちゃだめなの!」
国王は使いに耳打ちさせながら、私に指をさす。
私は突然、押さえつけられた。見上げると、そこには母がいた。母は使いから身を隠すため、私の姿勢を低くさせたかったのだ。母は小さな声で私に言う。
「逃げなさい」
「無理よ、だって。そこにはドーラルがいるのだもの」
「そのドーラルが言ったのよ、逃げなさい……と」
フクロウのお面をかぶった使いは民衆を、稲穂の波を掻き分けるかのように近く。
母は立ち上がった。
「娘に手を出させない」
「そう。娘には龍の角がある。それは悪魔の眷属である竜亜人のものだ。貴様には角がない。故の人間である」
「私は人間よ。だから娘を守る」
母はいつまで経っても立たない私に蹴りをいれる。
「いつまでやってるのよ」
私は泣く。
母は微笑む。
その微笑みは、ドーラルが見せた最後の微笑みに似ていた。
私は母とドーラルを見捨てて、走り出したのだ。直後、背後から女性たちの叫び声が聞こえた。
熱い、熱いと。何が起きているか、私には理解できた。
轢かれた藁に火が灯されたのだ。民衆は歓喜する。ポプキンスの演説に魅了された人たちが。
3月10日。
私は愛する2名もの命を失った。
今となっては後悔している。
救えない命がそこにあったこと。
私がドーラルに頼りきっていたこと。
私があまりにも非力であったこと。
そして、二人の死を忘れることができぬまま、引きずりに引きずって、三年の月日が経ったのである。
私に部屋の窓辺には、未だに三年前、王都で撮ったドーラルとの二人きりの写真が、ご丁寧に写真立てに入れ、飾られている。またドーラルのことを思い出してしまうのだ。最後に聞いた、荒波のような声を。
私は寝ぼけた、虚ろな目でリビングへ向かう。
リビングには、タキシードを着た20歳の男性、エドガーがいる。エドガーは私に気付く。
「お嬢様、起きに成されたようですね」
「私はもう、お嬢様ではないわ。今の私は、ミヒャエル ヴォルゲムート メメント モリ。という一人の少女でしかないわ」
「僕にとってメメント様は、いつまで経ってもお嬢様です」
「……そう。でも、お嬢様と呼ぶのは控えてほしいわ。なんせ、今はリビングと、二つの部屋と、風呂場と、トイレしかない、古びたアパートの一室に住んでいるのだから。初発の電車がが気持ちよく聞こえるほど、壁もすかすかよ。三年前のような、庭付き、王都の大豪邸には住んでないわ」
「でも、お嬢様はお嬢様です」エドガーは品のある顔立ちで、爽やかな笑顔を見せる。
「都合がいいものね。でも、私の身の回りの物をやってくれことは感謝してるわ」
「いえいえ、お嬢様に言われるとは有り難き幸せです」
「……だから、お嬢様と呼ぶには控えなさい。ところで朝ごはんはあるのかしら?」
「いえ、ご用意はできていません。いつ起きるかがわからない故。できればお嬢……」
エドガーは私のことをお嬢様と呼びかけ、私は目を細くして見つめる。エドガーは、失礼しましたと一度頭を下げ、いい加える。
「メメント様には、できたての朝ごはんを食べてほしいので」
「そんな畏まらなくていいのよ。それじゃあ、待ってるわ。あなたの朝ごはん」
「ええ、美味しい物を作りましょう」
エドガーが料理を作り始めると、私は風呂場へと向かった。
脱衣所は異常に狭い。私の身長は155㎝であるが、私一人が身動きするだけでも狭く感じる。脱衣所にも関わらず窓がなく、洗面台にある大きな鏡には、光が差し込まず、顔はうっすらとしか写らず暗い。
私は人差し指にほんの小さな光魔法を作る。その光魔法は小さな丸になる。私は背伸びをし、爪先立ちになりながら、頭上の光魔法を置いた。飛ばして置くこともできるのだが、力加減を間違え、光の玉が何処へ行ってしまった経験があるため、控えるようにしている。なんせ、三年前に行われた魔女裁判から、魔法使いの扱いは下民同様となった。
この王国、トゥーランドットには色濃い身分制度が根付いている。貴族は王族に逆らえず、平民は貴族に逆らえず、下民は平民にすらも逆らえない。下民とは大罪者の一族である者がなる。下民は少ないが、それでも肩身が狭く、細長く生きているのを見かける。下民はその身分ゆえ、労働力としては最適であった。
平民でも行こうとしない鉱山での労働、身分が上の者には歯向かおうとしないため、指定されない長時間の労働、どれだけ労働に時間を費やそうとしても、給料は平民を超えることはない。その下民より、魔法使いは身分が低い。しかし、魔法使いの唯一の救いは、身分が気付かれ難いということだ。
魔法さえ使っているところを目撃されずに、報告されなければ、貴族であればずっと貴族のまま生きることができ、平民であればずっと平民のまま生きることができる。ゆえにこの国に魔法使いは見なくなった。
ドーラル、ドーラル。
貴方も魔法使いだった。それも立派で上品な、高貴な魔法使い。
私はドーラルのようになれるかな……
きっと、なれない。私は知っている。
この世界は優しくないから。
私たちに何処までも試練を与え続けるから。
今の魔法使いは私のように光を灯す時に使う程度。
そんなもの、懐中電灯があればどうにかなる。
もう、立派で上品で高貴な魔法使いはこの国にいない。
配管工を這いずり回りどぶ鼠のように、姑息に息を潜めて生きている。
裁かれないように、誰かの視線に怯え続けて。
ドーラル、ドーラル。
貴方だったらどうしてた……
貴方ならもっと格好良く生きれたのかな。
地に咲く一輪の花のように。
儚くて美しくて、枯れる時は潔く。
私はどうすればいいと思う……
私は光の灯った脱衣所で鏡を望みこむ。
金色のミディアムの髪が、頭上に光を反射する。頭の左右には、渦巻いた子羊のような、竜の角がある。丁寧に切られた私の髪は、エドガーが切ってくれた。
私は毛先を人差し指で回しながら、今日の髪の毛を考える。
考えた挙句、一番楽なポニーテールという結論に至る。私は右手で後ろ髪を束ね、紺色のゴムで髪を束ねる。髪をまとめ終えたら、服を洗濯機に投げ入れ、着替え始める。
白いワンピースに袖を入れ、腰に大きな黒い紐でリボンを作る。着替え終えると、リビングへ向かった。
キッチンではエドガーがウインナーを焼いている。後ろのトースターが焼き終えた時になる、ベルの音する。エドガーは手際良く、トースターからパンを取り出し、白いお皿に乗せる。パンの上にはチーズが乗っており、程よく溶けている。フライパンで焼いていたウインナーも白い皿に乗せる。
「メメント様、できましたよ」とエドガーは白い皿をダイニングテーブルへ運ぶ。
「ええ、いつもと同じだわ。手抜きをだけど、手抜きに見えないいい朝ごはんよ」
私は椅子に座る。椅子には緑色のクッションが置かれていて、座り心地がよい。
私はパンを口へ運ぶ。
「美味しいわね」
「当然こと」
「図々しいわね」
エドガーは話を突然切り替える。
「メメント様、今日は何処へ行きましょうか」
「そうね、今日はせっかく学校がお休みであるから、狩りにでも行こうかしら。エドガーの平日の仕事だけじゃ、この家は火の車よ。もう、日の大車輪よ」
「そこそこ僕の給料は高いのですが、馬小屋代が高くて。どうしても」
「落ちぶれたわね。昔は王都のあるお屋敷の、ある召使いだったのに」
「そてはお互い様ですよ。メメント様」
「確かにそうね。憎まれ口を叩いている暇はないみたい」
「そんなことよりメメント様、何故ワンピースをお着になされて……」
「ええ、もう秋も深まってワンピースも着れるのも今日が最後だと思って」
「寒くないのですか……」
「大丈夫よ、紺色のコートを着ていけばいいもの」
私は小さな口でゆっくり食べる。エドガーは黙々と皿を洗う。静かな部屋に水の音だけが聞こえる。
私は食べ終えると、ご馳走様。と言い、お皿をキッチンへと置いた。
壁に掛けられた振り子時計を見やる。時間は6時15分であった。暇というもには、時間を異常に長くさせる。私は余りの暇さに手のひらに光の球体を作って回す。それを見ていたエドガーは言う。
「メメント様の魔法、久しぶりに見たような気がします」
「確かにそうね。フランに来てからは金輪際、人に見られちゃいけないようなものになってしまったし」
「それに光魔法ですか。珍しいものを習得しているものですね」
「そうね。ドーラルが光魔法を使ってたから。私はドーラルから魔法を学んだから。この光魔法しか使えないのよ」
「ドーラル…… 懐かしい響きですね」
そう、ドーラルはいない。だから、懐かしい。
ドーラルは記憶の中でしか生きていない。曖昧で、崩れ落ちる記憶の中で。
「そう、光魔法を使える人が珍しいから。ドーラルは天才だったわ」
私はドーラルを知っていて、知らない。
表面上のドーラルしか知っていない。あの虚ろな瞳、穏やかな海のような性格。私は側に居ただけで、ドーラルのことを知ろうとしなかった。ドーラルは悲しんでいるかな…… 見込んだ私がこんな奴だって。未だに忘れられないで、こうやって拗ねていることに。
……私はドーラルのことを思い出す。
これは、これは。懐かしい日の思い出。
初めて、魔法を知った日のことだ。
幼気な頃の驚きというのは、誰もが忘れないものだ。
私が魔法を見たとき、長髪の少女は綺麗に舞う蝶のごとく、凛々しかった。
美しい少女の名を、ドーラルと言った。
ドーラルの煌びやかな銀色の髪に、光の粒は清き川に飛ぶ、夜の蛍のように浮遊する。しかし、ドーラルは魔法を打つことなく、やめてしまった。
木の陰からこっそりと見ていた私はもどかしい気持ちとなり、つい飛び出してしまう。
「なんでやめちゃうのよ……」
ドーラルは私が魔法を見ていた頃に驚くが、表情に出ることはなかった。
「見てたのね……」
「うん、とっても美しかった。写真でしか見たことにない、綺麗な魔法」
「そう、褒られるとどことなく嬉しいわ。ねえ、あなたはなんて名前なの……」
「私は ミャハエル ヴォルゲムート メメント モリって言うの。あなたは……」
「ドーラル コーラル チィリスチィーチィア。みんなからはドーラルか、チィーチィアって呼ばれてるわ」
これが、ドーラルとの初めての出会いである。
学校終わりの放課後、制服を着たまま私は学校の裏にある小さな山に登りたくなったのだ。そんな一つの好奇心が私に運命を変えたのだ。
王都は全面、高い壁で覆われている。王都が不思議な地形をしており、中心へ向かうほど高度が高くなっている。山の頂上には王城があり、国の絶対的象徴となっていた。
王都の住宅街や、商店街は基本、山の下にある平地に広がっている。高度の高い所にいるのは、権力を持つ、有数の貴族の家であったり、大企業の会社だったりする。教育の場である学校は、平地に建てられている。言わずもがな、学生の大半は、王都の土地の大部分を占める、平野に住んでいる。
学校の裏には何故か開拓の進んでいない、高度の高い土地がある。そこには森林があり、小道があった。
私は、私しか知らない秘境だと思っていた。
学校終わりは夕方になる。高台が見える王都は、言葉にできない美しさがあった。
走る馬車、夕日に染まる白い建物とオレンジの煉瓦、壁の奥に見える広大な草原、そんな草原に沈むまん丸な夕日。私はそんな絶景が見たくなり、山を登ったのだ。
それはドーラルと私を結ぶ、奇妙な運命であった。
私は小道を駆け抜けていた。突然、木々の隙間から光が漏れてきたのだ。見える木々は逆光で黒く見えた。
私は驚いた。これまでに経験したことがないことが起きたのだから。好奇心にかられるまま、光源となった所まで走る。木々の間から、光源となった所は、そこだけ木がないことが確認でき、広場となっていた。
広場には、そう。ドーラルがいたのだ。
私は美しく、高貴なドーラルに憧れた。
その日から私は放課後になると、絶景を見る目的を忘れ、ドーラルに会いに行った。
最初は魔法を見ているだけだった。
見ているだけで満足だった。
でも、ドーラルにとって、その行為は不満であった。
ある日、いつものように秘密基地のように存在する、木々の間に突然姿を表す、広場へと向かっていた。
私は日に日に上手になるドーラルの魔法を、丸太に座りながら見ていた。
そんな私にドーラルは近寄る。ドーラルは私の手を両手で、神に願うかのように握るが、ドーラル瞳は信仰とは掛け離れており、少し拗ねている様子であった。
「ねえ、あなたは見ているだけで満足なの……」
「うん、私はそれで満足。ドーラルが見れれば」
ドーラルは私の頭にある角を勢いよく握る。
「ねえ、これはなに……」
「竜の角だけど、どうかした……」
「私は知ってるの。この角がある人は魔法の才能があるって」
「そうなの……」
「そう、この大陸に古くから渡る書物に書いてあったの。英雄の話。竜の角が生えた男性が、大陸に訪れた魔の手から、強力な魔法で救ったて」
「そんなの、作り話でしょ……」
ドーラルは首を左右に振る。
「違う、絶対違う。私は信じてるの」
ドーラルは私と同い年であり、同じ学校であった。ドーラルのように才色兼備の女性はよく目立った。
なのに、ドーラルは私以外と仲良くしようとしなかった。だから、今までに抱いていた質問をした。
「角があるから、私に構ってくれるの……」
「違う、断言できる。私はあなたの瞳の奥深くにある純粋さ。光を知らないからこそ、闇を理解できる深海のように濃い青の瞳。私はあなたのその瞳を信じる。あなたを信じることができるから生きているの」
「よく分からない」
「私がわかっているからいいのよ」
ドーラルはにっこり微笑み、私の頭を撫でた。そして、手首を優しく握り、無理やり立たせる。
「あなたも、魔法を習わない……」
「私にできるの……」
「できるわ、私達ならば」
「そう、私もドーラルを信じる。だから期待してて」
「口だけは大層ね」
ドーラルは私に沢山の魔法を教えてくれた。今の私が電球代わりに小さな光魔法を頭上に置いたりできるのも、全てドーラルのおかげだ。まだまだ、沢山の魔法を使うことができるが、今の情勢、魔法を使うことができない。
必死こいてドーラルが私に魔法を教えてくれたのに、私は活用出来ていない。
今の私を見て、ドーラルは私の竜の角を掴み、叱ってくれるのかな……
こんなにドーラルに思いを馳せても、無駄だと知っている。この思いは届かないことは知っている。
でも、私がすがり続けるのだ。
明るすぎたドーラルの陰に。
母の柩に泣きつく子供のように。
私は窓から見える風景を放心したように見つめていると、エドガーに眼の前で手を振られる。
「どうかしましたか…… メメント様」
「気にしないで、思い出しちゃっただけよ。本当にダメね」
エドガーは何かを言おうとして、口を開くが私にかける言葉としては不完全と気づき、口を閉じてしまう。
「気にしないでエドガー。私の心の弱さが、回り回ってきてるだけよ」
ドーラルが私の影をずっと踏んでいる感覚がするのだ。
当然、私の自意識過剰というものだ。
なのに、なのに。親友であるドーラルが、私の記憶の中で、生々しい声にまま、生々しい表情のまま、生き続けているのだ。