第7章 -人工魔石-
指導を終えた焔のスマホに着信が入った。画面を見ると京太郎からだ。
「じゃ、またな」
「おう、また明日」
競技場を離れて応答する。
「俺だ」
『鬼城、今どこにいる?』
「裏門の近くの屋外競技場だ」
なにやら電話越しに喚き声が聞こえる。
『すぐに魔法科の校舎裏まで来てくれ』
それだけ言って電話は切れてしまった。
「ふん?」
京太郎の声は焦ってはいなかった。
窮地というわけではなさそうだが、何かよくないことがありそうだ。
「京太郎」
「鬼城、来たか」
京太郎がこっちだ、と案内した先には、京太郎の友人であるウォードとジョニーが1人の男子生徒を取り押さえていた。
口はガムテープで塞がれ、手は後手に縛られている。黒縁眼鏡におかっぱ頭の冴えない日本人だ。
それだけ見るといじめのようだが、ウォードとジョニーの額には脂汗が滲み、男子生徒の方は目元にくっきりと濃い隈が浮かび、目も血走っている。
「なんだこいつは?」
「おい、大人しくしろ!」
「京太郎、ちっとも落ち着かねえ!」
「ったく」
京太郎が男子生徒の胸倉を掴み、鳩尾に拳を入れると、ようやく暴れるのをやめた。
「カツアゲに誘ったわけじゃないんだろ?なんだってんだ」
「こいつは2年5組の久保太一。予選のBブロックを4位で通過した」
「ふうん?」
焔は太一をまじまじと見るが、大した魔力を感じない。が、何か妙な魔力の形跡な気づく。
「ヤクでもやってんのか?」
「話が早いな。久保は去年同じクラスだったから覚えてたんだが、いつもオドオドして隅でぶつぶつ言ってる根暗野郎だ。去年はトーナメントも予選落ちだ」
「言いたい放題だな…」
「こいつのクラスの奴にも聞いたが、特にトーナメントに向けて特訓する様子もなく、箸にも棒にもかからないと思われてた。が」
「予選4位通過か…。タイムは?」
「21秒」
「へぇ」
また上体を起こして京太郎を睨みつけて暴れようとした久保は、再びウォードとジョニーに取り押さえられる。
「んー!んー!」
「あー、まったく!」
「ハァ、ずっとこんな調子だぜ…。でだ、お前から頼まれたピエロ人形の件、覚えてるか?」
「あぁ、もちろん」
「その噂をずっと探ってたんだ」
「何か掴んだのか?」
「話は微妙にまちまちだが、大まかに生徒の悩みを聞いて、解決策を授けてくれるオモチャの話に辿り着いた。そのオモチャの提示する解決策は、“見たこともない毒々しい色の魔石の欠片を与える”こと」
「魔石?」
「こいつだ」
京太郎が小瓶に入った魔石を懐から取り出す。
それを見た途端、太一は目を見開いて激しく暴れ、2人の手から逃れる。
「おわあっ!」「どっ!」
「んーーーっ!」
「んのっ!」
京太郎が足払いを仕掛け、倒れた太一の頭を地面に叩きつけた。
京太郎は膝を着くと、太一の口を塞いでいるガムテープを思い切り剥がす。
「ぶあっ!返せっ!それは僕のだ!返せえっ!」
「おい、答えろ!こいつはどこで手に入れた?」
「君たちには関係ない!」
京太郎はもう一度頭を叩きつける。
「ぐっ、がっ!…解答者だ!彼は何でも知ってる!僕みたいな悩んでいる生徒に力を授けてくれる!それがあれば、僕だってトーナメントで優勝できるんだ!…ふひひっ、僕だって強ければ、緋々神さんや会長みたいな女の子に認めてもらえる…。君だってそうなんだろ⁉︎だから突然現れたくせにあんなにもがあっ!」
聞くに耐えないと、再び口を塞いだ。
「まあ、つまりはこういうことだ」
「なるほどな…」
焔は小瓶を受け取りまじまじと見つめる。
「魔石に触れたか?」
「いや。布に被せて瓶に詰めた」
「ん〜?」
焔はそっと蓋を開ける。
「見た目は禍々しいが、なんだこれ?何も感じないぞ?」
「あ?」
京太郎も瓶を受け取って掌に魔石を乗せてみるが、
「本当だな。なんともねえ」
「よこせ」
焔は魔石を摘んで太一に近づけてみる。すると、
「むがああああああっ!」
「うおっ!」
傍のウォードとジョニーも、めまいがしたかのように眉間に皺を寄せる。
「…そういうことか」
焔は電撃で太一の意識を奪うと、魔石を小瓶に戻した。
「何だ?」
「成分分析をしてみないと正確なところはわからんが、こいつは魔力素養の低い人間に反応するらしい」
「それで久保が急に強くなったのか」
「だが、これは命を削って魔力を捻出するようなもの。使い続ければ死ぬか、よくても廃人だ」
「げっ」「ウソだろ…」
「こんな欠片じゃそこまでの効果はないだろうが、効果が切れればまた新しい魔石を求める」
「クスリと同じか」
「それも、こいつ自体に中毒性があるわけじゃなく、魔力が低くて欲求が強い人間の隙に付け入るものだ。こんなものが出回っているとは…」
「このバカはどうする?」
「ん」
焔は屈んで太一の額に手を当てる。そして、魔力を流して太一の体内で異常に捻出されていた魔力を浄化し、体外へ逃がした。
「とりあえずは正気に戻るだろ。トーナメントで現実を見て、目を覚ますことを願おう。拘束を解いたら放っとけ」
「わかった。オイ」
ウォードとジョニーが太一の腕を解いて寝かせる。
「こいつは預かる」
焔は魔石を小瓶に戻す。
「あぁ。俺はごめんだ。噂はまだ不明瞭な部分が多い。肝心の“どうやったら人形に会えるか”がまだわからねえ」
「わかった。引き続き頼もう。だが深入りはするな。ウォード、ジョニー、お前たちも危ない橋を渡る前に手を引けよ」
「あいよ」「りょーかい」
「トーナメント前に急激に出回ったら厄介だ。また何かわかったら連絡してくれ」
「任せろ」
焔はポケットに小瓶をしまうと校舎裏を後にする。
(グリード事件は取り調べが難航気味だが、どちらも共通点は生徒を狙っているということ…。俺が街から離れていた間の仕込みも気になる。一体何を企んでいるやら)
ひとまず、この件を連絡するためにスマホから瑞乃の連絡先を呼び出す。
「もしもし」
日に日に濃くなるような暗雲は、静かに星空学園都市に混沌をもたらそうとしていた。
その日の夜。
焔の自宅のリビングでは、焔、京、セリーナ、サファイアの4人と、画面越しにジャスティンが会議を開いていた。
「…てなわけだ」
『ん〜、既存の魔石と薬品から作られた合成物質だが、見たこともない配合だ。ただし腕は3流だ』
パソコンとケーブルで繋がれたIHコンロのような機械の上に例の魔石が置かれ、その機械の分析情報を元にジャスティンが成分分析を行っている。
「量産は可能な代物か?」
『いや、原材料には高価で、しかも違法な薬物が多い。実験的に精製し、その人形を通して欠片を配布しているんだろう』
「焔、魔石の色が…」
京が魔石の変化に気づく。
毒々しい光を放っていた魔石は、段々と黒ずみ、やがて真っ黒になり灰のように崩れた。
『どうやら、まだまだ不安定らしいな』
画面の向こうでジャスティンは掛けていた眼鏡を外す。
『どのくらいその生徒がこの魔石に触れていたかはわからないが、その大きさで結合していられるのはせいぜい3日ほどだろう』
「灰になっちまえば証拠も残らない、か」
京はブラシで小瓶に灰を戻すが、もう使い物にはならなさそうだった。
「相談室にも、やはりトーナメント絡みで悩みを相談しに来る生徒は多いです」
「ん〜、生徒たちから献血でもできればいいんだけど…」
「そうもいかないだろうな」
『アッフェルは世界中に潜伏している。その魔石が最近開発されたものだとしたら、僕らの耳に入っていないだけで、世界中でばら撒かれている可能性は大いにあるね』
「頭の痛い話だな」
と、画面の向こうでドアをノックする音がし、大柄な白人の男が部屋に入ってきていた。
『ジャスティン、奴らの動きが……お、焔たちがいるのか。丁度いい』
「どうした?ザック」
男の名はザカリー・ベイン。通称“ブラッド”・ベインと呼ばれるリーグの幹部で、創設メンバーでもある。
長く焔の相棒を務めており、右腕にして親友だ。
現在は本部でリーグの指揮を執っている。
『アッフェルのメンバーが1人、日本に向かったという情報が入った』
ザックが自身の端末をパソコンに接続すると、監視カメラの映像のようなものが画面に映し出された。
「ここは、ケネディ国際空港か」
「これだ。この男」
映像をストップし、右上の出国管理ゲートをズームする。
そこには、帽子にトレンチコートの怪しげな男が映っていた。
「この男…」
「ムーンですわね」
『映像は4時間前。飛行機は成田行きだ』
「明日には日本か」
「公安に連絡して空港を封鎖しますか?」
『それは難しいだろうな』
「何故です?」
『さっきニュースで流れたが、アジア諸国を回ってるアメリカの国務長官の日本到着が明日になった。そんな状況で指名手配犯でもなんでもない奴の大捕物なんかしたら、日本政府には外交上の大きな痛手になる』
『偶然じゃなく、狙って動いているようだね』
「日本国内では、霧島新と緋々神影士が未だ潜伏している可能性が高いです」
「空港まで行かなくてもやってきそうね」
「ジャスティン、今から24時間体制で衛星から学園を監視しろ」
『手配済み、っと』
話を聞きながらタブレット端末を操作していたジャスティンが顔を上げる。
「京、瑞乃さんに連絡を取れ。セリーナ、サファイア、非常事態になったらお前たちの判断で戦闘を許可する。指示は待たなくていい」
「「「了解!」」」
「ジャスティン、今動ける部隊は?」
『人手は期待に応えられないね。フロイドがソマリアで作戦展開中だ』
『どっちみち日本じゃ派手に部隊は動かせない。焔、俺が行こう』
「メキシコはどうするんだ?」
『ウェイロンがさっきDCから戻ったところだ。俺と、マグナスも連れていく』
『カツカツなのはいつものことだ。だが焔、奴らの計画の規模がわからない以上、打てる手は打つべきだ』
「悔しがってる場合じゃないな。ジャスティン、ジェットを」
『1時間で飛ばそう』
「ねえボス、お友達は平気?」
「…すぐにでも逃げろと言いたいが、きっと説得するだけ無駄だろうな」
「焔、瑞乃さんと連絡がつきました。私が陽ノ森の家の警護に当たります」
「あぁ、頼む」
『痕跡を残さない奴らにしては、最近の星空学園都市での動きは実に奇妙だ。しかも違法な魔法実験に敏感な日本で』
「それについては、わからないことばかりじゃないかもしれないがな」
『どういうことだ?』
「良くも悪くも、アッフェルという組織は理念に忠実で、技術は進歩してもやってることは大戦中と変わらない。奴らの辿り着く先は魔獣と魔導兵器だ」
「確かに。一時期はただの遺跡発掘チームでしたね」
「結局はそこなんじゃないか?高度経済成長期からずっと日本で囁かれる都市伝説」
『あれかい?旧日本軍の開発した兵器が埋もれた場所の上に星空学園都市を作ったとかいう。何パターンか話があったけど』
「日本には『火のない所に煙は立たない』という諺がある。狙いは学園でも生徒でもなく、街そのものかもしれない」
『荒唐無稽な憶測だと笑うには、アッフェルという組織は神話が好きすぎるね』
「疑い出したらキリがない。馬鹿の考えることはわからないが、俺たちの目の前で悪巧みをするとはいい度胸だ」
「うふふ。消し炭にしてあげなくてはいけませんね」
「あぁ。調子に乗ったことを後悔させてやろう」
パキッと右手の指を鳴らした焔の眼は、黒い灰となった魔石を睨みつけていた。