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嘘つきは針千本  作者: 葉桜 
1/1

1、始まり

俺には、とても大事な女の子がいた。


幼稚園の頃からの付き合いで。幼馴染みというやつだ。


さらさらと流れる黒髪と、きらきらと輝く大きな瞳、華奢な体。彼女の全てが光輝いていて、まるでこの世のものでないように思われた。


俺は彼女の透き通るような声で誘われて、よく色々なところに出かけた。

活動的な彼女は、内向的だった俺に色々なものを見せてくれた。

彼女自慢の大きなカブトムシ、石飛ばしの投げ方、夕日で輝くステンドグラス...。


人当たりも良く、誰とでも仲良くなれる彼女には、女の子の友達がたくさんいたが、男っぽい遊びが好きだったために男友達も多かった。俺は彼女を通して、男友達の輪に混ぜてもらい友達もできた。


 けれど彼女は、その友達には決して”約束”を交わさないようにしていた。

 俺とだけ、よく”約束”を交わしていた。



『ウソついたら、ハリせんぼんだよ。絶対に守らなきゃダメだよ 』

互いの薬指を絡めあい、真剣な表情で彼女は言う。それは、彼女と俺を結ぶ特別な契約だった。


ある時、彼女が言った。

『ウソつきは、誰かな?騙されないように気をつけてね』

 寂しそうな微笑を浮かべながら、俺に背を向けた。


 そんな時だった。


 昨日まで俺の隣で笑っていたはずだった彼女が。


死んだ——・・・


あまりに突然の死に、本当は彼女が死んでいないのではないか、ドッキリではないかと思った。

 認めたくないほど、彼女は俺の隣にいるのが当たり前の存在だったからだ。


 でも、彼女は死んでしまったのだ。


俺に光り輝く日々をくれた彼女ーー皐月未来は、13歳という短い生涯を閉じたのだ。




                    ***

 梅雨が明け、最近まで厚い雲に覆われ太陽が差し込まなかったのが嘘のように、煌々と地面を焦がす太陽に当てられて、早くも夏の到来を実感せざるを得ない、7月に入ったばかりのこの頃。

 夏服になったばかりの制服を着た男子高校生が、学校から家まで帰る道をだらだらと歩いていた。

 普段なら夕方に学校が終わり、気温も下がる時間なのだが・・・。

 職員会議とやらで早めに授業が終了し、太陽はまだ高い位置で活動していた。

 

(なんでこうも暑いんだ・・・。まだ、教室にいたかったなーー・・・)

 暑さに弱い、クーラー人間の俺は、数分前までいたクーラーのかかった教室を思い出し、恋い焦がれる。

 まだ時間も早いからと、いつも授業が終わる時間まで教室で寝るつもりだった。

 そう思い、机に突っ伏し寝る体制になろうとしたら、「今日は会議だから、すぐに教室から出るように」と教師からの無慈悲な宣告で。今彼はここを歩いているのだ。


高校2年へと無事進級を果たすこと、約3か月。

 彼・立花仁は、変わらずの生活を送っていた。


 無骨で、厳つい見た目と元来からの無口で、感情を表だって出すことのない気質が合わさって、近寄りがたい雰囲気をまとっている。人に自分から声をかけたりすることなどしないために、高校からの友達はできず、友達はといえば仁のことをよく理解している小学生代からの二人だけであった。

 部活はメンドクサイからと、帰宅部一直線。そのことが、仁の孤立を助長しているのもある。

 しかし、本人はそんなことに悩むような性格をしておらず、とにかく一日を無事に自分が楽しむことをモットーに生活するやつであった。メンドクサイことは後回しにするか、どうにかなるか、ぐらいにしか考えない。一般的に言えば、マイペースを貫いていた。

 

 (帰って昼寝したい・・・。)

 と、大きなあくびを一つする。

 通り道にある商店街に差し掛かると、まだ夕方ではないためか、おばちゃんたちや主婦の方もまばらであり、人通りも少ない。

 いつも通るときは、人が多く行き交うために、人混み嫌いな仁にとって苦痛でしかなかったが、人の少なさが閑散とした静けさを表しており、気持ちも晴れやかになるような気がした。

 (今なら、行けるか?)

 普段の仁からは決して出ることのない、行動力も発揮されるぐらいだ。

 意を結して、ある場所へと向かうことにした。


 「いらっしゃい・・・あら、仁くん」

 出迎えてくれたのは、一人のお姉さんであった。

 「こんにちは」

 仁がぼそりと答えると、お姉さんはにっこりと笑い、

「平日のこの時間に来るのは、珍しいわね~。どうしたの?」 

「学校が早く終わったから」

そうなの、ゆっくりしていってねと言うと、お姉さんは席を外した。  

物腰の柔らかい、ふんわりとした雰囲気をまとう彼女は、臼井千歳。商店街の外れに位置する喫茶店「タルト」の現オーナーである。

レンガ式の古い外装ながら、店内は小物や装飾品を置き、今風なイメージで構成されている。

千歳と仁とは、仁が小学生の時からの知り合いであり、彼女は当時のオーナーであった祖父のもとでお手伝いをしていた。 

祖父の死によって、オーナーを継いだ千歳の店は、連日からお客さんの数が倍増していた。

それは、彼女が紛れもなくこの町一番と評される美人だからだ。スタイルもよく、性格もいい、いつもおっとりとしている彼女は、男のみならず老若男女を魅了した。

 オーナーになる以前も彼女目当ての、特に男が多かったのだが、祖父の威厳が功を制してかなかなか言い寄ることもできなかったのだろう。まあ、そうでなくても自分に疎い彼女には、男共の猛烈アタックにも気づくことはないのだけれど。

 仁は昔からよく幼馴染と共に来ていたのだが、幼馴染の死と千歳のオーナー就任による店の混雑具合によって、訪れる機会も減っていた。

 

 今の時間なら、来ている客も少ないだろうと見越した予測以上に、珍しく客は来店したばかりの仁だけであった。

 クーラーの効いているこの空間は、仁の格好の昼寝場所で。千歳の厚意もあって、ここに来るときはよく昼寝をさせてもらっていた。

 早速カウンター席へと座り、腕の上に突っ伏した。

 目を閉じ、じっとしていると、店内に流れるクラッシク系統の音楽が耳に自然と入ってくる。

 この音楽も、昔のままだとしみじみ思いながら、仁はまどろみの中へと落ちていった。



女の子の声がした。


自分を呼ぶ懐かしい声。


『仁~!仁~!!早くおいでよ』


手を自分へと振り、何度も呼びかける。

太陽のような笑顔の彼女に、思わず頬をゆるめると、 

『あーー!何笑ってるのさ』

と、今度は頬を膨らませ、怒ったような表情を見せる。


『仁ってば、来るの遅いんだから~・・・もう行っちゃうよー』

なかなか彼女のもとに来ない俺の様子にいじけたのか、足を進めてしまう。

彼女の姿が、どんどん遠ざかっていく。


追いかけたいと思った。

でも、足が動かなかった。


戻ってきてほしくて、自分は何度も彼女の名を呼ぶ。


「未来!未来!!未来ーー!!!」



店内の騒がしい声と共に目を覚ました。

4人ぐらいの男子高校生グループや50歳代のおばちゃん2人、小学生くらいの女の子を連れたお母さんの親子連れやらのお客さんが来店していた。親子組は、千歳と仲良く談笑をしている。

時間を見れば、4時半で、あれから1時間半が経っていた。

見ていた夢に抜け出せないまま、しばらくぼーっとしていると、

「仁くん、どうしたの?すごい汗・・・」

起きた仁に気が付いたのか、千歳が駆け寄ってくる。

「汗・・・?」

仁は気づいていなかったが、制服のシャツは汗に濡れていてびっしょりだった。

「暑かったの?もう少し、空調効かせた方がいい?」

「いや・・・いい」

 千歳は、ちょっと待っててねと言い残し、店の奥へと姿を消すと、再び手にタオルを持って仁のもとへとやってくる。そして、タオルをそっと手渡す。

「ありがとう・・・」

無愛想に話す仁に、微笑みで答えた千歳は、隣のいすにそっと腰を下ろした。

タオルで首元と顔をぬぐっている仁の方に体を向けると、両手を膝の上に置いてそっと尋ねる。

「悪い夢でも見たの?」

仁にとって、千歳は数少ない理解者だった。

感情が表情に出にくい仁が何も言わなくても、彼が悩んでいることにすぐに気づき、優しく気をかけてくれた。

そんな千歳につられるように、いつもぽつりぽつりと話し出すのだ。

「昔の夢を見た」

「昔?」

「・・・未来と遊んでいたときの、夢を」

「未来ちゃんと・・・」 

千歳の顔に悲しみの表情が宿る。

「未来を追いかけようと思って・・・走ろうとするけど・・・動かなくて・・・そのまま・・・どこかに行っちゃう・・・ような・・・」

「・・・・・・」

そっと耳を傾け、目を伏せる千歳。物思いにふけるかのようにしばらく黙り込むと、ふと顔を上げて、懐かしさと寂しさを帯びた顔で告げる。

「もうすぐ、3年になるのよね・・・。未来ちゃんが死んでから」

未来・・・。

 

 皐月未来。

 俺の幼馴染の女の子だった。

人から誤解を受けがちな俺をフォローし、前に引っ張っていくような子だった。

歳は同じなのに、誕生日が先だから自分が姉だと言って、よく私はお姉ちゃんだから仁を助けるのは当たり前だよと笑っていた。

そんな未来とは、幼稚園からの付き合いだった。親同士が親友なのもあり、交流も多く家族のように思っていた。小さいころから成長して中学生になっても、それは変わらず、いつも一緒にいるのが当たり前だった。

 

その中学生になった矢先だった。

未来が、事故死したと聞いたのは。

俺はその場に居合わせることができず、詳しいことはわからない。

ただ、そのことを聞かされたとき、俺の世界が白く染まり時が止まってしまった錯覚をしたのを覚えている。

未来が自分にとって、失ってはいけない片割れであったと自覚して。頭を鉄鎚で殴られるかの如く、大きな衝撃が自分を襲い--・・・

何も考えられなかった。

これからどうすべきか、そんなことはどうでもいい。

漫然とした日々を過ごせればいい。

何も考えず、何も行動せず、怠惰に過ごすことで、痛みを紛らわせるしかなかった。


・・・・・・・・・。

2人の間で、沈黙が起きる。

先に口を開いたのは、

「そうだ!私ね、新作!作ったのよ」

と、ハッとおもむろに席を立ち、どこかに行ってしまう千歳。

そんな千歳に以前にも見覚えがある仁は、冷や汗をしながら、千歳が来るのを待つ。

「仁くんっ!おまたせ」

再び姿を現した千歳は、1枚の皿を持っていた。

黄色を基調した中に縁をイラスト風の猫が彩っている、この店で使われているものだ。

その上には、いつも千歳自家製の料理が載っているのだが・・・

「・・・・・・」

「どうしたの?変な顔してるよ」

きっと今の自分は、苦笑いを浮かべているに違いない。

千歳が持ってきた皿には、デザートらしきものがあった。

しかし、゛らしき゛とあるように、見た目が少し怪しかった。


(なんだ、このドロッとしたものは...)

薄いパンケーキが土台としてある上に、生クリームが何かをかたどるように形成されており、所々にチョコスプレーやら細かく刻んだマンゴーをはじめとしたフルーツやらがばらまかれており、その周りには黒くよどんだ何かの液体が配置されている。


千歳の料理は基本的には、とてもおいしい。

カフェで出す、サンドイッチやオムライス、カレードリアなどは家庭的な味でとても評判がいい。

しかし、デザート系統になると話は別だ。

レシピ通りに作れば並み以上の味に仕上がるのに、デザートに関してだけは、独自のアレンジを加えて作るために、悪い意味で想像の斜め上の仕上がりになるのだ。


たちが悪いのは、千歳が自己流アレンジの悪評について全く自覚していないことだ。 


「料理名は...ネコたちの戯れ、だよ〜。どうぞ、召し上がれ」

続けて、前の作品よりもこだわったんだと言う千歳に、半ば押し切られる様子で仁はその料理を口に運ぶ。


ぶっちゃけ、食べられないほどの味ではない。

見た目はいつも、見事なまでにマズそうに見えるのだが、ひとまず食べられる食材を使っていることと、その組み合わせは良い。食感とかにおいとかは別として・・・。

今回もとりあえず、このうまいともまずいとも形象しづらい料理を無言でスプーンで進めていると、

「未来ちゃん・・・いつも私の新作、おいしいって言ってくれてたよね・・・なつかしいなぁ・・・」

 過去を懐かしむように、独り言をつぶやく千歳に、仁はまた思い出す。

 未来は千歳と同じ感性を持っていて、この千歳創作デザートを心の底からおいしそうに食べていたのを。そして、二人につき合わされて毎度毎度試食係をさせられていて。

 

『仁くん、私と未来ちゃんとの合作だよ!食べてみて!!』

『じーん!じーーん!!おいしくできたんだよっ、自信作っ!』

二人の仁に向けられる笑顔。

手を引かれて、テーブルにと座り、二人の”合作料理”を食べさせられる。

その味になんて反応をすればいいのか、子供ながらいつも悩んでいたものだった。


「・・・はは」

「ふふっ」

仁の口元が微かにゆるみ、渇いた笑いがこぼれる。それを見て、千歳がふっと微笑む。

仁の笑顔を見ることができて、安心したようだった。


 

                   *****


目的の夕方になったこともあり、仁は店を出た。

夕焼けが空を赤く焦がし、風がビュービューと吹いていた。来た時と違うのは、人通りが多く辺りが喧騒に包まれているところだ。

(涼しくなったのはいいけど・・・人が多すぎる・・・・)

商店街を早く通り過ぎようと、速足で自宅へと変える中、仁は幼馴染だった少女のことが頭をよぎる。


(俺は、まだ未来のこと引きづってるんだよな・・・。もう、3年も経つっていうのに・・・。)

首をぶんぶんと振り、雑念を飛ばす。

(いい加減、けじめつけないとな・・・)

未来は死んでしまったのだ。いつまでも、うじうじするわけにはいかない。

もう未来のことを考えるのは終わりにする、今度の命日で墓参りに行ってきっぱり最後だと、決意を新たに一歩踏み出した時だった。


「---!!」

血が一斉に逆流する感覚から、心臓へと血液が溜まり、体温が上昇し、心臓を両手でわしづかみにされるような、激しい痛みが仁を襲った。

苦しい・・・。息が、できない・・・。

今にも倒れそうな痛みに、気が遠くなりながらも、気力を振り絞り、なんとか路地裏へと移動する。

(ここなら、大丈夫か・・・?)

辺りに人の気配がないことを確認し、痛みに抗いながらも、少し胸をなでおろした。

救急車を呼ばれても、困るからな・・・。


仁のこの症状は、昔から定期的にあった。

しかし、病気というわけではない。だから、病院に行っても無駄なのだ。

発作が起きるたびに、こうして我慢し、耐え続けるしかない。

歳を取るごとに増してきた痛みも、最近では頻度が減っていた。安心しきっていたのが、より痛みが苦痛に感じるのかもしれない。

 


どのくらい時間が経ったかわからない。

じっとして、ようやく発作が収まろうとしたら、頭上を影がよぎった。


「あっ!!」

びっくりした女の子の声。それは、その影から聞こえてきた。

寄りかかっていた塀の向こうから、女の子が塀を飛び越え、猫のように軽やかに地面に降りようとしていたのだ。その進行方向に仁が居たために、女の子は仁を避けようと着地点をずらす。しかし、着地はできたものの、足をもつらせ仁の前方にずっこけてしまう。

「いたた・・・。失敗、失敗~」

服の汚れをパンパンと手ではたきながら、あっさりと笑顔で起き上がる女の子。

仁を振り返った女の子を見て、仁の顔は驚愕とも恐怖とも言えない表情で染まった。


(未来・・・・!?)

女の子は、亡くなった幼馴染の、皐月未来そのものだった―――


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