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第8章 -蜥蜴の氾濫-

翌日、焔は授業を聞きながらぼんやりと窓の外を眺めていた。

窓を開け、そよ風を感じながら見える景色はいつもと変わらない。

今朝のうちに、瑞乃やフェリシアたちには近いうちに動きがありそうだということは伝えてある。

かの組織の目的がなんであろうと興味はない。潰してしまえば同じだと、面倒くさがりの師匠は言っていた。

(だが、組織の全貌がわからない以上、目的という情報は必要だ…)

月華(ターゲット)の首がすぐそこにあるのに、手を伸ばす理由がないというのはなんとも歯痒いものだ。

(しっかし、つまんね〜)

初老の男性教師の要領を得ない歴史の授業が酷く退屈で、欠伸をひとつ嚙み殺した瞬間、唐突に“それ”を感じた。

「っ‼︎」

ガタッ!と音を立てた焔に周囲が驚き、隣の席のミラが小声で尋ねてくる。

(ちょっと、どうしたのよ?)

だが、ミラの言葉は聞こえているだけで、焔はもっと別のことに意識を集中する。

(上だ!)

焔は椅子を跳ね飛ばして窓から外に躍り出た。

『ええっ⁉︎』

「こら、うるさいぞ!」

教室から上がる悲鳴など耳も貸さず、風魔法を使って一瞬で屋上へと着地する。

着地の直前、教室の窓から下を見下ろすミラの頭が見えた。

屋上に出た焔が目を凝らすと、すぐにローター音を上げながらヘリが上空へやってきた。

ただのヘリではない、塗装は誤魔化されているが、軍用機の改造だと一目で見抜く。

そして、そのヘリの中から禍々しい魔力を感じる。

ヘリの扉が開き、ヘルメットを被った男がバズーカ砲のようなものを肩に担いで外へ構えた。

「させるか!」

焔が右腕から放った雷は、バズーカを構えた男から僅かに逸れたところに命中し、尻餅を着いた男がこちらに気づいて指を指して何事か叫んでいる。

(機体が校舎に墜落する!ここじゃ落とせない!)

運の悪いことに、校庭で魔法演習を行っているクラスが見える。

雷撃に気づいた生徒たちも下で騒いでいるようだ。

「魔装!」

慌てて旋回するヘリに、そうはさせじと魔装した焔が突っ込む。

ヘリとドラゴンでは速度は比べるまでもない。

中の男が閉めようとしていた扉に両手を突っ込み、無理やり外からこじ開ける。

「ぐわあっ!来たぞ!」

「なんだこいつは!」

乗組員はパイロットが2人、バズーカ砲を構えていた男が1人、銀色のジェラルミンケースを抱く男が1人だ。

「撃てっ!」

迷う事なくホルスターから拳銃を抜き発砲してくるが、竜の鱗に銃弾など効くはずもない。

カカカカン!と音を立てて銃弾は床に落ちる。

「硬いぞ⁉︎」

「くそっ!魔装!」

バズーカを構えていた男が魔装して殴りかかってくる。

しかし、殴った自分の拳の方にヒビが入り、よろよろと後退する。

『ぐあああっ!』

『こっちの番だ』

焔が右腕でよろけた男を殴り飛ばし、後方でケースを抱えていた男を下敷きにして鉄板の床を歪ませる。

殴り飛ばされた男は短い呻きと共に気絶して魔装が解け、下敷きになった男はベキベキと嫌な音を立てて血を吐いた。

「おいっ!まずいぞ!」

「なんなんだいったい!」

焔から見て左側の操縦席に座っていた男が席を離れて、ケースを後ろに隠して銃を向ける。

『それか』

禍々しい魔力の源はあのケースの中だ。

『それを寄越してもらおう』

焔はその場で放電を始める。

「や、やめろ!」

「うわあああっ⁉︎」

バチバチと音を立てながら電撃は機内を伝い、電気系統を破壊していく。

あちこちから黒い煙が上がり、けたたましく警告音が鳴り出した。

操縦席からも火の手が上がっているが、辛うじてエンジンが作動している状態で放電をやめると、機体が傾いて足下に滑ってきたケースを拾う。

操縦席から出てきた男を殴って気絶させると、操縦桿を握って必死に墜落を免れようとしているもう1人の操縦士に迫る。

ヘルメットを掴み、アイアンクローの要領でヘルメットごと頭を握り潰す。

「ぎぃやあああああああ⁉︎」

ベキベキと音を立ててヘルメットがひび割れる。

『オイ、仲間は全員気絶、ヘリは墜落寸前、ケースは俺の手の中。さあどうする?』

「ぐ、クソおっ!」

『安全に着陸したかったら質問に答えろ』

「わ、我らは誇り高き選ばれし一族!人類の上に立つ至高の存在!」

『あ?』

「志無き者には屈しない!勝利(ジーク・)万歳(ハイル)!」

割れたヘルメットの間から涙目で焔を睨みつける男の右手は、操縦桿ではなく座席の傍のスイッチを握っていた。

『馬鹿がっ!』

焔が手を伸ばすより早くスイッチが押され、空中でヘリが爆発した。

『ぐっ!』

爆発で機体を突き破り放り出された焔は体が回転する中、驚異の動体視力と集中力で壊れて中身を撒き散らすケースと、バラバラになって雑木林の方へ落下するヘリの残骸を捉えた。

世界がスローモーションのように見える中で瞬時にヘリの心配は不要だと判断すると、ケースの中から出てきた金属製のカプセルに手を伸ばす。

爆発でひとつは粉々に砕け、伸ばした右手がひとつを掴む。その後ろから突き出した左手から雷を放ち、散らばる内の3つを破壊した。

が、5つはそのまま爆風に煽られて散らばっていく。

『クソッ‼︎』

自身も落下する中、スラスターで姿勢を制御して着地する。

着地したのは住宅街の真ん中で、ヘリの爆発と墜落に驚いて住人たちが騒ぎながら外に出ていた。

幸い、住人たちが見上げる方向と反対側に飛んだ焔は、着地してすぐに魔装を解除して制服の内ポケットからスマホを取り出す。

京に通信を繋ぐと、1コールも待たずに応答した。

『状況を教えて下さい』

「奴らは学園の真上でヘリから何かをばらまこうとした!」

『連中は?』

「4人いて1人が自爆、ヘリの残骸は雑木林に墜落した。被害状況は不明」

『待って下さい』

カタカタとキーボードを叩く音がする。

衛星の映像を映しているのだろう。

同時にもうひとつ回線が呼び出され、ジャスティンに強制的に繋いだ。

ラボにいたようで、スパナを片手に何かの機械をいじるジャスティンの姿が映し出される。

『ん⁉︎おいおい、何が…』

「ジャスティン!こいつは何だ!」

左眼の生体偽装を解除し、手元にある大きな卵のようなカプセルの映像を送る。

『それは、砲弾か?』

「バズーカでこいつを撃とうとしていたぞ」

『待て!そこ!表面の魔方陣を見せてくれ!』

『焔、警察と消防が市民からの通法を受けて出動しました。そこは学園から3㎞の地点です』

「ケースの中に10個同じ物が入ってた。壊したのは4つ、回収できたのは1つ。残りはこの近辺に散らばってる」

『まずい、それはこの前の簡易召喚機の砲弾版だ!着弾すると起動して魔獣が召喚されるぞ!』

「くそっ!残りを回収する!」

左のこめかみのあたりを義手でトントンと叩くと、左眼に映る景色が切り替わる。

サーモグラフィーに似た、周囲の魔力濃度を映し出すカメラだ。

『2人とも、よく聞いてくれ。砲弾1発あたりの要領は10匹〜15匹。着弾の衝撃で内部の魔法水が浸透して発動する仕組みだ』

「ってことは落としただけでも発動するんだな」

『その魔方陣、この前霧島が使ったレプトルタイプと同じですね』

「っ!発動した!」

左眼に一際大きな魔力反応が映し出される。

焔はポケットから小型のインカムを取り出して装着し、通信をインカムに切り替える。

「京!陽ノ森の家に向かえ!通信は切るな!」

『了解です』

「ジャスティン!衛星のモニタリングだ!」

『もう始めてる。確認数は約70匹。どうやら5つ全て起動したようだ』

「見つけた!魔装!」

「ギ?」

ビルの壁を這っていた一体は、飛んできた焔に気づくまもなく頭と胴体が分離する。

『焔、上だ』

ビルとビルの隙間に発動して空になった砲弾を見つける。

そこからビルの壁を登っていたレプトルを次々と抹殺しながら屋上へ上がる。

屋上でも3匹が遅いかかってくるが、雷の一撃で焼き殺す。

『奴らは絶命の瞬間に仲間を呼ぶ。ゴキブリのようにね。近くの公園付近で戦って仲間を呼ばせるんだ』

『わかった!』

住宅街へ散ろうとする個体を倒しつつ、近くの公園へ移動する。

そこでは、遊具で遊ぶ幼い子供と母親に2匹のレプトルが迫っていた。

「いやあああああああ!」

「ギィギガッ⁉︎」

親子を引き裂こうとするも、焔の突進を受けて地面に身体を打ち付ける。

そのまま焔は2体を押さえつける。

「⁉︎⁉︎⁉︎」

『逃げろ!』

母親は頷くと、泣き叫ぶ子供を抱えて公園から出ていった。

焔は押さえた2匹をすぐには殺さず、わざと痛めつけるように拳を振り下ろす。

『ギシャアアアアアア‼︎』

1匹の断末魔を確認すると、用済みになった2匹の頭を潰した。

『上手く引きつけることに成功したぞ。わらわらとそっちへ集まってる』

『ジャスティン、サファイアとセリーナにも回線を繋げ!』

『了解』

公園の中心で、焔はゴキッと首を鳴らして四方八方から集まってきた魔獣の群れを迎え撃った。




焔が公園で親子を助けた頃、授業が終わったミラたちは教室の隅に集まっていた。

「どうだ?」

「ん〜、ダメね。電話に出ない」

「急に窓から飛び出すって…」

「どう思う?」

「十中八九、よくないことが起こっている」

「「「だよね〜」」」

「差し当たって気になるのは、さっき聞こえたヘリの音と爆発音…」

「けっこう遠くで爆発してたよな?」

「こっからは見えないな。校舎の反対側なら何か見えるかも」

「あくまで憶測だが、上空を飛んでいたヘリを焔が襲い、それが街のどこかで墜落し、爆発したというところか?」

「何で飛んでるヘリを襲うのさ」

「それは私に聞かれても…」

「考えてても仕方ないな。他に知ってそうなのは?」

「校長か、フェリシア先輩?」

「けっこう咄嗟の行動にも見えたけどね」

「だが、ハークの言う通り考えていても仕方がない。フェリシア先輩のクラスに行ってみよう」

5人は頷き合うと、3年生のクラスを目指して教室を出た。




「何事ですの⁉︎」

同じ頃、授業を終えて空き教室の中でセリーナは通信を開いた。

『セリーナ、緊急事態だ』

『ちょっと、何があったの?』

『サファイア、丁度よかった。2人ともこれを見てくれ』

スマホの画面に映し出されたのは、公園の中心で次々と襲いかかってくる魔獣の群れを相手にする焔の映像だ。

「これは⁉︎」

『ボス!』

『リアルタイムの衛星映像だ。学園から南に3㎞の住宅街の中にある公園だ』

『アッフェルの連中が上空からこれをばらまこうとしていた』

画面に新たな画像が差し込まれる。

それは、先ほど焔の義眼を通して解析した砲弾のデータだ。

『あいつら…!』

「わたくしも焔様の下へ向かいます」

『セリーナ、ダメだ!』

「焔様!」

『奴らは学園にこれをばらまこうとしていた!つまり狙いは学園だ!』

戦いながらも焔が応答する。

通信機の向こうからレプトルの雄叫びが聞こえてくる。

『瑞乃さんとフェリシアに伝えろ!学園を守れ!』

「わかりましたわ」

『了解、ボス!』

『2人とも、インカムを着けてくれ。京は今陽ノ森の家に向かっている』

『セリーナ、サファイア、こちらは心配ないと瑞乃さんに伝えて下さい』

『私は校長のところへ』

「ではわたくしは3年生の教室ですわ」

丁度3年生の授業をした後だったセリーナは、フェリシアのクラスへ向かう。

「ごほん。エイゼルステインさん、ちょっといいかしら?」

他の生徒たちがセリーナの登場に色めき立つ中、フェリシアがセリーナの呼びかけに気づいて近づいてくる。

「どうしました?ダルク先生」

「ええ、実はトーナメントのことで聞きたいことが…」

セリーナはフェリシアの耳元に顔を寄せて囁く。

(奴らが現れました。焔様が1人で対処しています)

(!)

セリーナは何事もなかったかのようにうふふと笑う。

「それなら、生徒会室へどうぞ」

フェリシアも自然に受け答えをするが、早足で教室を出る。

「事態は?」

「学園が狙われました。焔様が街で魔獣の相手をしています」

「やはり、さっき感じた魔力は気のせいではなかったのか…」

そこに、ミラたち5人がやってくる。

「あれ?フェリシア先輩とダルク先生?」

「む?」

「会長、実はさっき焔が…」

フェリシアは一瞬悩んだものの、ミラたちが必要だと判断する。

「君たちも来い」

「?」




学園にほど近いカフェのテラス席で3人の男が座っていた。

霧島新、緋々神影士、そして、ザックが見つけた映像に映っていたトレンチコートの男だ。

帽子を脱いだその男は金髪をオールバックにした白人の青年で、歳は20代半ばに見える。

「オイオイ、あっさり失敗したぞ」

「ぐ、鬼城め!忌々しい!」

「レプトルは?」

「発動したのは半分ほど。3㎞先で散らばったようですが、もうほとんど鬼城に始末されています」

「どうすんだ?」

「プランBで行きましょう。アルベルト?」

「ああ、いいだろう。ショウとミハイも呼び出せ」

アルベルトと呼ばれた男はぐっとコーヒーを飲みきると、悪意に満ちた笑みを浮かべた。




廊下で合流してから5分後、生徒会室にはセリーナとサファイアに瑞乃と悠、そしてフェリシアたち3人とミラたち5人の計12人が集まっていた。

セリーナがテーブルにスマホを起き、ジャスティンとビデオ通信を開く。

『おやおや?随分と多いな』

「構いません。ジャスティン、現在の状況を」

「え⁉︎まさかジャスティン・ルーズヴェルト⁉︎」

「驚くのは後にして下さいな。緊急事態です」

「瑞乃先輩、いったい何が…?」

「細かい説明は後だ」

『ふむ、いいかな?まず、これは先ほど僕の衛星が捉えた映像だが……』

ジャスティンから一通り現在の状況を聞いた一同は、怒りや戸惑いに身を震わせる。

『つまり、今すべきは第二波に備えること。狙われているのは学園だ』

「焔は大丈夫なんですか?」

『ウチのボスの心配なら不要さ』

と、丁度焔が回線を開いた。

『こっちは終わったぞ。……なんだ、随分多いな』

「ボス、平気?」

『ああ。問題ない。ジャスティン、弾を一発回収してある』

『後で解析しよう。焔、指示を』

『京、今どこだ』

『あと5分で陽ノ森の家です。衛星画像では特に変わった様子はありません』

『そのまま家の外で待機だ。瑞乃さん、学園に防衛戦を張るんだ。生徒の身を最優先で守れるように。セリーナ、サファイア、お前たちは学園に残れ』

「「了解」」

『燿子たちは成り行きで集まったか…。いいか、避けられる戦いは避けろ』

「私たちだって戦えるわ!」

『魔獣を学園に放ってそれで終わり、じゃあないだろう。恐らく、学園に進入するために混乱目的で魔獣を使うつもりだったはずだ。つまり、この後想定されるのは対人戦だ。お前らは人を殺せるのか?』

「う…」

『燿子、お前ならわかるだろ?身を守ることだけ考えてくれればいい』

「わかった…」

俯きながら、反論を噛み殺すように答える。

「ボスはどうするの?」

『どうも引っかかることがある。俺はこのまま餌に食いついてみようと思う』

「気になること?」

『あの夜、霧島は『種蒔きは完了した』と言っていた。種ってのが例の簡易魔獣召喚装置のことなら、学園にバズーカを撃ち込む必要はない。なら、仕掛けられているのは学園の外だ』

「学園に進入するのに、学園の外に魔獣を召喚するの?」

『つまりは陽動だね。ミセス星宮、学園のことなら貴女が一番詳しいだろう。思い当たる動機は?』

「……思い当たる節というほどでもないが、私たちが学生のときにある噂を追っていたことがある」

『噂?』

「パターンは様々だが、大まかに言うと『学園の地下に何かが隠されている』という噂だ」

「先生、そのパターンというのは?」

「戦時中に開発された兵器があるとか、魔獣が封印されているとか、ダンジョンがあってその奥に財宝があるとか…。時の権力者の墓が埋まっているなんて噂もあったな」

「おお、ワクワクするな!」

「違うでしょバカ!」

「何故そんな噂が?」

「学園の内外で昔からそういう話があるんだ。ここは戦時中に旧日本軍の士官学校があった場所で、あの“風の剣帝”の出身校だ」

「あの剣帝の⁉︎」

「はじめて知った…」

「噂を追った結果は?」

「追うと言っても、一介の学生である我々にできたのは精々フィールドワークぐらいだ。同好会の活動から始まったもので、正直そこまで本気にしていたわけでもなかった」

『だが、その噂程度のものを秘密結社が本気で追っている。見過ごすわけにもいかないだろう』

「秘密結社ってなに?」

ミラの率直な疑問に、アッフェルの概要をかいつまんで説明する。

「なんか、映画みたいな話ね」

「でもそれならグリード事件にも説明がつく」

「話を戻そう。地下に何かあるとして、探しているのはつまり“入り口”ということだな。学園内に魔獣を放って我々を追い出し、或いは皆殺しにして探そうとしていたが、失敗。次の手として学園の外で混乱を起こし、学園の主力をおびき出してその間に探索する、と」

『流石フェリシア。纏めるのが上手いな』

「でも、そんな事件起こしたら調査の手が入るんだから、探せなくない?」

「奴らには目星はついているということなんだろう。混乱に乗じて、手荒な方法で入り口をこじ開ける手段があるのではないか?」

「じゃあもう既に実行犯が近くまで来てるってことね」

「…なあ焔、蒸し返すようで悪いが、だったら尚更俺たちは逃げるわけにはいかない」

「そうだな。ここは魔法騎士を育成する学園だ。生徒である我々が、危険だからといってホイホイ避難していては話にならない」

「それに、寮住まいの私たちにとってはここが家だもの」

『むぅ……』

苦い顔をする焔を説得したのは、意外にも悠だった。

「鬼城、ゴールドたちも戦力に加えよう。何かあれば私が手助けする」

「悠!」『先生!』

「この前のことで教師であっても信用できないとわかった。なら、信じられるのはここにいるメンバーだろう?それに、私から見ればお前だって生徒の1人だ」

「おい悠」

「瑞乃先輩、昔の私はきっとこんな気持ちだったんだ。彼らはもう止めても止まらない。なら、我々教師が導かなければ」

「…言うようになったな、悠。焔、そういうことだ」

『まったく、修行2日目でこれか。先が思いやられる』

心強い信頼と後ろ盾を得たハークたちはニカッと笑いあった。

『青春だね〜。それじゃ、だいたいやることは決まったわけだ。状況を整理しよう。まず、焔は学園外でアッフェルの捜索。思い当たる場所は?』

『こういうときに狙われるのは人の多い場所だ。中心街へ向かう』

『OK。京は陽ノ森の家に着いたかな?』

『ええ』

『学園の防衛はミセス星宮にそちらの、あ〜…』

「近衛悠だ」

『ミス近衛と生徒の諸君か。それだけ戦力がいれば、人手が必要なときはセリーナとサファイアに動いてもらおう』

『ああ、それでいい。ジャスティン、ザックに上空で待機しろと伝えろ』

『了解』

「誰?」

『いざってときの隠し玉。他の生徒たちは授業中か…。どうする?瑞乃さん』

「平常通りだ。お前たちのことは後で私から先生方に口利きしておく。ただ、いつでも避難放送をいれられるよう準備しておこう」

『よし。夢見がちな妄想野郎共の好きにはさせない。お前ら気を引き締めろよ!』

『オウ!』




「さあ、はじめようじゃないか」

『了解です』

学園の正門前に立ったアルベルトが電話の向こうに告げると、新が一言返して通話ん切った。

「ん〜ん〜ん〜♪」

「ん?おい君、ここから先は星宙魔導学園の敷地内だよ。来客ならここで入校許可証を…」

守衛室から警備員が呼びかけてくるが、アルベルトは顔を向けることもなく右手をかざして雷を放った。

「え?」

ドゴォン‼︎という爆音と共に、守衛室は警備員ごと消し炭と化した。

「彼の地図によると、こっちか」

「おい!何事だ⁉︎」

近くを巡回していた警備員が大慌てで走り寄ってくる。

「邪魔だよ」

しかし、アルベルトの放つ電撃で物言わぬ焼死体となる。

「はははっ!ワクワクしてきたねえ!」

アルベルトは腕を広げてくるくると回る。

「おや、こんなところにいいものが」

体育倉庫の脇に、野球部のものであろうバットとボールのカゴが置いてある。

「ちょっと拝借」

バットを握ると、コートの内側から焔が回収したものより一回り小さい砲弾、手榴弾のようなものを取り出す。

コートの下は数えきれないほどの手榴弾がぶら下がっている。

「そおれっ!」

ピンを抜くと、手榴弾を軽く放り投げてバットで打つ。

校舎の向こうに消えた手榴弾は、どこかでガシャン!と音を立てた。

「ハハッ!ホームラン!」

アルベルトは次々と手榴弾のピンを抜き、あちこちに向けてバットで打ち上げた。




多くの人で賑わう昼時の星宙魔導学園都市。イースト、ウエスト、サウス、ノースの4つの通りには、それぞれの通りを象徴するオブジェが飾られている。

その4つのオブジェが同時に地面を揺らしてせり上がった。

「え?」「なになに?」「なんか動いてるよ!」

せり上がったオブジェの下には、内部に機械の球体を内包したクリスタルが設置されていた。

そのクリスタルが一斉に光り、魔方陣が展開されレプトルが氾濫した川のように溢れ出てきた。

『きゃあああああああああ⁉︎』

突如出現した醜悪な怪物に、街のあちこちから悲鳴が上がる。


「始まったか!魔装!」

魔装した焔は上空から中心街の様子を探る。

『数が夥しい!ジャスティン!』

『増え続けてる。街が魔獣で覆われていく…』

『んなもん見りゃわかる!発生源はどこだ!』

『魔力が入り乱れすぎててレーダーでの特定が困難だ』

『クソッ!セリーナとサファイアを…』

『待て、学園からも魔獣の反応を検知!こっちもレプトルだ!』

『なんだと⁉︎セリーナ、応答しろ!』

『焔様、何者かが堂々と正門から侵入してきました!学園のあちこちで魔獣が暴れています。既に私とサファイア以外は討伐に向かっています!』

『直接召喚してきたか。敵の数は?』

『不明ですが、どうやら先程の砲弾のようなものがどこかから飛んできています。着弾を確認しましたが、1発の召喚数は5匹です』

『数は街の方が上だ。人数を……いや、待て!』

『どうした、焔?』

『なんだこれは…?』

焔は眼下のレプトルたちの奇妙な動きを目にする。

『ジャスティン、衛星の倍率を下げて中心街全体を捉えろ!』

『…これは、纏まって動いている?』

『人を襲っていない。追い立てている。なんだこれは⁉︎』

『こんなに統制の取れた動きをする知能はないはずだ。改良型か?』

『降りる!』

焔は人々が集められているセントラルパークの近くのビルに降りる。

レプトルたちはセントラルパークの周りを巡回するが、追い詰めるだけでそれ以上は進入しない。

すると、公園の巨大モニターの画面が急に切り替わった。

『ごきげんよう、諸君』

『⁉︎⁉︎』

表れたのは、黒いコートのフードをすっぽり被って顔を隠した男だ。

『我々はしがない調査隊だ。これからしばらくの間、調査の邪魔をせず大人しくしてもらうようお願いしたい』

焔はモニターの様子を義眼で録画する。

『周囲を番犬がうろうろしているかもしれないが、下手に動かなければ害はない。だが、暇だからと歌でも歌って盛り上がると、びっくりして噛み付くかもしれないから注意してくれ。では』

一方的な要求を突きつけて映像は切れ、何事もなかったかのようにCMが流れ始める。

『ジャスティン、制御装置を探せ。セリーナ、侵入者を確認しろ』

『『了解』』

焔は再び飛び上がり、発生源を特定するために上空を旋回しはじめた。




『うおおおおお!』

「ギイッ⁉︎」

ヘラクレスに魔装したハークが光を放つ愛剣、イクスカリヴァーンMk.11を振るって3匹のレプトルを纏めて屠る。

『いよおしっ!』

『バカッ、油断してんじゃないわよ!』

テスカトリポカに魔装したミラが、ハークの背後から迫っていたレプトルをティトラカワンとイパルネモアニで撃ち抜く。

『おお、危なかった…』

「2人とも!購買部の方に影が見えた!」

4人の戦いをサポートする瑛里華は、敵の数や方向を細かく観察している。

この極限の状況でも、仲間に守られているという状態が瑛里華の冷静な判断を大いに助けていた。

『まずい、誰か襲われてる!』

レプトルを認識した瞬間、アマテラスに魔装した燿子はスラスターによる飛行で、ポセイドンに魔装した伊織は水流に乗っていち早く飛んでいく。

『『ハアアッ‼︎』』

霧迅工房製の代刀と魔装と共に召喚される槍、トライデントがレプトルの群れを貫く。

『大丈夫か⁉︎』

「あ、足が…」

『見せてみろ……。大丈夫、大した怪我じゃない』

「あ、お、俺が肩貸します」

『気をつけて。講堂の方へ避難するんだ』

襲われていた男子生徒2人は、怪我をしていた片方をもう片方が肩を貸して燿子の指示どうり講堂へ向かった。

『全く、キリがない!』

『でも、さっきから飛んできてた変なボールはもう止まったよ』

『焔が回収していた例の砲弾か?だが、一回に出てくるのは2,3匹か、多くても5匹くらいだな』

『ムラがあるみたいね。会長たちの方は平気かしら?』

『心配いらんだろう』

自衛の手段を持つ魔法科の生徒をミラたちに任せ、フェリシアたちは普通科の校舎側へ向かった。

瑞乃と悠はそれぞれもっと広範囲を殲滅しに向かっている。

「みんな、向こうよ!」

休む間も無く、校舎の中庭に集まるレプトルを瑛里華が発見する。

見ると、ベンチの影に隠れていた女子生徒に3匹のレプトルがにじり寄っている。

「いやああああああっ!」

『うおおおおお‼︎』

ハークが爪を振りかざしたレプトルと女子生徒の間に飛び込み、身を挺して攻撃を受け止める。

『ぐあっ!』

「きゃあっ!」

鎧にキズが付くが、身体までは届いていない。

跪いたまま一匹に剣を突き刺すと、そのまま両手で剣を握って光と共に3匹を纏めて切り捨てる。

「ギイアッ‼︎」

『ふう…』

女子生徒の方に向き直ったハークは、腰が抜けている彼女に手を差し伸べる。

『大丈夫か?』

「あ…」

襟の色を見ると一年生らしい。リボンで括られたツインテールが特徴的で、小柄な身体は燿子は瑛里華のようなナイスバディと比べると残念ながらボディラインの起伏に乏しいが、小動物のように可愛らしい印象を受ける。

女子生徒は惚けたように魔装したハークを見つめている。

『どうかしたか?』

「あ、いえ!ありがとうございます」

『無事でよかった』

『ハーク、大丈夫⁉︎』

『ああ、問題ない。この子を講堂まで連れていかないと』

「ご、ごめんなさい。腰が抜けちゃって…」

『謝ることはない。我々も一度講堂に向かって状況を確認しよう』

『そうだな。よっと』

「ひゃっ⁉︎」

自然にハークにお姫様抱っこをされた女子生徒は赤面を加速させる。

『あ、嫌だったか?』

「いえいえ⁉︎ぜひこのままで!」

『お、おう』

妙な気迫に押されて頷くと、一向はそのまま講堂へ向かう。

しかし、講堂を目前にしたところで身体中から血を逃す生徒たちが悲鳴を上げながら逃げてきた。

「た、助けてくれえっ!」

『⁉︎おい、どうした!』

「たすけっ、ひっ、殺される!」

『落ち着いて!何があったの?』

「怪しい奴がいて、戦ったんだけどめちゃめちゃ強くて…」

『……瑛里華、みんなを連れて講堂へ』

「伊織たちは⁉︎」

『その不審者を探す。ねえ、そいつの特徴は?』

「ド、ドラゴン…」

「え?」

「魔装してたんだ。雷のドラゴンだよ!」

『雷の、ドラゴン…?』

ありえないその特徴に、ハークたちは呆然としたまま立ち尽くした。

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